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いろいろあるの

『彼女にお花でも買っていってあげませんか?』

 代々木さんはボクに声をかけてきた。


 アヤコちゃんの送別会の日のことである。


『いいですね。お金出しますよ』

『仕事終わったら一緒に行きましょう』

『はい』


 朝、少し代々木さんとそんな話をした。

 この日は代々木さんとは別の車に乗って仕事だった。

 でもボクの頭の中はバラ色だった。

『ねえ……』

『はい』

『楽しそうじゃない』

『え? そうですか??』

『何かいいことでもあったの?』

 仕事での移動中、川野ヒロコさんがボクに言ってきた。

 一緒に回っているヘルパーさんは疲れて車の中で眠っていた。

 この頃には川野さんも退職が決まっていたのだけど、まだ辞めるのはまだもう少し先の話だった。

『いや、特にそういうことはないですよ。いつも通りですけど』

『そう?』

『強いて言えば今日は仕事終わりに飲めるからそれが楽しみですね』

『そうなんだ。てゆうか阪上くんってそんなにお酒好きだっけ?』


 川野さんの言う通り。

 当時のボクはそんなにお酒は飲まなかった。

 今でこそほとんど毎日晩酌を楽しんでいるボクだが、若い頃からそんなに酒の味が分かっていたわけではないのだ。

 そんなことは周りからもよく分かっていただろう。


『ねえねえ……黙っといてあげるから本当のこといいなよ』

『え?』

『代々木さんでしょ』

『は……』

『図星だ』

 川野さんはにやりとしながら言った。


 女って怖い……

 いや、ボクが分かりやすいだけなのかもしれないけど。


『代々木さん?』

 なるべく平静を装ってボクは川野さんに言った。

 しかし彼女はそんなボクの表情が面白いらしい。

『さっきメールしてたじゃん』

『え? さっきのメール? いやあれは……』


 そのメールは残念ながら代々木さんだ。


『あーあ。いいなあ』

『何がです?』

『あたしも恋したい』

『してくださいよ』

『相手いないし』

『誰かに紹介してもらえばいいじゃないですか』

『いやね。阪上くん。代々木さんもそうかもしれないけど、あたしもね……もう30半ばになっちゃうと恋しようにも結婚まで考えちゃうのよ』

『そうなんですか?』

『そうなの。これでダメだったらと思うと怖いのよねえ』


 確かに川野さんと代々木さんは同じぐらいの年齢だった。

 同じ名前で同じ年代の二人の女性から、同じ角度で恋愛観を語られるとは思ってもいなかった。


『ねえ』

 お昼休みに食事をしている時……。

 一緒に仕事しているヘルパーがトイレに行っている間に川野さんはまたしてもボクに言った。

『はい……』

『あのさ、本当に余計なこと言ってるってあたし思うんだけどね』

『……』

『代々木さんはよした方がいいよ』

『いや……え――と……』

『悪いこと言わないから』

『ああ……はい……』

『あたしらぐらいの女子はさ。もういろいろとあるわけよ』

『いろいろ……ですか……』

『そう。子供のこととかね』

『子供……ですか』

『パンダさんのこと覚えてるでしょ』

 川野さんが言いたいことはよく分かった。

 パンダさんは子供が欲しかったのだけど、なかなかできなかった。

 結婚してからかなりの間、子供がいなかったので本気で悩んだらしい。そんな話は男にはできないからボクは聞いていないのだけど、川野さんはかみ砕いてその話を教えてくれた。

 パンダさんと川野さん、そして代々木さんは同年代。

 つまり三者三様ではあっても、もし、今から恋愛をするなら子供を産むことまで逆算して考えて行く必要があると言うのだ。

 もちろん、若い男が恋愛をして……

 結婚までは考えるかもしれない。

 しかし、子供のことまで考えるだろうか。

 もし考えたとしても結婚しても数年は子供はちょっと……と思うかもしれない。

 男はそれでいい。

 でも女はそういうわけにはいかないのだ。


『そうですか……』

 川野さんに諭されたぐらいで好きだという気持ちはなくならない。

 でも、彼女の意見はもっともで……そう考えるとボクはこの恋をあきらめるべきなのかもしれないとも思った。


 その日は少し憂鬱な夕方だった。

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