二人の美人
『訪問入浴以外の介護を肌で感じてみたい』
アズーはそう言って辞めていった。
向上心のある彼女らしい言葉だった。
実は彼女が辞めていくにはそれなりの理由があった。
ボクのことを励ましてくれて辞めさせないようにしてくれた仙波所長が営業所内でつるしあげられたのもその要因の一つだったのではないかと思っている。
ボクの時もそうだったのだけど……
悪口というのは人の心を疲弊させるし、あまり良い物ではない。
本人に聞こえないように言っているつもりでも伝わってしまうものなのだ。
と……同時に……。
なぜ悪口を言われてしまうのか、と言う点は考えた方が良いとボクは自らの経験でそう思っている。
というのも考えた結果、ただの悪口ならこちらは悪くないのだから堂々としていればいいし、言われるのがしんどいなら辞めるなりなんなりしてそこから逃げればいい。
逆に……
悪口を言われても仕方ないと思うような心当たりがあるなら……
それはやはり治すべきなのである。
事態は、奈雲さんという看護師が入社してから変わった。
この人はものすごく綺麗な人だった。
背が高くでモデルのようなアズーと比べても見劣りしない美人で、洗練されていた。
アズーと並ぶと、彼女は若くてまだ野暮ったい感じがするのだけど、奈雲さんは大人の魅力がある……そんな感じの美人だった。
なんかうまく説明できないけど……
というのも、ボクはあまりこの人のようなタイプの美人は好みではないのだ。
派手な感じで、どこかのステージに立っているような感じの女性は、異性としてはあまり魅力を感じない。ボク自身がそんなに派手でもないし、少し目立たない感じの男なので、こういう人と話すと劣等感を感じてしまうからかもしれない。
余談になるが……
アヤコちゃんやパンダさんが入社してきたのもこのころの話である。
さて……
訪問入浴は3人一組で仕事をする。
看護師、ヘルパー、そしてオペレーターと言われる車の運転手である。
この3人の組み合わせは所長が行う。
まあ、それは当たり前の話だ。
ただ……
仙波所長の人員配置は明らかに偏ったものだった。
訪問入浴の人員配置に関しては、あまりメンバーは変えない方がいい。
同時にまったく変えないと言うのも問題がある。
前者は、訪問する高齢者の顔なじみになると信頼関係が築けるからだ。
後者は、いつものメンバーのうち誰かが体調不良等の理由で休んでしまうと、まったく事情の分からないスタッフが行かなければならなくなるからだ。
これに関してはうまく管理していく必要がある。
一番いいのは2週間程度でメンバーを変えることである。
仙波さんはそれをしなかった。
いや……
別にしないことがいけなかったわけではない。
彼は常に奈雲さんと仕事をしていた。
これが問題なのだ。
『利用者さんの家でいちゃいちゃしてもらっては困るのよね!!』
女の職場というのはこういうことに厳しい。
確かに同じ男であるボクでも利用者の家でいちゃいちゃされるのは嫌だし、一緒に仕事している時に、二人でいちゃいちゃされるのも非常に困る。
でもまあ……ほっとけばいいではないか。
別にこちらに何か嫌なのことを言ってくる感じでもなかったし。
正直……
ボクは自分が攻撃されなければどうでもいいのだ。
『はあああ……あたしも嫌なんだよねえ』
『そ……そうなの?』
『え? なんで意外そうな顔してるのよ』
ある日、仕事が終わった時にアズーと話した時に、仙波さんと奈雲さんの話になったときのアズーの言葉である。
彼女は仙波さんと奈雲さんの車にヘルパーとして乗っており、それなりに楽しそうにやっていた。
鈍いボクは彼女が楽しんでいるものだと思っていた。
だから意外な顔をしたのだ。
ところがアズーにとってはこの仕事の時間は苦痛なものだったらしい。