表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/79

アヤコちゃんの憂鬱

 平成12年4月……

 世の中に介護保険が導入された。

 これは介護の現場に大変な混乱をもたらして、多くの人材を彷徨(さまよ)わせた。


 先ほど話した上原さんは介護保険導入後、1年で会社を辞めていった。

 まさか上原さんが辞めるとは思ってもいなかったが、彼は会社を去っていった。

 何か思うところがあったのかもしれないけど……それはボクの知るところではないし、別に知ろうとも思わない。


 ただ……彼がボクやアヤコちゃんの同僚でもあったヘルパーのアズーと結婚したと聞いたのは、上原さんが退社した数ヶ月後の話で、結婚も退職の理由の一つであったのではないかと思うこともある。


 まあ……どうでもいいが……


 その話を聞いた数日後……。


 ボクの携帯が鳴った。

『もしもし……』

『あ、阪ちゃん?』

 電話の向こうから聞こえたのはアヤコちゃんの声。

『お、久しぶり。どうしたの?』

『いや……あのさ……ちょっと悩みがあってね……』

 その時、アヤコちゃんは仕事のことで悩んでると言っていた。

 看護師の仕事のことはボクでは力になれないし、話を聞いてあげるぐらいしかできなかったが、なんだか彼女はいつもと違う感じだった。

『悩んでいる』と言っていたから気にも留めなかったのだけど、なんだか元気がなくて落ち込んでいる様子だった。


 多分、彼女はボクに『どうしたの?』と聞いてほしかったのかもしれない。


 鈍いボクはそんなことには気づかない。

 仕事のことで悩みがあると言っているのだから仕事のことで悩んでいるのだろうと思ったのだ。


 こんなに言われたことをそのまま鵜呑みにする性格で、よくもまあケアマネジャーなどやれているなあ……と自分でも思うことがある。


 結局、話は中途半端のまま、彼女は『聞いてくれてありがとう』と言って電話を切った。

 アヤコちゃんとの会話はこれが最後だった。


『あの人、案外モテるんだよねえ』


 アヤコちゃんとの会話があって数日後にアズーは言った。

 仕事が終わって夕方……営業所で少し時間をつぶしている時の会話である。

 そこには訪問入浴のスタッフが数名おり、新婚の上原さんとアズーの話で盛り上がっていたのだ。

『モテる? なんで??』

『いやさ。アヤコちゃんに告白されたらしいのよ』


 ボクはアズーから、アヤコちゃんが上原さんのことが好きだったという話を聞いた。


 まあ……

 思い当たる節はいくつもある……。


 それにしても……だ。

 アズーの無神経さにはあきれるばかりである。

 こんなことがボクの耳に入ったと知ったらアヤコちゃんは傷ついたかもしれない。

 もちろん、こういったことが本人の耳に入ることはないのかもしれないのだけど、そういうことは第三者には言わないでおくのが礼儀というものだ。


 ボクに電話をしてきた時……。


 なにかおかしいアヤコちゃんにボクが『どうしたの?』と聞いたら彼女はなんと答えただろうか?

 今となっては分からない。

 ただ多分だけど……

 彼女は正直に『振られた』とは言わなかったような気がする。


 まあ……

 もっとも彼女がちゃんと言ってくれたところで、あの時のボクには慰めの言葉の一つも出てこなかったのだろうから、あれはあれでよかったのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ