笑顔が素敵な小麦色の彼女
白と黒。
光と影。
こんな表現で言われるようなコンビは世の中少なくない。
浅田夕海さんは、富久田さんと同じ営業所から応援にきており、彼女の同期でもある。
浅田さんも富久田さんと同じぐらいの頻度でやってきていた。
この二人の印象がまさに真逆だった。
彼女は、背は高く160㎝前後はあり、日焼けをした小麦色の肌で、口数が多く明るかった。
浅田さんが、背が低くて色白で口数の少ない富久田さんと仲が良いという事実は、二人が実に対照的であることを際立たせていた。
『よろしくお願いします!!』
元気よくはきはきと挨拶してきた浅田さんにはボクも印象が良かった。
彼女は仕事中も常に笑顔で話し、利用者さんの話もよく聞いていた。
元気のいい彼女はどこに行っても仕事ができるだろうと思った記憶がある。
確かに、病気になって入院していて、こんな明るい看護師が『おはよう!』と元気よく言ってくれたらそれだけで病気が治るような気がする。
白衣の天使なんて言葉があるが、まさに彼女はそんな感じの性格をしていた。
浅田さんはボクの話もよく聞いてくれた。
『阪上さんは車好きなんですか?』
『ええ。今はお金ないけどそのうち走れる車に乗りたいですね』
車の話になったのはたまたま彼女も付き合い始めた彼氏の影響で車が好きになっていたからだった。
ボクがこの時に『走れる車』と言ったのは、当時、『頭文字D』を愛読していた影響である。
『ニートな日々』というエッセイでも書いたがボクは基本的に車の運転が下手だ。しょっちゅうあちらこちらをぶつけているし、油断した瞬間に時間で進入禁止になっているところに入ってしまいお巡りさんに捕まったりすることもしばしばある。
まあ……それでも若気の至りでスポーツカーが好きだった時期があったのだ。
『どんな車が好きなんですか?』
彼女は本当に聞き上手だった。
彼氏がいるのもよく分かる。
きっと付き合っている彼氏は浅田さんといると退屈することはないだろう。
『予算の関係もあるし、自分の技術との関係もあるからそんなに速い車は無理なんだろうけど、旧式のシルビアなんかいいなあって思っているんですよ』
『いいですね。シルビア。あれ旧式でもカッコいいですもんね』
『そうなんですよ。S15は嫌いじゃないけど、デザイン的に好みじゃないんですよ』
『分かる! あたしもそうだから』
『あ、分かります? かっこ悪いわけじゃないんだけど、S13に比べると……あんまりなんですよね』
『そうそう。S14も前期型はなんか顔が優しすぎるっていうか……嫌いじゃないんだけど』
『後期型はちょっといかつすぎるんですよねえ』
『どれもカッコいいから良いんですけどねえ……ところで、いつ頃買う予定なんですか?』
車を買うという行為はけっこう大変なことである。
まずは予算がないといけない。
そもそも車とは中古車であってもそこそこ高級品なのだ。
安くても何十万もするし、購入した後も税金や任意保険でお金が必要になる。
購入したいと思ってすぐに購入できるものでもないのだ。
『いや……まあ、近いうちに買いたいとは思ってるんですけど、まだ未定です』
『はは。そうなんですか? じゃあさ。買ったら教えてくださいよ』
ニコニコしながら浅田さんはボクに言った。
なんか良いなあ……と思った。
でも彼女と話したのはこの日が最後で、彼女が応援に来ることはもうなかった。
というのも他のどこの営業所でも看護師は足りていなかったから、応援に出すような余剰人員はいなかったのである。
『結局、シルビアに乗る機会もなく、気が付けばお互い家庭持ちになっちゃったね』
今のボクを見たら、彼女なら笑顔でそう話してくれるだろう。
きっと彼女はどこかで幸せに暮らしているはずだ。