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本気の恋

 本気で好きになった……。


 本気の恋。

 じゃあ、本気じゃない恋ってあるの?

 そう問われると、淡い気持ちで、ダメでも気持ちに蓋をしてあきらめることができる恋は『淡い恋心』で『本気じゃない恋』と言えるのではないだろうか。

 そういう淡い恋心を抱くにはいろんな理由がある。


 ボクで言えば……

 パンダさんのように既婚者であったりとか……

 アヤコちゃんのように少しだけ異性を意識した程度だっただけとか……

 そんな淡い気持ちは『本気ではない恋』だなあと思う。


『そういうのは本当に好きではないんだよ』

 アヤコちゃんはボクに言った。

 いつの話だっただろうか。

 確か……上原さんの家にお弁当を届けに行った帰りの話。

 そんな『淡い恋』の話をした記憶がある。

 アヤコちゃんの言う通りなのかもしれない。


 まあ……でも……

 既婚者を本気で好きになってもよっぽど特殊なケースでない限りは通常、ろくなことにはならないし、ちょっと異性を意識したからと言って、すぐに告白されても告白された方は困ってしまうだろう。


 そう考えると『淡い恋』をちゃんと理解するというのは大事なことなのかもしれない。


 代々木さんは女性にしても小柄で、言葉遣いが丁寧などこかのお嬢様のような人だった。

 介護保険導入の少し前に入社してきた彼女とボクは一緒に仕事をすることが多かった。

 彼女が入社してきたのはちょうどパンダさんが妊娠して辞めていった後だった。


 彼女との会話は実に品性のあるものが多かった記憶がある。


 え?

 品性??

 ボクはそんなもの持ち合わせてるの??


 これを書きながらボクは自分に問うてみたが……『品性のあるものだった』と書いておいて恐縮なのだが、じゃあどんなものが品性のある会話なのかは皆目見当もつかない。

 やはりボクにはそこまでの品性というものはないのだろう。

 まあ、思い出されるのは、代々木さん以外の看護師は案外下ネタが好きで、少し品のない会話でも平気で話していた。


 ああ……

 よく考えてみたら、パンダさんも代々木さんと同じく品のない下ネタなどは絶対に言わない人だったので、品性とはそういうことを言うのかもしれない。


 代々木さんは謎の多い人だった。

 他のみんなとはなんとなく壁を作っている。

 誰とでも仲良くできている川野さんとは同じ『ヒロコ』なのに対照的で、白と黒のようだった。

『今日はテレビ局に行くんですよ』

『えええ! 誰か出るんですか?』

『それは……秘密です』

『そ……そうなんですか』

『みんなには黙っといてくださいね』

『ああ……はい』

 代々木さんはたまに不思議なことを言う人だった。

 このテレビ局の件も、ボクにだけこっそり教えてくれたのだけど、結局彼女が何をしに行ったのかは未だに分からない。


『アヤコちゃんとはどうなんですか?』

 代々木さんはボクによくそんなことを言った。

『どうなんですか?』と言われても、何もないし何か起こそうとも思っていないから何も言いようがない。

『特に何もないですよ。彼女はそろそろ卒業ですね。がんばってほしいですね』

『そうですね』

『てゆうか……下世話な話で恐縮ですけど……代々木さんはなんかないんですか?』

『下世話な話? 恋愛のこと??』

『はい……なんかボクばかりいろんな人から聞かれるんでたまには聞いてみようかなと』

『恋愛か――。ここのところそんな話はないですね……興味あるの?』

『まあ……一応……』

『昔はそれなりにいろいろありましたよ。もうあたしも若くないですから。次に出会って恋愛するなら結婚まで考えちゃうから、なかなか臆病になっちゃいますね』


 代々木さんとの会話は最初は仕事の話ばかりだったのだが、気が付けばこんな恋愛の話までするようになっていた。読んでいる小説や、最近見た映画の話……食べてみたい料理の話やスポーツの話など、彼女との会話は盛り上がった。

 小鳥のようなしゃべり方をする彼女の声はボクの耳をくすぐり……

 話せば話すほどボクは彼女に惹かれていくことが分かった。


『誰かいいなあって思う人いないんですか?』


 何かの拍子にボクは代々木さんにそう聞かれた。

『いいなあって思う人ですか……そうですね……』

『アヤコちゃんでしょ』

『いや、マジで違います』

『ええ――。いいと思うんだけどなあ』

『代々木さんです……』

『え!?』

『って言ったらどうします?』

『悪い冗談ですよ』

『はは……すみません』


 悪い冗談……

 もちろん冗談ではない。

 本気だ。

 ただ場が凍り付いたような感じがしたので冗談のようにしたのだ。


 ふられるのが怖かった。

 変な感じになってしまうなら、このままの関係を続けたかったのだ。


 そんな折に……アヤコちゃんが学校を卒業して……一応、名目上は会社を退職することになった。

 と言っても看護師不足で看護師がいないとお話にならない訪問入浴の仕事なので、席は在籍させつつ本業が暇な時には手伝ってほしいという話をしつつの退職だったので、結論から言えば彼女は退職後も数回は仕事を手伝いにきていた。

 今から思えば彼女はこの頃から営業所長になった上原さんのことが好きだったのかもしれない。


 とにかくアヤコちゃんは一度、節目として退職することになり……


 送別会が開かれたのだった。

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