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思ったより早い再会と別れ

 平成12年4月。

 介護保険がスタートした。

 介護の現場はかなり混乱しており訪問入浴も例外ではなかった。

 今まで……このような介護の仕事は行政からの委託事業で、今までは難しいレセプトなどはなかったのだけど、この制度が始まってからは複雑な請求業務が発生するようになってしまった。


 今までは存在しなかったケアマネジャーという業務を行う者が現れたのも平成12年の介護保険がスタートしたときからだった。


 介護保険が導入されて何が変わったか……


 基本的には現場の仕事は変わらない。

 ただ……

 ケアマネジャーのケアプランのもとに訪問入浴を行うことになるから、彼らとの書類のやり取りが発生し、サービス提供票という予定の書いた細かい書類の通りにこちらは仕事をしなければならない。

 また、契約に関しては利用者との直接契約になる。


 数々の取り決めが以前と変わるので、現場が終わった後の仕事が忙しい。

 書類仕事がたくさんあってそれがなかなか終わらない。

 ボクもそんな仕事を手伝ったのだけど……分からないまま手探りでやっているからいつまでも終わらないのだ。

 介護保険が始まったばかりの数か月間は、毎日深夜まで仕事をしていた。


 そんな毎日なのでボクは気づかないうちに心も身体も疲弊していた。

 ただ疲弊している自分には気が付かなかった。


 そんな折だった。


 案外早くアズーと再会したのは……。

 他の会社に就職して辞めていった彼女は、辞めてから半年後にまた戻ってきたのだ。


『お早いお帰りで』

『うるさい……』

 入社した時には彼女には遠慮して何も言えなかったボクだが、今ではなんでも言い合える中だった。

 毎日が忙しく余裕もなかったボクは仕事のできる彼女が戻ってくるのが本当に嬉しかった。


 その頃には仙波さんはすでに退職してしまっていたし、ボクが入社した頃のメンバーはほとんどいなかったので、なんでも言い合えるアズーの存在は大きかった。


 新しい所長には上原さんという人がやってきた。

 彼は仙波さんが退職する数ヶ月前に、本社からやってきたのである。上原さんは実に物柔らかな人で誰にも怒ったりしない穏やかな性格なので、営業所の全員から好かれていた。

 ただちょっと……事務的な作業は苦手な人だった。

 彼の事務能力の低さが、この時期の忙しさに拍車をかけていたことは否定できない事実であろう。


 介護保険が始まり、新しい人もたくさん入ってきた。


 以前の会社とは違う雰囲気になっていったのは否めない。

 上原さんがてんやわんやしている姿を見てボクはなんとかしてあげたい一心で、仕事を手伝い深夜まで残って事務的な手伝いをしていた。


 忙しい毎日は一向に終わる気配がなかった。


 元々……

 上原さんは鎌倉営業所の所長として本社からやってきたわけではない。

 本社は神奈川にもう一つ……

 横浜営業所を設立するつもりだった。

 それで彼は横浜営業所の所長としてやってきた。

 ただ……

 誤算は……


 仙波さんが辞めたことだった。


 まさかこんな時期にこんなことになるなんて誰も思わなかっただろう。

 本来なら横浜営業所は介護保険導入前に開設すべきだったのではないかと今になってボクは思う。

 本社の思惑もそんなところだったのではないかと思う。

 しかしそれはかなわず介護保険導入後までバタバタしてしまった。


 それでしばらくは上原さんが鎌倉と横浜の営業所長を兼務していたのだが……それも大変だろうということになり新しい管理者が選ばれることになった。


 新しい横浜営業所の所長は……

 なんと……

 ボクだった。


 この頃にはボクも限界に近かった。

 連日、忙しく仕事をしており、もう何をやっていいかが分からなくなっていたのだ。

 そもそも管理職とは何かということすら分からない若造が、まったく余裕のない状態で仕事をし、管理者を行っているのだ。

 うまく行くわけがない。


『会社、辞めるわ……』

 ボクが横浜営業所の所長をやっている時にいろんな人から何度も聞いた言葉だ。


『そうか……仕方ないね』

 ボクは辞めていく人を止めることはできなかった。

 そもそもこの時期に一番辞めたかったのはボク自身だったのだ。

 もう忙しすぎて自分のプライベートは何一つなかった。

 人生で一番恋愛に憧れていた時期だったが現実には辛いことばかりで、いいことは何一つなかった。


『上原さんに聞いたら、あたしの所属は横浜らしいから阪ちゃんに言うけど……』

 アズーの言葉にボクは次の言葉が何かすぐに分かった。


『会社を辞めたいと思う』

『そっか……』

『力になれなくてごめん』

『いや、こちらこそせっかく戻ってきてくれたのに何もできなくて申し訳ない』


 たくさんの人が退職していった……。

 人はどんどんいなくなって行った。

 アズーもその一人だった。

 彼女は去って行った。


 次に会社を去るのはボクの番かもしれない……。

 そんなふうに思ったのを覚えている。

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