嫉妬
バラ色の日々はそんなに長くは続かなかった。
アヤコちゃんがいなくなって……
会社には新しい人間がたくさん入ってきた。
歯車がおかしくなっていったのは、ボクの後輩が入ってきてからだ。
後輩と言っても、ボクよりかなり年上の男性で、黒石さんよりも上の人だった。
井岡さんという名前だった。
彼はボクの教えたことを聞かない人だった。
考えてみればボクの教え方も悪かったのかなとも思うが、指示を指示通りやらない人であるという印象が強い。
まあ……そうは言うものの、今のボクなら多少指示通りにしなくても、致命的な失敗さえしなければ笑って済ませるところだが、その頃のボクは融通を効かせることができない、プライドだけが高い若造だった。
そして、たった1年仕事をやっただけで、一人前になったのだ、と勘違いしていた。
親子ほど年の違う井岡さんはそのことに気づいていたのかもしれない。
井岡さんはとにかくボクの指示に従わなかったし、仕事に関してもあまり積極的とは言い難かった。
ただ、人生経験の豊富な井岡さんは力の入れどころをよく知っていて、すべてを適当にやるのではなく、人間関係を良好に保つのに必要な部分に関してはしっかり仕事をしていた。
彼の口癖は『仕事はそんな力を入れてやるもんじゃない』ということだった。
まったくと言っていいぐらい今のボクに近い形なのだが、井岡さんとボクの違いは向上心があるところだ。確かに、仕事はそんなに力を入れてやるもんじゃないということには同意できるが、ボクの場合は仕事で楽するために、自分なりに勉強して積極的に備えるという部分がある。
井岡さんの場合はそうではなく、面倒な仕事をやらされるぐらいなら、辞めてもいいという考え方だ。
そこに関しては、今考えても彼とはその部分における考え方は平行線で交わることはないと思っている。
つまり『楽しいときに苦しいときの備えをしておく』ということは井岡さんには見られなかったということである。
さてどう歯車がおかしくなったのか……。
そのころ、ボクと井岡さんと代々木ヒロコさんで現場を回ることが多かった。
井岡さんは一緒に乗る人との雰囲気を壊すことはなかったから、代々木さんとも仲良くしていた。
『オレさ、彼女ほしいんだよね』
『彼女ですか? 奥様に怒られますよ』
『そういうのはいいんだよ』
『え――。どういう意味ですか?』
『プラトニックな関係の女友達がほしいんだよ』
『プラトニックな関係? やだ。大抵そういう関係を望まない人がそういうことを言うんですよ』
『いやいや。そうじゃないって』
事もあろうに……
井岡さんは代々木さんを口説いていたのだ。
いや……
口説いていなかったのかもしれないけど、当時のボクにはそう見えた。
もちろんボクはそれが気に食わなかった。
とはいえ……
そんなことで怒るわけにもいかない。
ボクは鬱々とした気分で毎日を過ごした。