ネギトロ丼のネギをどけるという行為には意味がある
『あの……やっぱりいろいろ考えたんだけど、別れないでもう少し付き合いたいと思うのだけど』
こんなセリフをどちらが言ったかは覚えていない。
伽耶ちゃんに聞けば『あたしじゃない』と言いそうなのでここはボクが言ったことにしておく。
まあ、惚れた弱みというもので、『好き』という気持ちが大きいボクの方がそんなセリフを言っていそうなのは事実ではある。
結局、ボクらはやり直すことになった。
なんだかんだボクは嬉しかったが、ここまでしたからには、惚れた弱味で気を使うのは辞めようと思った。
『それでなんだけどね』
『うん』
『メールとかあまり返事しないじゃん』
『ああ……』
『付き合う前はもっと返信してくれてたよ』
『なんか付き合う前は気を遣わなきゃって思って返してたんだけど、恋人なんだし肩の力抜いて付き合ってるから返事は遅くなっちゃうんだよね』
『そこは気を使ってほしいな』
『そうなの?』
伽耶ちゃんのそっけない態度の原因はこの会話でボクも理解したつもりだった。
要はボクは恋人で気を使わなくてもいい相手であり、なんにしても肩の力を抜いて付き合うことができるから素の自分をさらけ出せると彼女は言いたいわけだ。
それが本当だとしたら伽耶ちゃんは実に我儘な人間であるということができる。
つまり一番大事な人に対しては一番どうでもいい対応をしてもいいということになるからだ。
『一番大事な人がボクとは言わないけど、友人よりは大事なんだよね?』
『そうだよ』
『大事なんだったら大事に扱わないといけないんじゃないの?』
『でもすごくあたしは楽なんだよね。阪ちゃんといると気持ちが楽だよ』
結局、彼女はボクのことはどうでもいいのだ。
ボクは伽耶ちゃんの気持ちはどうあれ、まずはボクに気を使ってほしいと言ったつもりだ。
自分が楽とかそんなことよりも付き合っている相手がどう思うかを優先してほしいと言ったのだ。
それに対して彼女は『あたしは楽なんだよね』と言っている。
冷静に考えればまったくかみ合っていないこの会話に気づくべきだったと後になって思うことがある。
かみ合っていない会話にボクはこの時、気づけなかった。
『そうなんだ。気持ちが楽なのは嬉しいなあ』
『だから会話とかも特になくても大丈夫』
『いや、それはボクが無理でしょ』
『そうだっけ?』
『だって会話しないと死んじゃうマグロなんでしょ』
今まで別れ話をしていたとは思えないぐらいボクらは盛り上がった。
この日は楽しかった。
その後、彼女とはちょくちょく会って、デートに出かけた。
でも……
やっぱり彼女のそっけない態度は変わらなかった。
いや、変わらないというより、変えようと努力している気配もなかった。
自分を変える努力すらしていない伽耶ちゃんに少しずつボクはいら立ちを覚え始めた。
ある日。
彼女と一緒に海鮮の美味しいお店に行くことになった。
この日は他にも大勢の友人たちがいた。
伽耶ちゃんはボクとは一言も話さない。
何か嫌なことをしてしまったのか……ボクはそう思ったけど、もうこんな態度は毎度のことなので気にしないことにした。
お店に入ってもボクが彼女と同じテーブルに座ることはなかった。
早々に彼女は他の女友達と座っていた。
そしてふと見ると彼女はネギトロ丼を頼んでいた。
何かを話しながら彼女はネギをすべてどけてマグロだけにして食べていた。
好き嫌いの多い人間は、幼い時からそれを許されてきた関係で自分勝手な人間が多い。
ボクの勝手な分析だけど、そんなに間違った分析でもないと思っている。
これで彼女が何者なのか……ボクには分かったような気がした。