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終わった恋なのに……

 川野さんは代々木さんと違って接しやすく、誰に対しても穏やかな人だったから、みんなに好かれていた。勤務した時間も1年以上いたので、彼女の送別会がその日の夜になされることになっていた。


 介護保険が開始されて忙しい毎日が続いていた。

 ボクはたくさんの事務仕事が残っているので事務所に残って仕事をしてから送別会には参加せずに帰る予定だった。川野さんには申し訳ないけどそんな余裕はなかったのである。


『阪上。悪いけど今日の送別会なんだけどな。これ持って参加してきてもらってもいいか?』


 夕方になって、次の日の仕事の準備を終えたぐらいのタイミングで谷川部長がボクを呼び止めて現金を渡してボクに言った。

 谷川部長は介護保険が始まって本社から鎌倉営業所にやってきた人だ。

 ボクより一回りぐらい年上で、話の分かる上司だった。

 そういう社員の飲み会には上司である自分は参加せず、現金だけ渡しておこうという気遣いで、ボクはこの送別会の最後にそのことを全員に話して会計したのを覚えている。

 まあ、この送別会。

 結論から言えば、会計の頃には大変なことが起こっていてそれどころではなかったのだけど。


『あ……はい。分かりました』


 そんな感じでボクは川野さんの送別会に行くことになった。

 誘われていないわけではなかったから『仕事の都合がついたので参加する』と言ったらみんな喜んでくれた。

 川野さんの送別会にはボクと仲の良い職員はほとんどいなかった。

 アヤコちゃんはこの頃になると本業で忙しく出勤することは少なくなっていたし、アズーは一度目の退職をしてちょうど席がない時だった。

 もしかしたらパンダさんが来るかな……と一瞬思ったが、彼女は妊娠中だったから来るわけもない。


 結局、この送別会はそんなに楽しくもなかった記憶がある。

 というのも主役の川野さん以外はそんなに仲も良くないし、まあ、酒が入ればそこそこ話はするのだけど、普段あまり話さないし、そんなに盛り上がりもしない。


『ねえ……』

 ボクはイズミちゃんの隣に座らされた。

 たまたまではなく、少し遅れてきたボクに彼女が『話がある』と言ったからだ。

 その顔はすでに酒に飲まれており……嫌な予感はしたが素直に従うことにした。

『お疲れ様です』

『はい。お疲れ様』

 イズミちゃんは呂律の回っていない調子でボクに生ビールを勧めてくれた。

『だんだん、暑くなってきましたね』

『そう。仕事も疲れる!』

『あまり無理しないようにしてくださいね』

『大丈夫!』

 いちいち声が大きい。

 人のことは言えないのだけど、酔うと声が大きくなるのはなぜなのだろうか。


『ねえ、阪上くん』

『は……はい……えっと、すみません。北方さん……近いです』

 イズミちゃんの苗字は『北方』

 それにしてもなんでこの人は話す時、顔を近づけてくるのだろうか。

 てゆうか……

 やっぱり近くで見ると可愛い顔してる。

 どうでもいいんだけど……


『あのさあ……あんた。代々木さんなんかと仲良くしちゃダメでしょうが!』

『仲良くって??』

 言っている意味はよく分かった。

 でもこちらにはこちらの都合というものもある。

 彼女にはすでに振られているし、その恋の終わり方も締まりの悪いものだったから、もう思い出したくもないのだ。

『隠したって無駄よ! あたしはちゃーーんと知ってるんだから』

『え??』

 何気なくボクが主役の川野さんの方を見ると彼女の口元は『ごめん』と言っていた。


 ああ……そういうことね。

 大丈夫。

 もう振られたし。

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