向日葵
藤谷さんに彼氏がいたことは、鎌倉営業所で彼女と再会する前から知っていた。
だからボクは初めからあきらめていた。
気持ちに余裕ができていたとはいえ、すぐに恋に落ちるほど、ボクも愚かではないのだ。
まあ、それでも結局は好きになってしまったのだけど……。
『向日葵が好きなんですよね』
どんなタイミングかは忘れたが藤谷さんと花の話になったことがあった。
『いいですね。あたしも向日葵好きで、買って彼氏に持って行ったことあるんです』
『へええ。それは素敵ですね。彼氏さん、喜んだでしょ?』
『いや、無視されちゃいました』
『え?? なんで????』
『なんでだろ。恥ずかしかったのかな?』
『でも後でお礼とかあったんじゃ……』
『いや何もなかったです』
笑顔で話していたが、彼女の顔は少し複雑な表情だった。
もしかしたらボクの気のせいなのかもしれないけど。
『えええ。それは冷たいなあ。ボクだったら普通に嬉しいのに』
この言葉は別に彼女が好きだから言ったわけではない。
実際に花を持ってきてくれたら誰であれ嬉しい。
それが彼女でなくても、花は気持ちを明るくしてくれるし……少なくともボクなら無視はしない。
その場で照れくさくて何も言えなくても、後で必ず連絡してお礼を言う。
笑顔で話しながらも寂しそうな目をした藤谷さんが印象的だった。
彼女はパンダさんの時と違って結婚しているわけでもない。しかも彼氏との関係はあまり幸せそうにも見えない。
だからボクは自分の気持ちを抑えてコントロールすることが難しかった。
でも彼女には彼氏がいる。
だからやっぱり心のどこかではあきらめの気持ちもあったから、非常に複雑だった。
彼女は彼氏に対してどう思っているのだろうか?
そんなに冷たくされて……
そんなに寂しい思いをして……
いや、そうじゃないのかもしれないけど。
でもボクなら彼女をそんな寂しい思いにはさせない。
恋は人を狂わせる…。
恋は盲目…。
これらの言葉はボクのためにあるような言葉なのかもしれない。ボクは恋をする度、仕事で失敗をし、鬱々とプライベートを過ごし……人生を無駄に消費してきたような気がする。
藤谷さんを好きになった頃にはそれは十分に理解していた。
だから好きになってはいけないと自分に言い聞かせていた。
彼女には彼氏がいる。
余計なことはしてはいけないのだ。
でも……
幸せではなさそうなんだよな……。
てゆうか彼氏よりもボクの方が彼女には合っているかもしれないじゃないか……
相反する思いがボクの頭の中を駆け巡っていた。
ダメだ。
好きになってはいけないのだ。
そんなふうに思いながらも……
ボクはあの時、もしかしたらこの恋は成就するんじゃないかと思っていたのかもしれない。