喧嘩しちゃいますっ!! (3)
零が出現させた魔術『魔術解放』
それは、果てしない水の都、海を連想させる色だった。術式、形式から見ても取れる形は、防御系魔法陣に過ぎず、ただ、地上とは異なった異質の空間を、描いていた。
身体のどこか一部の働きを、魔術により格段、上昇させる直接魔法。大機は、それを脚と、両手に使っている。そんな大機の目の前に、防御系魔法陣は、挑発と同レベルだ。
大機は、右手にありったけの魔術を乗せ、その拳で、魔法陣目掛けて振るう。
突進していた速さも、拳の力に加担され、大機の立っている足元が、浅く沈下していることからその威力が測り知れた。
2倍、いや4倍とでも言っても過言ではない。
だが――
「・・・なっ!?」
血の用に赤い魔力を纏っている拳。だが、その先には、それとは真逆の深海が広がっていた。
確かにあった手ごたえを、噛みしめるように思い出す。それは紛れもなく現実で、だが、零の魔法陣を突破することは出来なかった。
「バカなっ!?・・・俺の魔力を格段に上げた一撃だぞっ!!」
大機は、いとも簡単に止められた悔しさ、喪失感の入り混じった悲痛な声で叫ぶ。
「悪いな、小僧・・・。そう簡単には、この魔術は壊せんのよ」
すー、と鋭い刃のような瞳は、凍てつくような声と共に大機の意思を凍らせる。
「この魔術はちょっと特別でな・・・。確かに、中身はただの防御系魔法陣に過ぎない。でも、それだけじゃあ今の攻撃は止められない、そうだろ?」
零の目は、深海で餌を見つめる海のヌシそのものだった。
「これには、魔術解除という名前が付いている。魔術用語で分かりにくかったかもしれないが、これはそのまんまの意味をあらわす」
「・・・魔術・・・解除」
声を出すのがやっと、とでも言うかのように、か細い声が零の言葉をリピートする。
「これに触れたものは、有無関係なく、魔術が解除される。それが、この魔法陣の正体って訳だ・・・。だが、小僧、貴様も知っているように、魔術は魔術でしか破壊、相殺することは出来ない。つまり、元は防御系であるため、ある一部の特殊な魔術以外は、これを突破することは出来ない」
「無茶苦茶・・・じゃねぇかよ・・・」
魔術を使えば、解除され、だからと言って、ただの実物をぶつけても、あの魔術は破壊すらしない。言いかえれば、絶対防御に等しかった。
「もう一度言う、勝てない相手には、戦うな。これは、警告じゃない、現時点での命令だ」
大機は、悔しさでギリギリと歯を噛み合わせる。
誰よりも強くあり続けたい、好きな女の子の前では、恰好をつけたいがために、練習をした毎日が、大機の中で、シャボン玉のように浮かんでは消えていった。
「・・・らめれっかよ・・・」
「・・・決心がついたか?」
俯いている大機は、言葉を自然に漏らす。好きな女の子にカッコイイと認めてもらいたいためではなく、攻撃を仕掛けたくせに返り打ちにあった悔しさでもなく、ただ、目の前に居る敵を倒すために――
「諦めれっかよぉぉおおっ!!」
突如、覇気を取り戻した大機は、勢いよく立ちあがり、バックステップで二歩、三歩とさがる。
「まだやるのか?・・・結果は決まっただろ?」
「何が魔術解除だ・・・」
大機は、零の鋭い目に対抗するかのように、睨みつける。
「最後まで・・・付き合ってくれよ、解除やろぉぉおおおっ!!!」
突進には至らず、だが、魔法陣目掛けて、拳を振り上げては降ろし、振り上げては降ろした。吹き荒れる風のごとく、振るわれる拳。その一撃一撃には、大機の全てがかかっていた。
「ぜぇぇぇえええっ!!」
だが、そんな努濤の如く降りかかる赤い一閃は虚しくも、魔法陣の前では無力に過ぎなかった。
「――くっ。まだだっ、まだ終わらねぇぇえええっ!!」
「・・・」
何を彼がそうさせるのか、零には一切分からなかった。ただ、あるのは悔しそうな表情をしている大機の顔だけ。
やがて大機の拳からは、魔力の象徴であった赤の帯が消え、すでに空となったも同然だった。
「ちく・・・しょう・・・」
「無駄だ、小僧。何度やっても、俺は倒せないし、結果は同じだ」
疲れ切った大機の表情。肩で息をすることが、当然のように、そして右のストレートが最後となった。
拳には、魔力の赤い帯の代わりに、魔法陣を殴り続けたことによって、切れ赤い血が流れていた。
ヴゥゥゥン―――
零は、その拳を見て、魔法陣を閉まった。決着はついた、それはどこからどう見ても、零に軍配が上がったのだった。
「――大機っ!!」
可愛らしい女の子が、悲痛な叫びと共に、大機の元へ駆ける。崩れ落ちる身体を、地面に着く前に間一髪のところで支える。
ドサ―――
女の子一人の体重と立派になった男の体重とでは比にはならない。大機を支えた女の子は、共に崩れる。それでも、女の子は、大機が怪我しないようにと、自分が地面側に倒れる。
よく見たら、かえでの友達じゃん・・・。
「大丈夫、ねぇ大丈夫なのっ!?大機ぃっ」
静かに寝かせ、大機を横から見守る加也。目には、大粒の涙を溜めていた。
「は、ははは・・・騒がしいって、いつも言ってる・・・だろ?」
「何バカなこと言ってんのよぉ・・・」
「そんなことより・・・ちょっと・・・耳、貸してくれない、かな~・・・?」
加也は、言われた通り、自分の身体を大機に倒し耳を向ける。だが――
大機は、耳ではなく、加也の胸を引っ張り、そして顔を埋めた。
「すまん・・・借りるぞ・・・」
「・・・うん・・・」
加也はその意味を一瞬で理解し、大機の頭に手を回し、抱きつくような格好になった。
「うっ・・・くっ・・・ちく、しょう・・・っ・・・うぅっ」
大機は、男の中の男だ、そう感じとり、零はそっとその場を離れる。
そして零は去り際、大機に聞こえるように、呟いた。
「名前は・・・?」
「っ・・・だい・・・き・・・」
声は揺らぎ、滲む。だが、ハッキリと答えた。
「ダイキ・・・。俺は、漢字が苦手だ、明日学校で、教えてくれ」
それは、零の精いっぱいの優しさであり、そして大機を認めた証拠だった。
零は、そのまま立ち去る。だが、零は聞いたのだ。聞き耳を立てないと聞けないくらいの声で――
「・・・任せろ・・・」
と言ったのを――・・・。