懐かしくも繰り返したくはない思い出
一回りも年上にもかかわらず、ボクがここで『イズミさん』ではなく『イズミちゃん』と呼ぶかというとイズミちゃんが酒にだらしがないからである。
酒に関してはボクも人のことは言えないが、ボクの場合は基本的には人には迷惑をかけない。
しかしこの日のイズミちゃんの酒乱ぶりはすさまじかった。
ボクはその送別会の間中、ずっとイズミちゃんから、恋愛とはなんぞやということを説教され、最後には『あたしが阪上くんを褒めたのは間違いだった』とまで言っていた。
彼女はそのあと、散々暴れて、しかもそれをたきつけたと思われる黒石さんを初めとした他の連中はさっさと帰ってしまった。
こういう勝手なところが腹が立つのだ。
そもそも自分たちもボクの片思いを面白く話していたではないか。
そして気に食わないところがあったからイズミちゃんが言うに任せていたのだろう。
いかにも自分たちは大人だから他人のことには首を突っ込みませんよというような顔をして、彼らはイズミちゃんにすべて言わしていたのだ。
本当にずるい。
世の中、こういうずるい人がいるのだ……ということをボクはこの時に初めて知った。
『バカヤロ――!!』
イズミちゃんは相変わらず暴れていた。
もうこうなると彼女は止まらない。
送別会は21時ぐらいに解散となった。
二次会などはなかった。
みんながそれぞれに帰っていく中、ボクは暴れながら何かを言っているイズミちゃんとなぜかその場に残ってくれた川野さんと3人で店の前に佇んでいた。
イズミちゃんをこのままにして帰るわけにもいかない……。
何せ彼女は酔って前後不覚になっており、抑えていないと車道に飛び出しそうになるからだ。
『どうしよ……』
『川野さん、大丈夫ですよ。ボク、今から事務所に北方さん連れて戻りますから』
『大丈夫??』
『ええ。大丈夫ですよ。まだこの時間なら上原さんも谷川さんも仕事してるでしょうし』
『分かった。じゃあ、お願いしちゃうね』
『はい』
『阪上くん……』
『はい……』
『今までありがとね。離れちゃうけどがんばってね』
『川野さんもありがとうございます。またどこかで会えるといいですね』
『そうね。じゃ……お疲れ様』
『お疲れ様です』
川野さんは何度も後ろを振り返ってボクらを見ていた。
名残惜しかった……というのもあったのかもしれないけど、それだけでなく、イズミちゃんが心配だったのだろう。
川野さんとはこれ以降、会っていない。
今頃、彼女は何をしているのだろうか……。
さて……
川野さんと別れた後、ボクは暴れるイズミちゃんを引っ張って事務所まで連れて行った。
と……こう書いたら簡単に見えるが、鎌倉駅の前にある居酒屋から事務所までのほんの15分ぐらいの間にどれだけ車に轢かれそうになったか……。
何故、事務所に向かったかというと、それはただ単にボクがイズミちゃんの家の電話番号を知らなかったからである。
事務所に行けばそういう情報もあるので戻ることにしたのだ。
予想通りと言うべきか……やはり事務所では所長の上原さんと谷川部長が仕事をしていた。
実は、介護保険導入の一年目でみんな忙しく働いていたのだ。
ボクは二人に事情を説明して、イズミちゃんを事務所において、すぐにパソコンのデータベースからイズミちゃんの家に電話をして、ご主人に挨拶をして、迎えに来てもらえるように話したのだった。
その間もイズミちゃんは休むことなく、ずっと何か言いながら上原さんと谷川部長に絡んでいた。
本当に大変な夜だった。
とにかくこのあと、イズミちゃんのご主人がやってきて、なんとか事は収まった。
そんなひどい思い出ではあるが、今から考えると懐かしい思い出ではある。
ただ、もう一度、こういうことをしたいかといえば……答えは否であり、なんだかどうも複雑な思い出の一つとなっている。
ちなみに少し前の話ではあるが、仕事でイズミちゃんに再会した。
やはりイズミちゃんがボクに対する接し方は、歳の離れた弟のような接し方だった。
そういう彼女の接し方に、若かったボクは気がつかなかったのだけど、30歳を過ぎ、結婚もしたボクはそのことを容易に理解できた。
ボクも知らないうちに大人になっていたのだろう。