カープ女子
なんとなくだけど富久田さんに惹かれている自分がいることにボクは気づいていた。
これが代々木さんに振られた後でなければ、完全に好きになっていたかもしれないから、恋愛というのはタイミングが重要ということなのかもしれない。
まあ……なんども言うが、なんだかんだボクは惚れっぽい性格なのかもしれない。
それに独りが好きではあるが比重を考えると独りでいる時間よりも誰かといる時間の方が好きなのかもしれない。今では結婚してかみさんも子供もいるので、たまに独りになりたいと感じるときがあるが、それも単にないものねだりで、ずっと独りだったら寂しくて仕方ないのだろう。
こうやって富久田さんのことを思い出すと……
女は強いなあ……
と思う時がある。
独りでも生きていける精神的な強さを持っている女性にボクが惹かれてしまうのは、彼女らが自分に持っていない輝きを放っているからだろう。
さて……
どんなやり取りの後かは忘れたのだけど、ボクは富久田さんと携帯番号とメールアドレスの交換がをした。一体どうやってそこに行きついたのかは覚えていない。
『多分、また応援に来ますのでよろしくお願いします』
『こちらこそよろしくお願いします』
『あの……なんか図々しいんですけど……』
『なんでしょう?』
『来るときに連絡したいので携帯番号を教えていただいてもいいですか?』
こんな感じだったと思う。
おそらくボクは自分から携帯番号を教えてくれとは言わなかったと思う。
当時は奥手でそんなことはできなかった。
職場の女性の連絡先も、仲良くなって一緒に飲みに行くことがあって、知り合ってから半年以上たってから初めて番号の交換をしたのだ。
いずれにせよ、彼女と番号の交換ができたのは嬉しかった記憶がある。
『お仕事、忙しいですか?』
ある日の夕方。
相変わらず忙しい毎日から抜け出せずにいたボク。
こんな生活はいつまで続くのだろうと思い始めていた時にやってきたのは、富久田さんからのメールだった。
『そうですね……今日も残業です』
どうでもいい返事をするボク。
自分事ながら、なんでそんなメールすんのかなあ……と今になって思う。
いや、恋愛感情がなかったからなのかもしれないけど、ちょっと『いいなあ』と思っていたのは確かなのだ。
なんと言っても彼女は色白で可愛かった。
もうちょっと気の利いたことメールすれば良かったなあ……。
『大丈夫ですよ。急にどうしたんですか?』とか返せばもっと話題が広がったのになあ……。
『お疲れ様です。今日はカープ、勝ってるんで気分いいです』
富久田さんから返ってきたメールはこんな内容だった。
応援に来た時に話をしていたのだけど、彼女は広島カープが好きだったのだ。
今でこそ『カープ女子』なんて言われているけど、当時は広島が好きな女子なんて珍しい存在だった。この事実だけで彼女がいかに個性的かが分かる。
いや……
そんなことはいい。
それよりもこのメールに対するボクの対応がひどいのだ。
メールを見たボクはしばらく考えた。
何か返事しようと思ったのだけど、その時は時間がなく、利用者の家に行かなければいけなかった。
だから……返事は後回しにしようと思った。
それで……
結局……
そのまま返事しないままにしてしまったのだ。
彼女とはそれっきり連絡もとっていなければ連絡が来ることもなかった。
てゆうか……富久田さんは自分からボクに連絡先を教えたわけだし、そうやってメールもくれていたのだから実は脈はあったのだ……ということにボクはこれを書きながら気づいた。
『ええ……。今更……』
あれから20年近く……
どこで何をしているか分からないが、富久田さんが苦笑している姿がなんとなく目に浮かぶ。