おさげの彼女
訪問介護の仕事には夜勤があり、それは夜の10時ぐらいまでだった。
在宅の訪問介護では深夜から明朝にかけて通しでの夜勤は滅多に存在しない。
当時は介護保険制度もその辺りがかなりあやふやだったように思える。もちろんボクが知らなかっただけなのかもしれないが……。
現在では夜間の訪問介護に関しては専門の『夜間対応型訪問介護』というものと『定期巡回型訪問介護看護』というものが存在する。
もちろん通常の訪問介護でも夜間を対応していないというわけではないのだが、夜間に対応が必要な利用者は大抵、重度の疾病を抱えている場合が多く、夜間、病院と同じようなオンコールでの対応が必須となる場合が少なくない。そのような利用者の必要に答えるべく創設されたのが『定期巡回型訪問介護看護』や『夜間対応型訪問介護』なのである。
現在の制度としてはこんな感じなのだが、ボクが現役で訪問介護をしていた頃はそんな制度はなかった。
訪問介護で夜勤と言っても、一晩中の対応が求めらえる仕事というのはきっとあったとは思うが、おそらく稀であり、実際ボクがやっていたのは夜10時ぐらいまでの仕事だった。
さて……
いきなりこの夜の仕事にボク一人で対応するのは如何にも大変な話であり、初回は窪田さんが同行してやり方を教えてくれた。
1回ではなかなか覚えられないだろうということでボクは3回に渡って同行してもらったのだが、最初は窪田さんで後の2回が藤谷さんという女の子だった。
彼女のことは実は横浜営業所に何度か応援にきていたので知っていた。
当時30代前半ぐらいだった彼女はボクより5つ程度年上だったが、童顔の彼女は若く見えた。
ヘルパーの仕事をしているとエプロンをして、女性の場合は髪が長ければ後ろで縛って邪魔にならないようにする。
彼女はセミロングの髪の毛をおさげにしていた。
ボクの目にはその姿がやたらかわいく見えて仕方なかった。
ごんちゃんと卓球をやっていた頃は何も感じなかったのに、それから数か月後にはボクの心はすっかり回復していた。
ごんちゃんと言えば……
藤谷さんとは彼女が横浜営業所に営業車に来ていた時に何度か話をしていた。
『最近、忙しいですけど、どうですか? 調子は??』
『入浴の仕事は何とか慣れましたよ。そろそろヘルパーもって言われてるんです』
『じゃあ、さらに忙しくなりそうですね。あまり無理しないでくださいね』
『ありがとうございます』
『休日、もらえてます?』
ボクがこうやって聞いたのは誰も自分と同じような状況になってほしくなかったからだ。
介護の仕事はやりがいがある仕事なのだけど、やりがいだけでスタッフを搾取するところがある。
本来『やりがい』なんて目に見えない部分はあまり重要ではなく、給料や休日こそ一番重要であり、それらが充実してはじめてそこに『やりがい』というものもついてくるのだ。
仕事というものはそういうものであり、『やりがい』を前面に押し出すような会社はろくなものではない。
でも介護の仕事は基本的には低賃金であるからこの『やりがい』という目に見えないものでスタッフを縛ろうとする場合が少なくないのだ。
実際、ボクも横浜営業所の所長代理になって病気になるまで会社には振り回され続けていたから、周りに人間にはそうならないようにしてほしかったのである。
『休めてますよ。彼とも会えてますし』
ニコニコしながら藤谷さんは言った。
横浜営業所にいた頃は前述の通り、恋愛するだけの精神的な体力はなかったので何も感じなかった。
しかし彼女と次に再開した時は事情が変わっていた。
精神的にボクは回復しており、気持ちに余裕ができていた。
もちろん鎌倉営業所で再会してすぐに好きになった……というわけではない。
それが始まったのは夜勤の仕事を彼女と一緒に回った時がきっかけだった。