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 城の中にある部屋の一室。

 キングサイズのベットが中央に鎮座し、豪華な調度品が溢れる中で蓮人はベットの上に身を投げて思考を巡らせていた。


 ここはゲームによく似た世界だ。

 それは、直前までプレイしていた蓮人の記憶に照らし合わせても間違ってはいない。

 だが、さっきの展開は。

 聖剣を抜くことが出来ないという展開はゲームの中にはなかった。

 むしろ、聖剣を抜くことで物語が始まるはずなのだが、それすらも抜けないとは。

 本当に、


「……出来損ないの勇者、か」


 自嘲的に呟いて、蓮人は視線を宙に漂わせた。

 あの後、アリスは『今日はお疲れなのでしょう』と言って、蓮人をこの部屋に案内した。

 しかし、実際蓮人は疲れることを何もしていないし、アリスもわかっているのだろう。


 蓮人が勇者たりえる存在ではないことに。


 なら、これからどうするべきなのか。

 元の世界に帰る。これが蓮人の望みだがこれは叶わないだろう。ゲームの中で、主人公──つまり、勇者は元の世界に戻るという描写がなかった。

 もちろん、この世界はゲームとは違う。

 聖剣も抜けなかったのだから、帰ることができるという展開もあるのかもしれないが。


「あの王様が許すわけないしな……」


 勇者が気軽に呼べ、帰すことができるのならもっとこの国には勇者が溢れているはずだ。だが、今日一日見ても蓮人以外に勇者はいない。ということは、勇者とはやはり貴重な存在で間違いはないだろう。

 そんな中、一応勇者である蓮人が帰りたいと言ったらどうなるだろうか。

 まだ、使い道があるとして必死に説得するのか。

 自由にしろと言って城から放り出すか。

 それとも、危険要素になるかもしれない勇者を始末して、新しい勇者を呼び出すのか。


「どちらにせよ……無理だな」


 蓮人を帰すぐらいであれば、そのエネルギーを新しい勇者を召喚するのに使うだろう。

 そちらの方が、この国の視点から見て遥かに有効だ。

 

 なら、帰る方法はないのか。

 この世界から抜け出す方法は。


 いや──


「……ある」


 今までの思考のどれでもない方法。

 このゲームを終わらせる。

 つまり。

 エンディングを迎える。──魔王を倒すのだ。

 蓮人は、この世界にそっくりの世界観を示したゲームをクリアしていない。エンディングを見る前に、この異世界に呼び出されたのだ。

 なら、エンディングで異世界から抜け出すのかもしれない。


 そんな希望的観測。

 ご都合主義。


 ゲームに似た世界。似て非なる世界。

 ゲームにない展開が出ようとも、この世界がゲームではないと理解しながらも、この世界を愚直にゲームの展開に沿ったものだと信じ続ける。


 そんな矛盾を抱えながら、蓮人はその可能性に縋りつくしかなかった。


「でもな……」


 結局、そこに行きついてしまう。

 魔王を倒すために聖剣を抜かなくてはいけない、というところに。


 堂々巡りの思考に、やや辟易しながら蓮人はそのまま眠りに落ちた。











「起きてください」


 その声で蓮人は目を覚ました。

 視界に、アリスの顔がいっぱいに映る。

 相変わらず輝くような笑みを浮かべて、蓮人を見つめた。


「……王女様がこんなところで何をしているんですか?」


「私は、勇者様が旅立つ日まで、勇者様のお世話係ですから。さあ、朝ごはんを食べたら今日も行きましょう」


「どこへ……?」


 蓮人の問いに、アリスは腰に両手を当てて応えた。


「決まっているでしょう。──闘技場です」











 豪華すぎる朝ごはんを食べた蓮人は、重たい身体を引きずって闘技場へと足を向けた。

 実際は、アリスが無理矢理腕を引っ張っているのだが。

 その華奢な身体のどこにそんな力があるのだろうか、と思えるほどでずるずると蓮人を引きずっていく。


「なあ、王女様?」


「アリスです」


「……えっ?」


「私の名前はアリスです。昨日申し上げたではありませんか。アリスとお呼び下さい。私は勇者様をレント様と呼ぶので」


「はぁ……じ、じゃあ、アリス」


「はい、なんでしょうか?」


 満面の笑みを浮かべるアリスに、蓮人は視線を少し反らして言う。


「俺が聖剣を抜けなかったのを昨日見ただろ。今日やったからって、抜けるわけでもない。だから、闘技場に行かなくても……」


「抜けないとも限りませんよ」


「そうかもしれないけどさ……」


 果たしてそういうものなのだろうか。

 聖剣を抜く、ということは資質が必要なのではないのか。

 勇者となりうる資質が。


「そういえば、私聞いたことあります。勇者はピンチになるほど力を発揮すると」


「まあ、確かに……そうかもしれないけど……」


「なら、レント様を半殺しにしてみてはどうでしょう?」


 恐ろしく物騒な提案だった。

 特に笑顔で言うところが恐い。


「いや、流石にそれは……」


「駄目ですか。……あ、そういえば、私こんなことも聞いたことがあります。勇者は三回変身できると」


「それは違う」


 そもそも、変身できる時点で人間ではない。


「そうですか。レント様は三回変身できないのですか……てっきり、一回しているのであと二回できるかと」


「えっ、俺いつのまにか変身しているの!」


「はい、いい感じに眼が腐ってます」


 嫌な変身の仕方だった。

 それに、それは昨日夜遅くまで悩んでいたせいだろう。


「まあ、冗談はさておきですね」


 言って、アリスが手で横に置くふりをする。


「レント様は今非常に危うい立場にいます。もちろん、聖剣が抜けないからです。今現在も国の重鎮たちが必死にレント様の処遇について考えています。このままだと、レント様は消されてしまう可能性が高いでしょう」


 昨日、蓮人が考えたことをアリスが口にする。


「つまりですね……蓮人様が助かるにはもう聖剣を抜く以外に方法はないのです。だからですね……」


「闘技場に行くのか……」


 続きを蓮人が引き継いで言う。

 もう蓮人に残された選択肢はそう多くはなかった。









 闘技場。

 その中で、蓮人は再び項垂れた。

 結果的に、蓮人は聖剣を抜くことができなかった。

 昨日のように、絶叫こそしなかったものの、アリスに乗せられて僅かに期待を抱いてしまったため、反動が辛い。

 ついでに、周りの視線も辛かった。


 やっぱり半殺しが……、とアリスが物騒なことを呟いたところで、蓮人はアリスの視界から外れそっと闘技場から逃亡──


「おい、どこに行くんだ? 勇者殿」


 出来なかった。

 蓮人が声のした方向に視線を放ると、そこいたのは一人の女性だった。

 年齢は二十代だろうか。凛々しい相貌に、騎士のような風格。

 手には金色の剣が握られ、鎧も金色。

 鋭い眼光を蓮人に向け、顔には失意の表情が浮かんでいた。


「あの……何でしょうか?」


 おそるおそる蓮人が尋ねると、その女性は馬鹿にしたような口調で言う。


「いや、剣一つ振ることなく闘技場から去ろうとする勇者殿に声をかけてみたまでのこと。さぞかし、勇者殿は強いのであろう。……もっとも肝心の剣は抜けないようだが」


 女性の声に、周りから失笑の声が漏れる。

 蓮人はそれに負けないように声を絞り出した。


「回りくどい言い方はいいです。何が言いたいんですか?」


「勇者殿に手合わせをお願いしたい。勇者殿の力を知りたいのでな。……まあ、命のやり取りは勘弁したいので木剣だが」


 手合わせ。

 木剣とはいえ、蓮人は運動が苦手だ。命こそ取られることはないものの、重傷になるのは必須だろう。

 そんな危険なことをするわけがない。


「もちろん、お断り……」


「いいですね! それ!」


 蓮人の声を、アリスが上書きした。

 思わず睨むが、アリスは笑顔を浮かべて無視する。


「とても良いです! 私もレント様のお力を知りたかったので」


「そうですか。王女様が言われるなら、やらないわけにはいきません」


 蓮人を蚊帳の外にして、次々と話が決まっていく。

 蓮人はアリスにこっそり耳打ちする。


「何であんなこと言うんだよ!」


「チャンスですよ! レント様が勝てば、身の安全は完璧です!」


「その前に、身が危険なんだけど……」


「そこは、ほら! 変身で!」


「出来ないって言ったよね!」


「まあ、どちらにせよピンチになれば勇者様は強くなります。これなら、勝ちと負け、どちらに転んでも大丈夫です! 完璧な作戦です! 私、策士です!」


「うん、穴だらけの策で俺死にそう」


 言って、蓮人は絶望の表情を浮かべた。

 目の前で、女性が素振りをし、風を切り裂く様が余計に助長させる。


 ──と。


「信じてます。レント様」


 アリスが蓮人に木剣を渡すとき。

 静かにそう呟いた。

 周りが女性と蓮人を取り囲むようにして、大きな円を作って取り囲む。


 ああ。

 と、蓮人は心中で呟いた。

 

 なんて単純なのだろうか。

 さっきまで、この手合せが嫌で嫌で堪らなかったのに。

 たった一言で。

 アリスの一言で。

 こんなにもやる気になっている自分がいるのだから。

 そんな風に言われてしまったら──


「──やるしかないだろ」


 静かに呟いて、蓮人は前を見据えた。

 木剣を相手の正中線に構えて、切っ先を下に向ける。


「では、ローラと勇者の手合せを始めます!」


 兵士の一人が高らかに叫ぶ。

 へぇ、ローラって言うのか。と、他愛無い思考を巡らせながら蓮人はローラを観察した。

 蓮人の視線に気づいてか、ローラは蓮人にしか聞こえない声で囁いた。


「正直、勇者殿が了承するとは思わなかったよ」


「了承してないですけどね」


「まあ、勇者殿はさぞかし強いのだろう。胸を借りるつもりで行くよ」


 馬鹿にしたように言う。

 その声を無視して、蓮人は重心を気付かれない程度に前に向ける。


 蓮人がこのローラに勝てる要素はほとんどない。

 あるとすれば、この油断している状況。

 つまり、有効的な策は──


「始め!」


 ──奇襲!


 声が響いたと同時に、蓮人は地を蹴った。

 重い木剣を引きずるようにして一気にその間合いを詰める。

 その姿に、ローラの目が大きく開かれ。


 ──そこだ!


 内心の絶叫とともに、蓮人は遠心力を使って木剣を下から振り上げた。

 乾いた音とともに、力が抜けていたのか二つの木剣が宙を舞う。

 ローラの視線が木剣を追って、僅かに上がった。

 その瞬間を、蓮人は見逃さなかった。


 百戦錬磨の兵と言え、所詮は人間。

 立て続けに予想外のことをが起こった場合、対応は遅れる。


 蓮人は宙に舞った木剣をとてつもない精神力を使って無視すると、ローラの身体を前に押した。同時に、足を払ってローラの身体を地面に倒す。

 そのままローラの身体に馬乗りになって、蓮人はそこで初めてニヤリと笑みを浮かべた。


「俺の勝ちです」


「……確かにな。だが、爪が甘い」


 ローラの声に、疑問を抱いた瞬間。

 蓮人の頭に鈍い衝撃が走った。

 予想外の力に蓮人は崩れ落ち。

 視界の端に、二つの木剣が映った。


 つまり。

 宙を舞った木剣が蓮人の頭を襲ったのだ。


 ──なん……だと


 その呟きを最後にして、蓮人は意識を手放した。





 

 

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