未来ちゃん
『勉強してる?』
『うん……なんとか』
『覚えること多いよね』
『過去問たくさんやった方が効率がいいって聞いたよ』
『そうなの? じゃあそうしてみようかな』
伽耶ちゃんとよりを戻して数か月後。
でもこの会話は残念ながら伽耶ちゃんとしたものではない。
仕事は以前に一緒に仕事をしていた石田さんが訪問入浴の会社を立ち上げたのでそちらにお世話になっていたのだけど……ボクは仕事をしながら勉強をしていたのだ。
このままではダメだと思ったから。
自分が仕事をしてなんの実績を残して来たかということは記録上は履歴書の中にしか残らない。
どんなに前の会社で難しい仕事をしてきたと語ったところで、世間は何も評価はしてくれないのだ。
実績……それは資格の取得が一番目に見えて分かりやすい。
それでボクは介護福祉士と介護支援専門員の資格を取得するために勉強を始めた。
いろんな研修会にも行った。
そこで知り合った女の子とボクは連絡先を交換していた。
どこが試験に出るのかとかどんな試験対策がいいのかとか情報交換できると思ったので彼女以外にも何人かと知り合ってそうしていたのだが、彼女はその中の一人でしかも住んでいる場所もボクの家の近くであり、働いているエリアも同じだった。
彼女の名前は岩山未来
未来ちゃんとはこの時期に試験のことで何度かメールのやり取りをした。
内容は試験問題や仕事のことばかりだったが、どう考えても伽耶ちゃんからメールをもらった回数よりはるかに多かった。
一応、ボクには付き合っている人がいるので彼女とのメールは資格試験関連の話しかしないようにはしていたのだけど、そもそもメールはおろか、直接会ってもそっけのない伽耶ちゃんにこのことを文句言われる筋合いもないなと思ったのも事実ではある。
努力のかいあって、介護福祉士も、その後に受けた介護支援専門員の試験も、ボクは見事に合格した。
嬉しさのあまり、ボクは伽耶ちゃんに電話したが……
彼女は電話に出なかった。
はあ……
またか……
ボクは一人でため息をついた。
心に隙間風が吹くのを感じた。
その後、ボクは親元を出て、一人暮らしを始めた。
ケアマネジャーの試験を受けて合格したのを機に、自立しようと思ったのだ。
一人暮らしを始めた初日。
ボクの携帯電話が鳴った。
伽耶ちゃんがかけてくれたのかと思い喜んで携帯を見たら、かけてくれたのは未来ちゃんだった。
それでも自分の節目の時を忘れずにいてくれる人がいてくれることが嬉しくて、ボクは電話に出た。
『どう? 一人暮らしは??』
『なんかすごい静かでびっくりしてる』
『へええ……そんなもんなんだ』
『うん。実家だとテレビがついていたりして常に音が鳴ってるけど、一人だとあまりつけないからね』
とりとめのない話を少ししてボクは電話を切った。
まだ話そうと思えば話せそうな話はいくらでもあったけど、そういう話を一番にするのはやはり伽耶ちゃんだろうと思ったからだ。
実家を出て、一人暮らしをして……
1回だけ伽耶ちゃんは遊びに来た。
共通の友人たちと3人で来たのだけど、伽耶ちゃんは終始、なんだかつまらなそうだった。
そんなにボクと会うのはつまらないのか……
その時、ボクはそう思った。
冬が終わり、春が近づく頃の出来事だった。