インナーチャイルド
夕陽がそろそろ落ちそうだった。
僕はひたすら歩き、幹線道路の橋の上を下っていった。
タイヤがアスファルトを捉え、心地悪いホワイトノイズを鳴らしながら橋を駆け上がっていく。
子供達のはしゃぐ声が聞こえて、ふと橋の下にある広い公園に目をやる。
2人の男の子たちはおよそ罪悪感や危機感などない様子で「そろそろ門限やばくね」と言い、ブランコを跳び降りた。
気になってスマホを見ると、17時23分だった。
2人は駆けながら自転車に乗り込み、急いで帰路に着くのであった。
僕は吸い込まれるように、公園へと続く屋根付き階段を下っていった。
もう公園には誰もいなかった。そして夕日も差し込まない黒く滲んだような公園で僕はブランコに座った。
2人のように僕は少しブランコを漕いでみた。
しかし、何かふさわしくない気がしてすぐに止めてしまった。
地面と座面の低さに窮屈さを感じたが、心地良さもあった。
僕は両膝に肘をつき、掌で顔を覆い、大きくため息をついた。
すると右肩を誰かに叩かれた。
僕は慌てて右後ろにふりかえる。
そこには先ほどとは別の子供がいた。
「おじさん、何してるの?」と子供は言った。
「いや、何でもないよ。ブランコこぎたかっただけだよ。」と僕は目を泳がせながら答えた。
子供は隣のブランコに座り、すぐに漕ぎ始めた。
「ぼく、そろそろ帰る時間じゃないの?夜には悪い大人がでるよ?」と僕は咄嗟に聞いた。
「おじさん、悪いおじさんなの?」と返してきた。
「悪いおじさんではないよ。ほら、帰りな。」と僕は義務を果たすように答えた。
子供は漕ぐのを止め、しばらく間を置いてからやや冷ややかな目で「大人って勝手で良いね。」と言って走っていった。
僕は周りに他の人間がいないか、先ほどまで自分のいた橋や道を素早く確認した。
走り去っていった方を見ると、子供はもうどこにもいなくなっていた。
僕は鼓動が速くなっていることを感じ、少し怖くなった。
さきほどの2人の子供とは全く逆の気持ちで小走りで帰路についた。
「隣の芝生は青い」と言う言葉はよく他者と自分の関係の中で使われる表現ですが、自分の時間軸、つまり過去の自分と現在の自分においても使うことができるのではないでしょうか。
そして、隣の芝生はその当事者にならないとその背景にある苦しみ、葛藤、見栄、不自由さなどが見えてこないのもまた真理だと思います。
そんなところを表現できていればと思い、認めました。




