その感じ
『あたし、前はキャバクラで働いてたんだ』
当時のボクの常識ではあまり人前で話すことが憚られる話を、まったく気にすることもなく、みつば姐さんはボクに話し出した。
『そ……そうなんですね』
『そう。びっくりした?』
『ええ。びっくりしましたね』
『なんで?』
なんで?
そんなこと聞かれても困る。
なんで?
いや……なんとなくだ。
びっくりしたというかなんというか……この時の感情を言い表すのは実に難しい。
仕事の移動中に乗っている車の中でそんな話になったのだけど、この日の看護師は派遣でやってきた人で、疲れているらしく後部座席で寝ていた。
派遣で来る看護師さんはみんな疲れている感じがした。
まあ、それも仕方ない話で、みんな本業があって、普段は病院で働いているのだ。
何らかの事情でお金を稼ぎたい人間が派遣でやってくる。だから寝る時間や休む時間を削ってまでやってくることが多いのだ。
彼女らが移動中の車の中で寝てしまうということは良くある話で、ボクはなるべくそういう看護師さんたちが休めるようにあえて話を振らないことも少なくなかった。
『そんな感じするなあ』
そう話したのは小山さんという男性。
新しく入った運転手だ。
入ったばかりの小山さんとみつば姐さん、そして派遣の看護師だけでは心もとないということで、一応ベテランだったボクが一緒に仕事することとなったわけである。
1年ちょっと前には辞めようと真剣に悩んでいたボクが、人に仕事を教えるなど、まあ偉くなったものである。
『でしょ』
『どの辺のお店にいたの?』
『え――。それは秘密』
『そこまで言っといて?』
『だってミステリアスな方がいいでしょ。いい女はミステリアスなの』
『なんだろ……そういうその感じ。オレは辞めた方が良いと思うんだよね』
小山さんは静かに前を見て運転しながらみつば姐さんに言った。
確かに小山さんの言っていることは少し分かる。
というのもみつば姐さんは今は介護士なのだ。キャバ嬢ではない。底抜けに明るい彼女の性格をボクも小山さんも嫌いではなかったのだけど、ただキャバ嬢だった時の感覚というかそんな感じが会話の端々に出ておりそれが利用者さんの家でも出てしまうことがある。
『そういう感じってどういう感じよ――』
少し拗ねた感じでみつば姐さんは小山さんに言った。
いや……
だからそういう感じだって。
なんだろ。
男受けするような表情とかそういう感じ。
まあ……嫌いではないのだけど。
実際にみつば姐さんの評価というのは利用者さんによっては良い場合もあれば悪い場合もあった。
男性の利用者は大抵喜んでいたのだけど、女性の利用者や娘さん、お嫁さんからはあまり評判が良くなかった。
クレームが来ることはなかったが、所長である黒石さんに怒られていることがけっこうあった。
『空気を読んでほしいんだよ』
『一応、読んでいるつもりですけど……』
みつば姐さんは女性にしては身長が高く、160㎝近くあった。
そんな彼女がしゅんとなって背筋を丸めて下を見て落ち込んでいるのをみると少しかわいそうになる。
どうやらそれは小山さんも同じように感じていたようだった。