訪問入浴
訪問入浴という仕事をご存じだろうか。
介護の仕事をしていれば耳慣れた仕事かもしれないが、その他の職種の人には耳慣れない仕事だと思う。実際にこのサービスを利用しようとする人たちも、訪問入浴がどんなものなのか知らない場合が多い。
簡単に言えば寝たきりに近い状態になってしまった高齢者の入浴をその自宅で行う仕事である。
浴槽を積んだ車で自宅を訪問し、部屋の中にシートを引いて、浴槽を設置する。
お湯に関しては、車の中に水を引き、ボイラーを使ってお湯にして、ホースで浴槽に送る。
使ったお湯は排水ホースから自宅内の浴室などに捨てる。
持ち込んだ浴槽にはハンモックのようなネットを設置し、そこに高齢者を乗せる。
そのネットは手元にあるハンドルでゆっくりとお湯に沈ませることができるのだ。
なんとなく想像できただろうか。
なんかうまく説明できた自信はないが、これ以上、訪問入浴の話をしても仕方ないので本題に話を戻していこうと思う。
ボクが訪問入浴の仕事を始めた時……。
求人に応募し採用されたのは二人だった。
ボクともう一人。
アズーという愛称の18歳の若い女の子。
彼女は背が170センチ近くあり、モデルのような体型をしており、かなりの美人であった。
そして彼女は若いだけでなく、この仕事に対する熱意がみなぎっていた。
そんな美人と、同期で共に研修を受けた時、ボクは少しうきうきしていたのは否めない。
だが、そんな甘ったるい気持ちというのは仕事を始めた時はどこかに消え去ってしまった。
彼女は就職する前にヘルパー2級の資格を取得していた。
介護職を志す女性の大半がそうであるように、彼女も例外なく気が強く……少しでも仕事でもたもたしていると誰にでも平気できつい言葉を投げかけていた。
うわあ……
やだなあ……
いつか怒られるなあ……
ボクはそんなふうに思っていた。
そもそも仕事にやる気がなかったボク。
当然、そんなボクよりも手際よく仕事をこなす彼女の方が断然、重宝がられた。
ボクは仕事を手際よくこなせる方ではない。
これは仕事と言うものに慣れた今でもそんなに変わらない。
どちらかと言えばゆっくり一つ一つ確実に仕事を終わらしていく。
自分のペースをあまり崩したくないタイプなのだ。
やる気がない上に仕事も遅い……。
『次があるんだから早くして!!』
と他のスタッフから怒られることも多かった。
毎日……
仕事に行くたびに怒られる。
てゆうか、今思い出すとそんなに悪い仕事をしていたわけでもない。
作業そのものはちゃんとしていた。
訪問入浴を利用している高齢者との会話は上手くできなかったが……それでも挨拶はちゃんとしていたし、少し無口なだけで、今思い出すとそこまで怒られるほど悪い仕事をしていたわけでもないような気がしないでもない。
周りをイライラさせていた理由はやはりボクのやる気のなさだろう。
にしてもあんなに目の敵にしなくてもいいではないか……
というぐらいボクは毎回、怒られていた。
だからもう辞めようと思っていた。
現にいくつかの会社も面接を受けていたし、決まったらさっさと辞めるつもりだったのだが……そもそも何がやりたいとかそういう軸になるものを持っていないボクは他の仕事を考えるにあたっても何かと決断は遅く、辞めたいと思いつつ……なかなか仕事が辞められない毎日だった。
そんなある日のこと……
後先考えずに、失意のうちに会社を辞めようと思った決定的なことが起こったのである。