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楽しい日々に戻れたような気がした日

『飲みに行こうよ』

 ボクはみつば姐さんに誘われたので行くことにした。

 色恋のウキウキした気持ちはまったくないのだけど、美人に飲みに誘われるというのは悪い気はしない。


 もちろん、二人きり……ということはない。

 最初からそんなことは期待もしていないし、考えもしなかった。

 つまり、みつば姐さんとボクはそういう関係だったということだ。


 飲みに行くメンバーは実は複数いた。

 一緒に仕事をすることが多かった小山さんや、ヘルパーの依田(よりた)さん、看護師の陽藤(ひとう)さんにボクとみつば姐さんの5人であることが多かった。


『黒石さんに言葉遣いのこと言われちゃった』


 最初の1杯のビールを飲み干した頃にみつば姐さんはみんなに言った。

『うん。知ってる』

 小山さんが言った。

『え――。なんで?』

『いや、だって言われてた時、俺も阪上さんもそこにいたもん。ねえ』

 話を振られたボクは首を縦に振った。


 その頃のボクは、仕事を始めてちょうど3年目。自分なりの仕事へのアプローチもできてきており、酒の席でも仕事の話で盛り上がっていた。

 人生で仕事が一番面白いと思っていた時期だ。


 今は違うけど。


 いつの間にか若い頃のあの純粋な気持ちはボクの中から消えてしまっている。

 多分、現実が見えてきたからだろう。


『言葉遣いですか? 特に問題ないですけどね』

 黒石さんに言葉遣いのことを言われて少し落ち込んでいたみつば姐さんにボクはそう言った。


 確かにみつば姐さんの(かも)し出す雰囲気は、どうしてもネオン街の匂いがする。

 でもそれは仕方のないことだ。彼女だってやりたくてやっているわけではない。長年の習慣に身に着いたものだろう。

 いわばそれは個性に近い。

 恐らく彼女が介護士としてキャリアを積めばきっとその匂いは薄くなっていくだろう。


 ボクにそう思わせるぐらい彼女は一生懸命、試行錯誤しながら仕事していた。

『なんかね。ヘラヘラしながら仕事するなって言うのよ……』

『ヘラヘラしながら? してましたっけ?』

『笑顔を心掛けてるだけなんだけどね』

『ですよね』

『でもね……ちょっとなんだろ……いつものような笑顔だとダメな感じかなって小山ちゃんにも言われたから、笑顔を変えてみたら変になっちゃって』


 ああ。

 その感じはなるべく辞めた方がいい、というあの言葉を彼女は気にしていたのか。


『いやいや、笑顔はそのままでいいんだよ』

 小山さんは言った。

 考えてみれば彼もみつば姐さんと同じ時期に入社してきた。


 二人が仕事のことをいろいろ話しているのを見て、ボクはアズーを思い出した。

 ボクも仕事に慣れてきた頃、仙波さんやアズーと、どうやって仕事をすれば利用者に喜んでもらえるかをお酒を飲みながら語り合ったことがふと頭によぎった。


 楽しい過去はもう戻ってこない。

 仙波さんは会社を去ってしまったし、アズーももういない。


『えええ! 何それ? 分かんないよ』

『いやだから、説明できるもんじゃないから』

『でも言ってくれないと分かんないじゃん』

 飲み会の席での小山さんとみつば姐さんのやり取りを見てボクは昔を懐かしんだ。

 彼らのやり取りは昔、自分もやったことがある。

 そんな感じのなんだか懐かしい過去に帰った気分になって、その時はものすごく楽しかった記憶がある。

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