残酷な陰口
女性と言うものは実に残酷なことを平気でやるものだということを知ったのはこの時だった。
金曜日の夕方。
仕事が終わって夕方には事務所に帰ってくる。
終わったらすぐにでも帰りたいところなのだけど、そういうわけにもいかない。
事務所に帰ったら帰ったで、使ったタオルやネットを洗濯したり、車のガソリンを入れに行ったり、いろいろ仕事はあるのだ。
ヘルパーたちはいつものようにリネン室で洗濯物を行っていた。
『どうだった?』
『もう、あり得ない!』
『やっぱり……』
『何回も言ったんだけど、全然聞いてないの!』
ボクが備品を取りに行った時になされていたヘルパーのアズーと下橋さんの会話である。
こういう悪口というものはどんな形であれ、当人の耳に入ってくるものである。
たまたまリネン室に行ったボクだが……彼女らがボクの悪口を言っていることは明白だった。
『手際が悪いのよ』
『そう! 遅れてるのに電話もしないし』
『謝るのはこっちなのよ』
何が残酷かと言えば彼女らはこれを陰口で言っているようで、ボクがリネン室に入ってくるのを知っていてもなお言い続けたことである。
まあ……
これに関しては言われても仕方ないところもある。
確かにボクは仕事を嫌々やっていたから、そういうことが態度ににじみ出ていたに違いない。
やる気のない態度というものは、一緒に働いているものをイライラさせる。
ただ……やる気のないものに何を言っても『暖簾に腕押し』であり、言った分、下手をすれば恨みを買う場合もあるということもある。
そういう意味ではいくら正論であったとしても、こういう陰口などは言わない方が良いということに気づいたのはボク自身もつい最近のことである……。
こんな悪口を目の前で聞いてしまったボクはもう何が何だか分からなかった。
確かに遅れても電話しないと言うこともあったが、それは電話をかけるよりも向かってしまった方が早かったからだ。現にそういう時に行った先の家で怒られたこともないし、クレームになったということもない。
手際に関してはそんなに悪くない。
ただ人見知りをするボクは利用者と話ができなかった。
よくそんなんでケアマネジャーなどやっているなあ……
この頃を振り返るとそう思うことがある。
まあ……要は慣れである。
人見知りで知らない人と話せなかった……などと言っても今では誰も信じてくれない。
人間……がんばれば良い感じに変われるものなのである。
さて……。
『辞めさせて下さい』
辞意を当時の営業所長だった仙波さんに伝えたのは月曜日の朝だった。
当時、ボクはまだパートだったので、月曜日は休みだったのだ。
失意のうちに金曜日に家に帰り……
ため息をつきながら土日を過ごした。
何がいけなかったのか考えた。
できないのは会話だけであり、その他の作業的なことはすべてちゃんとこなしている。
まあ、完璧かと言われたらそうではないかもしれないが、あんなに悪口を言われなければならないほどのことではない。
利用者の家で会話ができない。
これは致命的なのだ。
その時はそう思った。
利用者の家だけでなく……一緒に働いているスタッフともまともに話ができない。
いや、別に話などしたくないのだ。
だから自分のことはほっといてほしい。
作業は黙々とこなしているではないか。
なぜそれが気に入らないのだ。
会話をしないから嫌なのか?
ならボクにはこの仕事は向いていないな。
今思えば……考えたというよりはどうすれば辞めることができるかを考えたといった方が正解だった。
ボクは月曜日の朝に携帯電話……当時はPHSだったが、それを握りしめて車の中で電話をかけた。
数日間はまた自由で好きなように本でも読んで過ごそう……
そう思いながら……ボクは辞めることを伝えようと思っていた。