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二人のヒロコ

 ヒロコという名前はよくある名前だなあ……と、ふと思うことがある。


 まあ……

 そんなことを言ってしまえば『アヤコ』だってけっこうある名前なのだけど……。


 ボクが訪問入浴の仕事をしていた時には、同じ名前の『ヒロコ』さんが二人いた。

 だからよくある名前なのかな、と思ってしまうのだ。


 ボクが訪問入浴の仕事を始めて、しばらくしてから入ってきた看護師さんの名前が川野ヒロコさん。

 川野さんはボクより一回り上で、パンダさんと同世代の人だった。

 時系列で言えば彼女はボクが入ってきてすぐに入社してきた。

 週3日か4日で働いていたような記憶がある。


 川野さんは背が低く、体型はパンダさんのような感じで、あとはそんなに覚えていない。

 外見に関しては可もなく不可もなくというところだろうか。

 印象に残っていないというのはそういうことなんだろうと思う。

 ただ彼女は実に面白い人だった。


『あの、レースみたいな漫画、見たけど面白いねえ』

『レースみたいな? ああ、頭文字(イニシャル)Dのことですね』

『そうそう。うちの弟も同じ車乗ってるよ』

『え? ハチロクですか!?』

 川野さんはほんわかしていて誰とでも話せる人だった。

 だからみんなに好かれていた。


 ちなみにボクはと言えば……

 川野さんが入ってきた頃には人見知りも大分解消されており、仕事にも慣れ始めた頃だった。


 ちょうど……

 リネン室での出来事があって、仙波さんに退職を止められて……その後ぐらいのこと。

 平成11年の初夏の頃の話である。


 訪問入浴の仕事はかなりきつい仕事である。


『こんにちわ――――!』

 と元気よく挨拶しながら、利用者のお宅に重い入浴の機材を運び込む……。

『大分、暑くなりましたね』

『そうねえ。今年もあっという間に6月ね』

『上半期はどうでしたか?』

『たぶんいろいろあったんだろうけど……振り返ってみると案外思い出せないものね』

 こんな感じで利用者やそのご家族と話をする。

 大抵は利用者さんが男性なら奥さんだし、女性なら娘さんということが多い。

 一緒にいる家族が男性というのは少ない感じがする。

 そしてこういう会話は女性の家族の方が盛り上がる。

 やはり女性はおしゃべりなのだろう。

 まあ、例外もあるだろうけど。


 浴槽をセッティングしながら世間話をする。

 この会話が実は難しい。

 ボクの場合は話すこと自体が難しかったのだけど、話せる人でも何を話題にしていいのかが分からないらしいのだけど……ボクは話題に関してはそんなに苦労したことがない。


 話したい内容はたくさんある。

 というのも話題と言うものはそこらに転がっているものだからだ。

 そういったものを見逃さずに拾って話題にすればいい。

 難しく考える必要はないのだ。

 ここを難しく考えると何も話せなくなる。


 浴槽にお湯を入れている間に、看護師が利用者の体温や血圧などの生命兆候(バイタルサイン)を測る。

 お湯がたまるまで少し時間があるので会話をする。

 大抵、訪問入浴をしている利用者のお宅はテレビがついている。

 テレビがついていなくてもラジオがついている。

 だからテレビ、ラジオで語られている話題を使えばいいのだ。

 そしてテレビやラジオがついていない家なら……

 自分が話したい話に興味があるかどうか聞けばいい。

 こちらから何かを聞けば、向こうも何かを話してくれる。

 あとはその内容を一切否定することなく膨らませればいい。


 こうして会話している間にお湯がたまりいよいよ利用者が入浴することになる。

 このお湯がたまるまでの時間がものすごく長い家もある。


 お湯が溜まるまでの時間……

 この仕事の動きが一瞬止まる時間……

 その時間での会話で……川野さんはやらかしたのである。

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