大事な言葉が出てこない
仕事を辞めてもすぐに次の仕事は見つかったのでボクも辞めたことに関しては何も思っていなかった。
『大丈夫なの?』
伽耶ちゃんはボクにそう言った。
彼女は介護という仕事を知らないからそう言って心配してくれたのだけど、実はこの仕事……給料は安いし、休日も容赦なく仕事させられるし、さほど良いこともないのだけど、唯一良いところは、人手不足であるから、会社を辞めても『介護』の業界であればすぐに次の仕事に転職することができることなのだ。
まあ、ただどこに行っても給料は安い。
そこに目をつむることができれば仕事には困らない。
ただ勤務環境は職場によって随分違う。
納得のできないことがあれば辞めて次を探せばいい。
特に人間関係で悩むぐらいならすぐに辞めてしまった方が良いと今でもボクは思っている。
履歴書に職歴がたくさんつくことを嫌う風潮は今や古いのだ。
納得のできない会社は辞める。
みんながそうなれば介護の業界ももう少し働きやすくなるのではないかと思う。
『うん。大丈夫だよ。もう次、見つかったし』
『そうなんだ……』
『前に一緒に仕事してた人が会社やっててね。そこに呼ばれたんだ』
『ふうん……』
『え――と……ボク、伽耶ちゃんが不安になるようなこと言った?』
『いや……大丈夫だけど』
『心機一転、がんばるよ』
『そうだね……』
この恋愛はボクの勘違いなのではないだろうか……という不安はいつもぬぐえなかった。
仕事を辞めた時でさえ、伽耶ちゃんは冷たかった。
『仕事を辞めた』と聞いたから一応、話は聞いておかなければ……というような感じで彼女はボクの話を聞いていた。
でもこの時の電話はボクからかけたもの……。
何度もかけてようやくつながったもの……。
そして残念なことに彼女から『がんばってね』という励ましの言葉は一切なかった。
伽耶ちゃんはボクのことには興味はなく、実は心配などしてないのではないか……。
そんな思いがボクの中にこみ上げてきた。
辛い毎日だった。
メールは無視される。
電話は出ないし、出ても素っ気ない会話しかない。
ある日。
その日はものすごく寒かったのを覚えている。
ボクと伽耶ちゃんの共通の友人だった二人が付き合うことになった。
それ自体は喜ばしいことだった。
伽耶ちゃんは祝福のメールを二人に送っていた。
ボクのメールはいつも無視するか、返信してもおざなりなメールが多いのに……。
友人の男性からボクに連絡があった。
彼にまったく悪気はない。
普通にボクの彼女も自分のことを祝福してくれて嬉しいというつもりで言ってきただけだ。
友人であれば異性でもそのぐらいのメールはするだろう。それは大きな問題ではない。
メールの内容を彼はボクに教えてくれた。
『おめでとう。うちらはどうなるか分からないけど、二人は良いカップルだと思うよ。がんばってね』
これを聞いてボクの心の中に冷たい隙間風が吹いた。
自分たちは『どうなるか分からない』そんなカップルなのか……
それ以前に、ボクにはほとんど電話もメールもしてこないのに、なんでこういうことだけはちゃんとやるのだろうか。
実は伽耶ちゃんはボクのことなんかどうでもいいのではないだろうか……
だったらなんで付き合うことに同意したのだろうか……
『心機一転、がんばるよ』
『そうだね……』
仕事を辞めて、新しい仕事に就く時にした伽耶ちゃんとの会話をボクは思い出した。
ボクが頑張ると意気込んでいるのに、彼女は実につまらなさそうだった。
彼女はボクのことを好きではないのだ。
ボクはそう結論付けた。
好きでもないのになんで付き合ったのかは分からない。
でもそれが分かったなら早々に別れるべきだ。
ボクは強くそう思った。
もうこんな苦行のような恋愛は終わりにしたい。
悲しい思いに沈みながらボクはそう思って、『話がある』と言って伽耶ちゃんを呼び出した。