返事
指定された場所に、伽耶ちゃんとボクはほとんど同時に着いた。
なんか同時に着くという感じが相性の良さを示しているみたいで嬉しかったのを覚えている。
さっそく席について、一応、注文をする。
返事がどうあれ……
1回だけでも彼女とこうやって二人きりで食事ができたのだからもう思い残すことはないな、とその時は思っていた。そもそもボクは返事が良いものであるわけがないと思っていた。
今までの人生でボクの思いが、好きな人に届いたことはあるだろうか。
否。
それはない。
だからこそ、この時も振られることを前提にして、気持ちを作っていた。
『ごめんなさい』と彼女に言われたらどういう風に言おうか……
それだけを何度も何度もシュミレーションしてこの場にやってきた。
彼女はボクの告白を聞いてくれて考えてくれているのだ。
もうこれだけで十分。
ちょっとでも好きという気持ちがあるならこんなに嬉しいことはないが、まったくその気がないのなら『ごめんなさい』と言ってくれてもいいのだ。てゆうかむしろその気がないなら気を使って思わせぶりなことは言わなくてもいい。
ボクは『そうだよね。うん。でもいろいろ考えてくれてありがとね』と答えるつもりだった。
さて……。
窓際の席に座ったボクの目の前には、内巻きのボブにした彼女がいる。
髪の毛はさらさらだった。
少し茶色に染めた感じがとても素敵だった。
『あのね……』
『うん……』
『あたし、阪ちゃんのこと、よく分かってないんだよね』
『そう?』
『うん……なんかいろいろ話す機会は多かったけどね……意外と分かってないんだ』
『そうなんだ……』
伽耶ちゃんは少し答えに困るような問答をし始めた。
ボクのことをよく分かっていない?
どういうことなのだろう……。
そりゃボクだって伽耶ちゃんのことはよく分かっていない。
頭が良くて、なんでも知ってて、いつも周りに気が使えるということぐらいしか知らない。てゆうか多くを知るのは付き合ってからではないだろうか。
付き合って恋人の良い所も悪い所も知るのである。
良い所を見て、もっと好きになり……
悪い所を見て、落としどころを探ったり……
価値観の違いを感じてすり合わせて行ったり……
交際期間というのはそういうのが楽しいんだとボクは思っていた。そんなことをしながら年単位の時間を二人で過ごしながら人生の伴侶として相手が相応しいかどうかを考えていく。
そして最終的には結婚するものだと……
ボクはそう思っていた。
『それでね……阪ちゃんの気持ち、分かったし、すごく嬉しいんだ』
『そうなの? それは良かった』
『うん。だからこれからもよろしくね』
答えはなんと『OK』だった。
ボクは飛び上がるぐらい嬉しかった。
人生で初めて好きな女の子と両思いになれて、ボクは舞い上がっていた。
今思えば、あんなに幸福感に包まれた時はなかったし、同時に冷静な判断ができなくなった時もない。
恋愛というものは良いものであると同時に、周りが見えず盲目にもなるという二面性があるのだろう。
やれやれである……。