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退職

『わたしたち、退職しますから』

 仕事の帰りに大船駅でたまたま会った看護師の斉野さんとヘルパーの藤原さんはボクを見るなりそう言った。

 あまりの迫力にびっくりしたのを覚えている。


 二人とはボクも何度か仕事をしたことがあった。


 何があったのか分からなかったし、なんだかすごい勢いだったのでボクは二人につい聞いてしまった。

『え? すみません。もしかしてボクのせい??』

『そんなわけないじゃないですか』

 笑いながら藤原さんは言ってくれた。


 彼女たちは入った時期も同じで仲が良く、いつも二人で行動していた。

 だから今回のことも二人で話して決めたようだった。

 辞める理由を聞くのはボクの仕事ではないし、とにかく自分が原因ではないのだから、それ以上は聞かないことにしたのだけど、彼女らが言うには原因は黒石さんにあるということだった。


『もう、あの人の下では仕事したくないのよね』

 藤原さんは怒りをにじませつつもボクには笑顔でそう言ってくれた。


 何度も同じことを言うのは恐縮だが、黒石さんには本当に人望がなかった。

 彼を嫌っていたのは藤原さんたちだけではない。

 みんな、そこそこ我慢して仕事をしていたのである。


 我慢していた……といえば……


 黒石さんからいつも怒られていたのがみつば姐さんである。

 みつば姐さんはあまり深くものを考えないところがあって、それが彼女のいいところなのだけど、その分、利用者の家で失敗することも少なくなかった。

 ただそういう軽薄なミスというのは誰もがしてしまうもので、ボク自身も、新人の頃はそういうミスをして仙波さんに注意されたりもした。

 誰でもそういうミスはあるということが分かっていれば、そんなにしつこく怒らなくてもいいのだけど、黒石さんはなぜかそういうことをくどくど言うのだ。


『だからよ、気持ちが足んねえんじゃないの? そういうミスをするってことは』

『はい……』

『この仕事についてどう思ってるの? 熱い思いとかあるんだろ?』

『はい。ありますよ。なんだろ……上手く言えないけど』

 みつば姐さんもそんなことを正直に『上手く言えないけど』とか言わなくてもいいのだけど、そうやってついつい正直に言ってしまうところは彼女のいいところでもある。

 それにしても黒石さんはあまりにもしつこかった。

 普段の業務の中だけならまだしも、飲み会の席でもこの調子でヘルパーや看護師を捕まえては自分の介護論をぶつけて相手を困らせるのだ。


 黒石さんへの不満がたまった者は藤原さんのように辞めていった。

 ボクらも彼への不満はあった。


 だからみつば姐さんとボクらは、仕事終わりに呑みに行っては黒石さんの文句を言って盛り上がっていたのである。


 小山さんや陽藤さんは家庭があったのでそうしょっちゅう一緒には行けなかったのだけど、ボクは独身だったし、依田さんは子供もおらず、ご主人も同じように仕事終わりに飲んで帰ることが多いようで、大抵の場合はみつば姐さんとボク、そして依田さんの3人で飲みに行くことが多かった。


『阪上さんはホントに彼女、いないの?』


 ひとしきり、黒石さんへの悪口を言い終えるとそんな話が出てくる。

 みつば姐さんはやたらそんな話をしてきた。


『いないですよ』

『そうなんだ。じゃあ、あたしと付き合ってみる?』

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