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報償責任の法理から考えるとボクの考えは言うほど間違ってはいなかった……

 慌てるとろくなことがない。

 ああ……失敗したな。


 そんなことが起こったのは、ボクが伽耶(かや)ちゃんと付き合うことになってから半年後ぐらいのことで、ボクが自分の思いが勘違いでないことを彼女に確認してしばらく経ってからだった。


 相変わらず伽耶(かや)ちゃんからのメールは来ないし、彼女の態度は冷たい。


 でも……

 それでもあの時……


 彼女が、ボクらは『付き合っている』とちゃんと言ってくれたから、ボクの独りよがりな勘違いではない……そんな思いを胸に、彼女の笑顔を思い浮かべながら、実際には冷たい態度をとられているという現実に目を背けて毎日を過ごしてた。


 当時のボクは介護タクシーの仕事をしていた。

 介護タクシーの仕事というのは時間で動いているのだけど、次の家に行くまでに遅れてしまいそうになることがある。これは車で動く仕事なので仕方ないのだ。どうしても渋滞があって時間がギリギリになってしまうことも少なくない。


 時間がギリギリになってしまうと……


 どうしても慌ててしまう。

 慌ててしまうとミスを犯してしまう。


 ガチャン!!


 慌てて車をバックさせたら派手な音がした。


 ボクは会社の車をぶつけてしまったのだ。

 幸い、ぶつけたのは電信柱だったし、電信柱には傷もなかったから良かった。


 ぶつけてしまったことは仕方ない。

 ボクが悪いのだ。

 ああ……慌てるとろくなことがないな……。

 そんなふうに思いながらボクは事務所に帰った。

 すると社長はボクに言った。

『車の修理代だけど、給料から引いとくから』

『え? すみません。ぶつけたのはボクが悪いんですけど、あのそれは……』

『いや、ぶつけたのは悪いって分かってるんでしょ』

『でもそれとこれとは別じゃないですか。こういう仕事だし保険だって入ってるんでしょ』

『保険だって無料(ただ)じゃないんだ』

『ちょっと意味が分からないんですけど……』

『だから給料から天引きにするから』

『全額ですか?』

『お前がぶつけたんだから全額に決まってるだろ!』

 今までにボクは会社の車をぶつけて、自分が負担したという話しは聞いたことがない。

 この時は『そんな話は聞いたことがない』と頭に来たのだけど……


 今になってちょっと気になったのでネットを調べてみたところ、通常は従業員も他人の財産に損害を負わせた場合には民法709条の不法行為責任があるようだが、会社は従業員の活動によって収益を得ているわけで……民法では従業員の活動から生じるリスクも負担すべきという『報償責任の法理』という考え方がある。

 このような考え方から、車など会社の「モノ」を業務中に従業員が破損した場合には、報償責任の考え方と会社と社員間で公平な負担を図るべきというのが一般的な解釈であり、裁判所でも多くがこの考え方を採用しているようだ。

 判例によれば、会社が請求する実際の損害額の10%しか認められなかった例もあるようだが、通常は25%が限界といわれているらしい。


 つまり会社も最大25%程度なら社員に損害請求できるようだ。それでも全額は難しい。


 あの時はそんなことは知らなかったのだけど、高い修理代を安月給から天引きされたら手元には何も残らない。

 そんなんじゃやってられない。

 そんなふうに強く思ったのは覚えている。


『全額、払うんだったら辞めますよ!』

『はあ?』

『今から労働基準監督署に行きますから』

『てゆうか、じゃあ明日からの利用者、どうするんだよ!』

『知りませんよ。そんなもん自分で考えて下さい』

『なんだと? てゆうかな。知らないみたいだから言っておくけど、労働基準監督署なんか言っても無駄だからな』

『無駄なら無駄でも構わないですよ。そこまでおっしゃるなら今から行きますよ』

『分かった。ならお前の希望通り、辞めていいよ』

『修理代も払いませんからね』

『好きにしろ』


 こんな喧嘩をして会社を辞めたのは後にも先にもここだけだった。

 結局、ボクは修理代を払わずには済んだ。

 元々、不満だらけのルールが多く、社長をはじめとして仕事もできないくせに偉そうな社長のドラ息子がのさばっているようなろくでもない会社だったので、辞めても気分は爽快だった。

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