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うるさい。
誰かの声が聞こえる。
それが、霧崎蓮人が意識を取り戻した時の最初の感想だった。
聴覚に様々な声が触れて、いやでも眠りから蓮人の意識を引っ張りあげる。
「……あと、十五分」
そんなことを呟きながら、ふと蓮人は違和感を覚えた。
蓮人は一人暮らしだ。
当然、朝起こしてくれる幼馴染などといった伝説上の人物がいるわけもなく、両親は既に他界しているため朝起こしてくれる人物はいるはずもないのだ。
──じゃあ、いったい誰だ?
心中で呟いて、蓮人はソッと瞼を開いて。
「……嘘……だろ」
ポツリと呟いた。
蓮人の目の前に多くの人だかりができていたからだ。
見知らぬ人々。しかも、その多くが見たこともないような服を纏っている。
──と。
そこで、初めて蓮人は自分が寝ている場所が自分の部屋ではないことに気づいた。
大理石の床に、幾何学的な文様──魔法陣と言うのだろうか──が刻まれている。その上で、蓮人は身体を置いていた。
周囲を見回すと、松明が壁に掛けられて光量が少なく薄暗い。まるで、何かの儀式を行いそうな場所だった。
「どうなってるんだよ……」
呟いて、蓮人は未だ落ち着かない気持ちを静めて冷静に周りを捉えようと思考を巡らせる。
まず、最初に思いつくのは誘拐だ。
だが、それは直ぐに否定できる。そもそも蓮人の家には誘拐してメリットになるようなものがない。要するに、財産が少ないのだ。
そもそも、蓮人が覚えている限りでは意識を失う前は部屋に引きこもって最近購入したゲームをプレイしていたのだ。蓮人は家にいる時は、防犯を何より心がけている。そんな中、わざわざ犯人は狙うようなマネはしないだろう。もちろん、可能性が低いというだけで皆無という事ではないのだが。
と、そのとき。
蓮人の脳内に一つの思考が浮かんで電気パルスがはしった。
「おいおい、冗談だろう」
咄嗟に否定するが、蓮人の直感はそれが正しいことを明瞭に示していた。
──俺はこの光景を見たことがある。
ただし、それは現実世界ではない。ゲームの中でだ。
蓮人が意識を失う前。その時にやっていたゲーム。その中で出てくる最初のシーン。
普通の高校生が勇者として、異世界に召喚されるシーン。
すなわち、これは。
蓮人が勇者として召喚されたのだ。
「ははっ」
乾いた声が口から漏れる。
そんなわけがない。嘘だ。これは夢だ。現実のわけがない。
そんな思考が脳内に駆け巡る。
しかし、そんな思考を即座に否定してしまうほど、目の前の光景はリアルすぎた。
蓮人を取り囲む人々の一挙一動。ゲームの中で出てきた祭壇を忠実に再現した光景。
どれもが、蓮人にその思考を裏付けていた。
と。
「もう大丈夫でしょうか? 勇者様」
不意に、目の前の集団から一歩踏み出した一人の少女が、蓮人に言った。
その声は。
その姿は。
その少女は。
蓮人の思考を打ち切るには十分だった。
まるで神が創ったような相貌に、可愛らしいクリッとした瞳。
否応なく、蓮人の全感覚が支配される。
「あの……大丈夫でしょうか?」
戸惑ったような少女が再びかけた声に、蓮人は意識を取り戻した。しかし、視線は尚この可憐な少女に釘付けだった。
「あ、はい大丈夫ですけど……」
「そうですか! それは良かったです!」
少女は輝くような笑顔を蓮人に向ける。
「あの勇者様にお願いあるのですか……」
「あ、はい。なんですか?」
一転して気難しそうな表情を浮かべた少女に、勇者って俺のことだよな、と後ろを確認した蓮人は聞き返した。
そして、その少女は。
予想通りに。
テンプレに忠実に。
ゲームの中のように。
その一言を口にした。
「──魔王を倒していただけませんか?」