契約しちゃいますっ!!
例えば、無敵の力を手に入れたらどうだろう? 全てを玉砕し、全てを焼き切り全てを――無に還す力が手に入ったら……。
犯罪? いや、そんな生ぬるいものでは収まらない。文字通り『敵がいない』のだから。
☆
人々が寝静り、雑音一つの無い夜の世界。
俺は、その中をただ一人で歩いていた。
朝、俺が転入して初日目のこと。かえでは、楽しそうに授業を受けていた。
「『お兄ちゃんのために』か……」
俺はそんな無の世界で噛みしめるかのように呟いた。
全くもって、俺の目的と反対だ。
かえでに魔術という危険なものに関わらず、生きていてもらいたかった。
それに、タイミングが悪い。
「……早々に、この都市を潰すべきか」
魔術発展途上都市『グランダ』。戦争になれば、まず此処の兵士と魔術教師、生徒は必ず徴兵令を出される。そうなれば、かえでは戦争に出向くことになるだろう。
俺は、発展し都会となったグランダの中央に位置する『グランセントラル』へと目を向ける。
「眩しいな、ほんと」
静寂な夜を唯一壊す光。
そして、あそこには俺の目的の一つを達成する『市長』が在籍している。
「裏切り者にでもなって、かえでを助けるか?」
その選択もある、それを再確認するため声に出す。
……、ったく此処に来ていきなり迷いだすなんて考えもしなかった。
かえでを守りたい、ただそれだけの一心で此処に来たはずの俺が。
「手段なんて選ばないつもり、だったんだけどな」
俺は一度、空を見上げる。
都市の光にも負けず、皇后と輝く星々。
その時――。
「誰だ……」
背後に誰かがいる気配がした。と同時に、後ろを振り向く――ことが出来なかった。
「……!?」
「やほ、主様?」
耳元で聞こえる声、息使いで吐く息が俺の耳へとかかる。
俺は、いつの間にか両脇に手を入れられ、後頭部へと手を組まれていた。俗に言う『羽交い締め』をされている状態。
「……昼間の、独裁者か」
俺は、そんな拘束されている中で一言一言、言葉を選ぶ。
「……そんなに警戒しなくても良いよ? 殺す気なんてマッサラだから」
「信用なんねぇーんだよ、独裁者は」
「ふふっ……、まぁそれほど残虐かつ非道なことをやらかして来たからね」
「……昼間に比べちゃ、かなり言葉が柔らかくなったな。それは、俺を認めてくれでもしたのか? お前の主様として」
「そんな所。それよりも、良いの? この都市潰さなくて」
「なっ!?」
俺の目的がばれてる……?
いや、そんなことはあり得ないはずだ。これは誰の命令でも無い、俺の意思なんだから。
一筋の汗が、俺の頬を伝う。
「俺の目的を知った今、独裁者はどうするんだ? 俺を殺すのか?」
返答によっては、俺がコイツを殺さなければいけない。
元々、弱みに付け込み独裁をするコイツらは、自らの不利になるようなことを見つけると、全力でそれを阻止するのだ。
例え当人を殺しても。
「私たちは、確かに此処『グランダ』を乗っ取ろうとしているわ。そのためには、主様も殺さないといけない」
俺は次の言葉を黙って待つ。
手にはすでに冷や汗で湿っている。羽交い締めをされている今、どう考えても俺の不利。
それに、俺に気付かれづにそこまでする程の人間だ。
勝ったにせよ、俺が五体満足でいられる保証は何処にも無い……。
「そう緊張しない。大丈夫、私は主様を殺しはしない」
「……。どういう風の吹きまわしだ」
「やっていることは、主様と同じ。簡単に言えば『裏切り』」
「そんなことをしても、お前の得にはならない。いや、それ以上にお前の不利になるだけだ」
「だから主様がいる。……私が貴方を主様と呼ぶにはしっかりと訳がある」
裏切り者同士、調停を組もうってことか……。
確かに、俺としては楽になるが――
「それでも、お前には何の利益もない」
「疑り深いね、そんなんじゃモテないよ? 主様。私は、ただこの都市がほしいだけ。ね? 簡単でしょ。主様がこのグランダを潰す、そこに付け込んで私が『市長』となる。ほら簡単」
「『契約』って訳か」
返事の代わりに、小さく頷いたことが分かる。
この提案に乗れば、確かに俺の目的もコイツの目的も達成する。
良い案だ。それに何より、コイツは『出来る』。
「……ふふっ、良い顔になって来たね主様」
だが――
「失敗すれば俺達、それに此処に居る奴等が危険にさらされる」
俺たちが裏切り市長を殺しにかかる。もしそれが阻まれたら? そして、それが干渉している三つの都市国家に知り渡れば?
簡単だ、すぐにこの都市を乗っ取りに来る。
「大丈夫。万が一失敗したら、妹と逃げればいいでしょ?」
「……さすがは独裁者だな。お前は口がうまい」
「褒め言葉として受け取っておくわ。それで……、どうする?」
「……分かった。その提案、乗ってやる」
「ふふっ、契約成立ね」
羽交い締めがゆっくりと解かれ、俺は深いため息をつく。
張り詰めた糸とはこのことだった、と初めて実感した。
「それで、私の名前は『ミリア』。ミリア=フェイト」
「ああ、俺は――」
「知っているわ。『櫻庭 零』……『蒼穹』」
「……お前らは何処まで知ってるんだ? プライベート空間なんて無いように思えてきた」
俺たちは言われずして手を差し出す。
それをがっちりとつかみ、契約の印でもある握手をした。
「……よろしく、主様」