喧嘩しちゃいますっ!! (2)
右にストレートのパンチ・・・。
零は大機の拳を予想する。そして――
「ビンゴっ!!・・・よっと・・・」
見事に零の予想は的中して、顔の右側をブンという鈍い音を立てて、拳は過ぎ去る。
大機は、その自分の速さに追いつけていないのか、そのまま数十メートルは離れる。
「随分とまぁ、乱暴な子犬じゃねぇか・・・。しつけがなってねぇっていうの?こういうの・・・」
「ちっ・・・。まぁ、腐った野郎にしては今の、よく避けれたな、褒めてやるよ」
「そりゃ、どーも。ま、お前はどんなに攻撃しても俺にカスリもしねぇけどな・・・!!」
「ぬかしてんじぇねぇよっ!!!―――せぇぇっ!!」
まさに猛攻突進。一直線に、零向かって飛んでくる。その速さは、数十メートルあった距離が一瞬にして無くなるくらいで――
だが、そんな一直線じゃ、俺には・・・――
「あたらねぇってのっ!!」
またも、どの方向に来るかを見切った零は、それを軽々しく避ける。それは、傍から見れば完全なる実力の差だった。
「ちぃっ・・・。まぐれじゃねぇってか・・・」
零は、ポキポキと首を鳴らす。そして、右手を相手に向け――
「ホラ、かかってこいよ。脳無しの猪さん」
指を自分に向けて二度曲げる。それは、挑発に使う動作だ。
まぁ・・・気を抜けば、やられるのは俺の方だけどな・・・。
速さもあるが、それよりも、たかが拳が横を通り過ぎただけで風を切る『ブン』という音が聞こえるのだ。正直、あたったらひとたまりもないだろう。
「お望み通り・・・さっさと潰れろぉぉぉおおおっ!!!」
俺の顔面目掛けてか・・・。
身体を右に傾け零はそれを避ける。だが――
「まだだ―――っ!!」
避けた、と思った同時に、背後で大機が叫ぶ。
まさか・・・っ。
零の予想は見事に当たっていた。
大機は、数十メートル離れる所を、足で踏ん張って、数メートルという単位にしていた。
「ちぃっ!?」
「殺ったぁぁあっ!!」
大機は、大きく振りかぶった拳を、一直線に身体ごと飛ばした。だが――
その先にあったのは、虚無感。
ブンという、空振り。
「な・・・っ!?」
またしても、避けられた。その実感が出てきたのか、大機は、数十メートル離れたところで顔をしかめる。
「くそ・・・今の、何故避けれた・・・っ!!」
「単にお前がおせぇんだよ。・・・狙いは良かったけどな・・・」
この言葉は、お世辞でもなく、零の本心だった。
チリチリと焦げるような匂いと音がする前髪。そう、零はギリギリ、交わしていたに過ぎないのだ。
あぶねぇ・・・今のは、本当に危なかった・・・。
零にとって今のは『避けた』ではなく『避けれた』だった。勘であり、野生の本能。どこが、どう危険でどう避ければいいのか、まさに、前者の二つに頼っていた。
「・・・畜生が・・・」
大機は周りを見渡す。そこには、野次馬が大勢居た。
「このままじゃ・・・いろいろと後で面倒だ」
「じゃあ、逃げるか?少年」
「ぬかせっ。・・・この状況だ、故に次で決めるっ!!」
大機はそう言うと、ファイティングポーズをとる。そして、「ふぅ~・・・」と一回ため息をつくと――
「ぜぇぇぇぇっ!!!!」
零に向かって、一直線に飛んできた。
「芸がないな・・・っ!!」
零は、それも下に屈み、軽々しく避ける――はずだった。
大機は、にぃ、と不気味な笑みを漏らすと――
「芸がねぇのは、お前だってのぉぉぉおおっ!!」
そう言ったかと思うと、突然、大機の身体ごと零の足場が沈下した。
なっ・・・。足場が・・・。
零は、突然沈下した地面に前に屈んだ身体が対応しきれず、バランスを崩す。
そして、安定したと思った矢先、目に飛び込んできたのは―――
「おらぁぁぁあああっ!!!」
大機の脚だった。
「がっ・・・!?」
零は蹴られた方向に派手に吹っ飛ぶ。
「ぐぅ・・・っ」
そのまま、地面に叩きつけられ、数メートル転がる。
吹っ飛ばされた分と転がった分を合わせれば、それは三十メートル行くか行かないかの長距離だった。
「避けてばっかでぇ・・・芸がねぇのは、お前の方だったようだなっ!!・・・はぁ、はぁ・・・」
大機は、零を吹っ飛ばした方向、そして土煙が上がっている所に向かって言い放った。
さすがに、魔力を使いすぎたのだろうか、大機の大声は、徐々に弱くなっていき、終いには肩で息をするくらいになっていた。
「これからは・・・はぁ・・・。櫻庭に近づくんじゃ、ねぇぞ・・・っくっ・・・」
大機は、土煙を一瞥して、背を向ける。
近くに寄ってきた加也を手で止め、大丈夫終わった、と告げる。だが、それは大機の大きな間違いだった――
「いっつぅ~・・・。効くなぁ~今のは・・・」
モクモクと土煙が上がる中、零の声が響き渡る。
「な・・・っ!?」
完全に仕留めたと思っていた大機は大きく目を開け、驚きを隠せないでいた。
「とっさに、俺の行動を把握して、パンチで飛んでる際に俺が屈んだのを見て、強制的に魔術展開を足に使って、その足で地面をたたき、自分の勢いを止めるストッパー兼俺の足場を奪う作戦・・・」
そう、それは、相手の行動を遥かに先回りして、行動しなければならない作戦。そして、それは相手の行動すらも完璧に把握しなければならないという難しい行動。
それを、軽々しく大機はやってのけてしまった。これは、天賦の才と言ってもいいほどだった。
だが、それを自負ながらも、知っている大機こそ、それを受け止めた零が信じられなかった。
「どうして・・・いや、どうやって・・・どうやって今のを防いだっ!?」
「防いだ?・・・違うね。俺はお前の行動そのものを読み取っていた。さすがに、こうなるとは思ってもいなかったが、頭の隅では予想はしていた」
零は、義理父に戦争まで着いて行った人間である。こんなことは、何回か受けてもいいだろう。つまり、今のは意思で防いだというよりも、人間の神秘、身体に染みついた動き『反射』を使ったのだ。
「まぁ・・・おかげで、ガードした両手がボロボロだ・・・」
「・・・一体お前は。・・・いや、今はそんなことはどうでもいい・・・」
大機はもう一度、拳に力を入れる。
「何度でも立ち上がるってんなら、俺は何度もお前を倒すだけだ・・・っ!!」
「カッコイイねぇ~・・・。でも、一つだけ、教えといてやる、小僧」
先ほどまでと打って変わって、零の声が変わる。
それは、理事長の前で見せた声質と同じで――
「勝てねぇ相手には、戦わねぇことだ・・・。決して逃げる訳じゃねぇ・・・それも一つの作戦だってことだ・・・」
これは、零が魔術戦争で学んだ最大のことだった。
「・・・はっ。それは今のお前に似合うんじゃねぇか?」
「驕るなよ小僧?・・・まぁ、良い。今から、お前と俺との『絶対的な力の差』ってもんを見せてやるよ・・・」
「御託はもう、うんざりだ・・・!!さっさと、堕ちろぉぉぉぉおおおっ!!!」
大機は、再度拳を振り上げ、零に向かって飛ぶ。
零は、そっと右手を大機に向けて、手の平を見せる形にする。
そして、零は小さくつぶやいた――
「『魔術解除』・・・」
手の平の前に突如、身長と同じくらいの青色をした魔法陣が現れる。
「はっ・・・!!ただの防御壁かぁぁぁああっ!?」
大機はその魔法陣にありったけの力で拳を振るった―――・・・。