理想の彼女
『彼女いないの?』
そんなふうに独身の頃はよく聞かれた。
今になって考えてみると男子しかいない工業高校を卒業し、男子しかいない工業系の専門学校を卒業し……そのあとようやく社会に出たわけだけど、当然、そういう学校を出た人間がする仕事はやはり工業系の仕事なわけで……そうなるとやっぱり職場には男子しかおらず……女子と出会う機会などあるわけもない。
ボクの場合は、仕事が嫌で転々としてきたのだけど……
それでもボクの履歴書には工業系の資格しかないわけだから必然的に何度転職しようが、仕事もそういう仕事を選ぶことになる。
訪問入浴の仕事に就いたのはあくまで偶然なのだけど、介護系の仕事に就くまで、ボクの周りにいる女性は妹か母親しかいなかった。
だから彼女なんてできるわけもない。
ちなみにだが……
世間には妹がいることに対して幻想を抱くものがいるが……
例えば妹がいかに美人であったとしても所詮は妹なのである。
特に嬉しくもなければ、何か得することもない。
まあ……恋愛と言う分野に限って言うなら……得することがあるとすれば友人を紹介してもらえるぐらいである。
『あ――あ……。どこかにいい男いないかな……』
テレビの向こうで女優さんがそんな演技をしている。
何も感じずにテレビを見ているふりをしているが、心の中では……案外本気で『ここにいるんだけどなあ』と言っていたものである。
ああ……
本当にバカだなあ……
と今になってそんなことを思ってしまう。
若気の至り……
仕方ないことなのかもしれない。
彼女がいないボク。
でも歳の頃は20代前半……。
彼女がほしい年頃である。
恋愛を楽しみたい年頃なのだ。
ただ……
いくら彼女がほしくてもこればかりは相手がある問題で、女性との接点がまったくと言っていいほどないボクに彼女などできるわけもない。
訪問入浴を始めるまではそこまで異性を意識することはなかった。
というのも……
いないものをどうこう言っても仕方ないからだ。
そしてボクには理想の彼女がいた。
それはボクの書く小説の中にいたのである。
細かいことは気にしない。
そこら辺の男より強い。
頭がいい。
優しい。
背が低くて小さい。
今思えば……
ボクの書く小説の主人公たちはそんなキャラクターが多いような気がする。
小説の中で理想の彼女が悩みながらも成長していく様を創っていくと、なんだか彼女と会話しているような気がする。
『あたし、こんなことしないよ』
『あ、そうなんだ。じゃあ……こんな感じ??』
『う――ん。もうちょっと女らしくしてほしいなあ』
『え――。そんな女らしかったっけ?』
『あ、そういうこと言う?』
断っておくがすべてボクの妄想の中での話である。
実際の彼女とこんな話をしたいといつも思っていたけど、そんなことは無理だから、小説を書きながら理想の彼女と話をしていたのである。
訪問入浴を始めてから……
そんな日常もいつしか少なくなってきた。
何かの歯車が狂った……
わけではない。
本物の恋愛ではないから
そして、実際にはいない彼女なのだから。
仕事で女性と話すことが多くなったボクには心境の変化が生じてきた。
実際にいない女性ではなく、実在する彼女がほしくなったのである。
理想の彼女との関係も、終わりに近づいていた。