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自分に振り向いてくれない恋は冷めていく

『忙しい?』

『そうだね。研修の準備で大変だよ。そっちはどう?』

『う――ん……この業界、季節柄忙しいってことはあまりないね』

『だよね。なんだか慢性的に忙しい感じ……貧乏暇なしというやつかもね』


 こんなメールのやり取りは伽耶(かや)ちゃんとではない。

 介護福祉士の試験を一緒に受けた未来ちゃんは試験が終わったあともちょくちょくボクにメールをくれた。職業が『介護』の仕事という共通の話題があったので話もしやすかったというのもあるのかもしれない。


 この年の春先は忙しかった。


 それは4月になりケアマネジャーの実務研修が近づいてきたからだった。

 研修自体は今までもあったのだけど、課題を提出しなければならない研修は春先のこの研修だけだった。


 高齢者の生活を支えるために、その高齢者が自身でできる分野とできない分野を洗い出し、できない分野を課題として挙げていき、その課題をどのようにすればできるようになるかを分析する。

 いわゆる『課題と分析』

 これがアセスメントというもので、春先に行われる課題を提出する研修は、これを的確に行うための実習だった。


 今はどんな研修が行われているかは分からないが、当時は課題分析の書式を手渡され、それを聞き取ってきてそこに記載して発表するという内容の研修だったのだが……。


 そもそも右も左も分かっていない試験に合格しただけの人間にアセスメントなど分かるわけもないし、高齢者の現状をどうやって聞き取ればいいかなんて分からない。

 もちろんそれを勉強し理解するための研修なのだけど……


 一応、この時から十数年ケアマネジャーを続けているボクから言わせると、1回の研修ぐらいではアセスメントの何たるかが分かるわけがないということだけは断言させていただきたい。

 まあ、そうは言うものの何度も研修を続けていれば分かるかといえばそういうものでもないので、ある程度、基本を学んだ上であとは経験を積むしかない。


 何が言いたいかといえば、この研修の課題。


 無茶苦茶、大変だったということだ。

 準備には時間がかかった。


 そんな感じで忙しかったから、この頃は伽耶(かや)ちゃんから連絡がこないことを悩んでいる暇はなかった。


 そんな中だが、ボクは伽耶(かや)ちゃんと共通の友人カップルと4人で野球を観に行くことになっていた。

 これは研修が始まるはるか前に約束していたことなので、いくらボクが忙しいからと言っても今更断るわけにはいかなかった。

 忙しい中、ボクはチケットの手配などを行っていた。

 何時にどこで集まるか……という連絡をメールで行っていたのだけど、伽耶(かや)ちゃんはその連絡すらしてこなかった。


 こうなると寂しいとかそんな問題以前に、社会人としてやらなければいけないような常識ぐらいは守ってほしいと思うようになってくる。

 ボクの恋は終わりを迎えようとしていた。

 それはボク自身が一番分かっていた。

 伽耶(かや)ちゃんがボクに興味がなくて、好きでもないということはいい。だけどみんなで約束をしたことに対する返事はするべきだろう。

 そんなふうにボクは思い始めていた。


 もう最初の頃の恋愛の浮ついた気持ちはなくなっていた。

 そんなに連絡とりたくないのなら別にもうどうでもいい。


 その頃のボクはもう伽耶(かや)ちゃんが好きでもなんでもなくなっていた。


 電話をかけてこないことも、メールの返事がまったくないことも……改善してほしいと何度も言ったのだけど……彼女は『沈黙できるのが居心地がいい』などの言葉でごまかして、改善する努力すらしなかった。

『沈黙できるのが居心地がいい』のは伽耶(かや)ちゃんだけでボクはそうではない。

 相手のことを考えず、自分のことだけを主張する伽耶(かや)ちゃんとの思いはいつも平行線で、こんなにボクの思いが届かないのは、間違いなく彼女はボクのことを好きではないのだということをボクは知ってしまった。

 気持ちが冷めていくのをボクは忙しい毎日の中でひしひしと感じていた。


 100年の恋も相手が自分に振り向いてくれないことが分かれば数か月で冷めていくのだ。


 だけど……

 いくら電話がかかってこないと言っても、野球観戦の件は連絡しないわけにもいかない。


 行くのか行かないのか……

 待ち合わせ場所はそこでいいのかどうか……

 チケットの手配もあるのだ。


 聞いておかなければならないことはたくさんある。


 それでボクは伽耶(かや)ちゃんに電話をした。

『もしもし……』

『はい……ああ……野球のことね』

 開口一番、彼女はそう言った。

 分かっているのなら自分から電話をしてほしいものである。


 伽耶(かや)ちゃんの反応は『ああ、電話来ちゃったよ……』という彼女の心の声が聞こえてきそうな反応だった。

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