話さないと死んでしまうマグロ
『伽耶ちゃんはボクのこと好きじゃないみたいだから別れたい』
ボクがそう告げると、伽耶ちゃんはボクをキッと睨みつけて『そうね……』と言ったが、目には涙を浮かべていた。
待ち合わせはいつものファミリーレストランだった。
告白の返事を聞いた……あの思い出の場所だ。
もちろんそんな感傷に浸る余裕はない。
余談だが、このファミリーレストランは今ではしゃぶしゃぶ屋に様変わりしている。
レストランの窓際の席でボクは伽耶ちゃんと対峙した。
『……』
無言の時間が続く。
その時間はわずか数分だったのだけど、何時間にも感じられた。
重たい空気が流れ、食事は運ばれてきたもの、ほとんど手は付けられなかった。
伽耶ちゃんは何も言わずに泣いていた。
『いや……あの……』
沈黙に耐えられなくなってついボクは話し始めた。
『ほら、それ……』
伽耶ちゃんは目に涙を浮かべながらも笑顔でボクを指さした。
『それ、阪ちゃん、沈黙に耐えられないんだよね』
『ま……まあね……いや、でもそうでもないよ』
『いや、絶対に無理。話していないとマグロみたいに死んじゃうの』
『そうかなあ……』
『あのさ。あたしは沈黙でも大丈夫なんだよね。阪ちゃんとは違うんだよね』
『まあ、それは分かるよ』
『うん……これで……良かったんだよね……』
そういうと伽耶ちゃんはまた泣き出した。
今度は何も話せなかった。
沈黙が続いていた。
いくらボクが話さないと死んでしまうマグロでも話し出すことはできない。
なんで泣くのだろう……
ふとボクはそう思った。
もしかしたら伽耶ちゃんはボクのことが好きで、そういう気持ちを表現するのが苦手だから電話やメールもしなかったのかもしれない。デートの時に会社の人や友人に会いたくないと言っていたのも、そういうことだったのかもしれない。
その涙の意味をボクは、そう解釈した。
その日は『別れる』という結論のままお互い帰途についた。
その後、ボクはじっくりと考えた。
本当にこれで良かったのかを……。
いや、良くない。
やっぱり後味も悪い。
もう一回、伽耶ちゃんと話そうとボクは思った。
『この間はゴメン。一方的な言い方したと思う。もう一度ちゃんと話したいんだけどいいかな?』
ボクは彼女にそうメールを送った。
もしかしたらもう返事は返ってこないかもしれないな……
ボクはそう思った。
もしくは話の内容が内容だけに、返事は返ってくるかもしれないけどあまり前向きな返事ではない可能性もある。
『もう、終わった話だから……』
伽耶ちゃんがそういう可能性は大きかった。
そう言われたら彼女の中ではあんなに泣いても消化できた話なのだと思い、あきらめようとボクは思っていた。
意外なことに……
返事が返ってきた。
しかも前向きな返事だった。
『そうだね。あたしも取り乱しちゃってごめん。ちゃんと話そう』
あの時、伽耶ちゃんが泣いたのは別れるのが嫌だったからではないか……。
ボクはそんなふうに思ってしまった。
そりゃ……ボクだって別れたくはない。
だって別に彼女が嫌いになったわけではないから。
彼女がボクのことを鬱陶しく思っているなら、気持ちが一方通行な恋愛はしんどいので辞めたいと思っただけだ。
でも彼女はボクのことは好きなのかもしれない。
ただ恋人としての付き合い方がなんとなく分からないか……もしくは恥ずかしいだけなのかもしれない。
ともかく……ボクは完全に別れる前に伽耶ちゃんともう一度、話し合うこととなった。