撤退と終焉
夜は眠れず……
朝は起きれない……
たまるストレスを味のしない食事でごまかして、眠れない夜を楽しくもない恋愛ドラマでごまかす。
そんな毎日が続いていた。
お腹が差し込むように痛くなったのはクリスマスのことだった。
世の中では恋人たちが幸せな時間を過ごしているはずなのに、このボクは痛いお腹をさすりながら病院に行った。
当然、仕事に行くことなどできやしない。
やりがいのある仕事をやっと見つけた。
したい仕事がようやく見つかった。
なのに……こんなことになるなんて……。
診断名は『急性腸炎』
ボクは年内はお休みをとることにした。
働けないことにがっかりした。
だけどその反面……
働かなくて良くなってホッとしていたのも事実。
仕事は辞めず……
ただ所長は解任してもらい、元のパートに戻してもらうことにした。
この決断をしたとき、ボクは肩の力がす――っと抜けていくのを感じたのを鮮明に覚えている。
美味しいおせちを食べて……
年も明けて平成13年。
介護保険も落ち着いてきて、制度の理解も現場に浸透しつつあった。
1月から3月までは実に楽に仕事ができた。
所属は横浜で実質はボクが横浜営業所の管理を行うことには変わりはなかったのだけど、パートが辞めることなど大事な決断は前と同じく横浜営業所を兼任することになった上原さんが行うことになっていたので、同じ仕事をしているのにもかかわらず気持ちは実に楽だったのだ。
責任を負うという重さとはどういうことなのか……
この時、ボクは身をもって体験したのである。
気持ちが楽になるとまた恋愛したくなる。
でもまあ……
周りに自分と話が合いそうな女の子はいなかったわけだから深く考える必要もないか……とも思っていた。
話が合うといえばアズーは何をしているのだろう……
ふとした瞬間に思い出すこともあったが、この時ボクは彼女とはもう会うこともないだろうと思っていた。逆にまた彼女がここに戻ってくることがあれば、それには反対だった。
というのも彼女はもうここで学ぶことはないはずなのだ。
過去に二度、この会社で働いた。
そして彼女は辞めていった。
理由は彼女しか分からないが、これ以上学ぶことのないここに戻る理由はない。
戻ってくるとしたら楽しかった過去にしがみつきたいという気持ちだけであり、あの強くて向上心の塊のようなアズーのそんな姿をボクは見たくなかった。
ところが……
『井坂さんの復帰の話があるんだけど、阪上さん、どう思う??』
鎌倉営業所で訪問介護のサービス提供責任者をやっていた木崎さんはボクにそんなことを相談してきた。
この頃……横浜と鎌倉の営業所長を兼務していた上原さんの退職に伴い、会社は横浜営業所を撤退させた。
横浜に所属していたボクは鎌倉に戻ることになった。
鎌倉の営業所長はボクより1年後に入社してきた黒石さんだった。
介護保険導入時の地獄のように忙しい毎日に彼は何もしなかったことをボクは覚えているから、正直、こんな落ち着いた時期に成り行きで管理職になった黒石さんをボクは良く思っていなかった。
あの忙しい時期に何もしない……ということは彼の管理者としての能力も推してはかることができる。
彼が管理者になってから鎌倉営業所はおかしな方向に進み始めた。
その一つがアズーの復帰だった。
会社は介護保険導入と同時に訪問入浴だけでなく訪問介護の事業もスタートさせており、人員の管理に関しては訪問介護の方が難しかった。
ヘルパー不足……
それはこのころも今もまったくもって同じである。
だからこそ木崎さんはボクにそんな相談をしてきたのだ。
この話がどこから降ってわいてきたかは分からない。
またまたアズーは戻ってきたのだ。
何で戻ってきたんだ……
という気持ちでボクはいっぱいだった。
こんなことを言いたくないのだが、黒石さんには所長としての器ではないことは当時のボクにでも分かったから、恐らく本社は神奈川での営業展開をあきらめたんだと思った。
それでボクは、早々にそのころから辞める準備をしていた。
ここに戻ってきてアズーが学べることなどもうないのだ。
ちなみにアヤコちゃんが歯切れの悪い電話をしてきたのはこの頃の話。
同じ会社に入ったり辞めたりすることはあまり好ましくないとボクは思う。
結局、ボクはこの年の年末、会社を辞めた。
風のうわさによれば、あのあと鎌倉営業所はなくなり、会社は神奈川からはすべて撤退したとのことだった。皮肉にもボクの予想が当たってしまったのだ。
ボクが辞めた時、アズーは会社に残っていた。
彼女とはもう会うこともないと思った。
その後、アズーがどうなったのかは分からない。