愛をこめて花束を
仕事を終えて夕方。
ボクは憂鬱だった。
でも、事務所に帰ってきて代々木さんを見かけたらそんな気持ちもなくなっていた。
結婚したいならしよう。
結婚した後に子供が欲しいなら作ればいい。
彼女が望むことで、自分に叶えてあげられることがあれば、叶えてあげればいいじゃないか。
そんなに難しいことじゃないだろう。
そんなふうに思った。
若気の至りである。
実際はそんなに簡単なことではない。
この年齢になってこの頃を振り返って考えると川野さんの話がいかに正しかったかがよく分かる。
でもあの頃のボクにはそんなことは分かっていなかったから、安易にそう思ったのだ。
『お疲れ様です』
ボクは花屋の前で代々木さんと待ち合わせていた。
彼女はボクより先に待っていた。
私服の彼女は実に可愛らしかった。
『お疲れ様、行こうか』
『はい』
ボクらは駅前の花屋に入った。
当時のボクは花には興味がなかった。
でも好きな人と花屋で花を選ぶなんてこんなに素敵な時間はないと思って、まだ飲んでもいないのに、なんだかお酒に酔ったような気分だった。
『この花なんかいいんじゃないですか?』
『ダメですよ。この花には合わせられるものが難しくなるから』
『そうなんですか?』
『そうなの。花束にするからそれなりにバランス良くしないと』
ボクらが話していると花屋の店員が一緒に花束にする花を選んでくれた。
今までボクは花に興味がなかったのだけど、この時に初めて花が好きになった。
色とりどりの花が見事な花束になって行くのは見ていてとても気分が良かった。
ああ……
これをボクも誰かにプレゼントしたい。
誰か……
誰かじゃない。
代々木さんに……
ボクは代々木さんの横顔を見た。
こじんまりした顔にくっきりした目元が印象的だった。
『ご主人、これでどうですか?』
店員はボクに言った。
ご主人??
え??
どきまぎしながら言葉がでなかった。
『違いますよ――。同僚です』
代々木さんは笑いながら店員に言った。
なぜかとても嬉しそうだった。
やっぱりどきどきして言葉が出ない。
『ええ!! あ……そうなんですか。すみません。ご夫婦かと思いました』
出来上がった花束は小さいものだったけど、とても素敵なものだった。
でもボクはそれどころではなかった。
夫婦……か……
心の中では嬉しくて仕方ない。
でも嬉しい顔をしていいのかどうか分からない。
『聞きました? ご夫婦ですって』
『え……ええ……』
『どう思います?』
『どうなんでしょうね……』
『ふふ……』
代々木さんの含み笑いにはどんな意味があったのか……ボクは未だに分からない。
送別会で花束を渡したら、アヤコちゃんは大喜びしていた。
最初の1杯目のビールをグイグイ飲みすぎたボクはうすぼんやりと『女子は花束が好きなんだなあ……』と思っていた。
この時のボクは気づかなかったのだけど……
恋の終わりが近づいていた。