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第38話 プレハネムーンの温泉旅行

 結婚式の準備というものは、本当に楽しい。

 それはもう、間違いない。限界オタクの血が騒ぐ。


 魔法のミシンで作るドレスは順調。国宝級のダイヤの指輪も最高の形になりつつある。街は日に日に祝祭の華やかさを増し、領民たちは私たち以上に完全に浮かれポンチになって、毎日何かしらのお祭り騒ぎを起こしている。


 問題があるとすれば――。


「……つ、疲れた……」


 私は執務机へ突っ伏しながら、限界社畜のようなかすれた声でそう呟いた。


 朝は職人たちとのイルミネーションの打ち合わせ。

 昼は暴力的なカロリーを誇る祝宴料理の最終確認。

 午後は王都からの避難民の受け入れ状況の見直し。

 夕方はドレスの仮縫いとミリ単位の調整。

 その合間に「旧王都から来た泥まみれの男女が国境で喚いています!」だの「大通りの花飾りが三万個足りません!」だの「神獣シロが厨房の特大チャーシューを勝手に狙って料理長と死闘を繰り広げています!」だの、ありとあらゆるカオスな報告が飛んでくる。


 幸せだ。

 とても幸せだ。

 でも、肉体と精神のMPは確実に削られる。


「ルシアナ様……」

 侍女が気遣わしげに言う。

「少しお休みになられては……お顔が土気色です」

「そうしたいのは山々なんですけど……」

「目の下に、消しきれない深い影が……」

「やめてください! 花嫁に厳しい現実を突きつけないで!」


 私は両手で真っ赤(というか土気色)な頬を押さえた。

 だめだ。このままだと結婚式当日、世界一幸せな花嫁ではなく“過労で顔が死んでる辺境の女主人”になってしまう。

 それは避けたい。非常に避けたい。一生残る黒歴史スチルになってしまう。


 そんな私のところへ、夕方になってクライヴ様が現れた。


「……ルシアナ」


 低く響く声に顔を上げると、そこには今日も圧倒的に顔のいい、HPが全快になりそうな大好きな旦那様がいた。

 漆黒の外套。芸術品のように整った横顔。長身。

 どれだけ毎日見慣れても、一向に慣れない国宝級の破壊力である。


 だが今の私は、ときめきよりも疲労が勝っていた。


「クライヴ様……」

「どうした」

「もうだめです。HPがゼロです」

「何がだ」

「全部です。脳の処理能力が限界です」

「そうか」


 そうか、じゃないんですよ。ねぎらってほしいんですよ。


 私が半泣きで机へスライムのように沈み込むと、クライヴ様は少しだけ不機嫌そうに眉を寄せた。

 そして、私の手元に山積みになっていた書類や布見本を一瞥する。


「……お前を働かせすぎたな」

「いえ、好きでやってるんですけど」

「好きで過労死しては意味がない。本末転倒だ」

「うっ」


 ド正論だった。

 私はしょんぼりと肩を落とす。


 するとクライヴ様が、机の上の書類を数枚パラリとめくってから、低く絶対的な声で言った。


「明日、一日完全に空けろ」

「……はい?」

「お前の明日の予定だ。すべて白紙にしろ」

「えっ、でも明日はドレスの銀糸刺繍の最終確認と、大通りの装飾打ち合わせと、祝宴の席次仮決めと、避難民の――」

「全部後ろへずらせ」

「そんな国家元首の権限を使った力技あります!?」

「ある」

 クライヴ様は大真面目なド真顔だった。

「俺が許可する。誰にも文句は言わせん」


 その一言の重みが、この独立辺境国ではとんでもない。


「え、あの……」

「休め」

「で、でも皆が頑張ってくれてるのに」

「休め」


 ピシャリ、と有無を言わさず言い切られた。

 私は口をパクパクさせる。反論したい。でも、ちょっとだけ嬉しい。というか心の底からかなり嬉しい。


「……何か、あるんですか?」

 恐る恐るそう聞くと、クライヴ様はほんの少しだけ、熱を帯びた瞳で目を細めた。


「ああ」

「何でしょう」

「温泉へ行く」

「……………………え?」


 思考が完全に停止した。


「おんせん」

「そうだ」

「温泉って、あの前に私が見つけて作った露天風呂の?」

「ああ。少し前に、お前のために内密に『極上の温泉宿』として改装させた」

「二人で?」

「二人きりでだ」


 私は数秒、石像のように固まっていた。

 温泉。二人きりで。しかも明日。

 つまり。


「お泊まりデート……?」


 ポロリと漏れた限界オタクの本音に、クライヴ様の口元がほんの少しだけ甘く緩む。


「そうとも言うな」

「ッ……!」


 終わった。

 過労で鈍っていた心臓が、一瞬で暴走機関車のように元気になった。

 だめだ。そういうご褒美があるなら、今すぐHP全快になれてしまう。現金なオタクだ。


「ま、待ってください」

 私は慌てて姿勢を正した。

「それって、もしかしなくても」

「『プレハネムーン』だ」

「言った……!」


 クライヴ様本人の口から出た。

 プレハネムーン。なんて甘くて破壊力のある響きだろう。


「結婚式本番の前に、少しでも身体を休めておけ」

 クライヴ様は静かに、優しく続ける。

「お前も、俺もな」

「クライヴ様もお疲れなんですか?」

「ああ」

「全くそう見えませんでした。毎日ノーモーションでドラゴン秒殺できそうでしたよ」

「愛するお前の前で、無様な姿を晒して崩れるわけがないだろう」

「サラッとそういう甘い殺し文句言うのやめてください! 心臓に悪いです!」


 でも、やっぱり死ぬほど嬉しい。

 忙しいのは私だけじゃない。クライヴ様だって、独立国の王として、建国直後のあらゆる重い判断を背負って不眠不休で働いているのだ。

 その最強の人が、“俺も休みたい”ではなく、“お前も、俺も”と寄り添ってくれるのが、たまらなく嬉しかった。


「わかりました」

 私はキッパリと力強く頷いた。

「行きます」

「そうか」

「行きますけど、シロは?」

「当然、置いていく」

「護衛のレオンハルト様は?」

「気配を消せる最低限の者だけだ」

「クロエは?」

「あいつは絶対に連れて行かん」

「それはそうですね(大納得)」


 その夜、辺境伯邸の中では“極秘温泉お忍び計画”が電撃的に立てられた。

 と言っても、完全に秘密にするのは無理だ。クライヴ様も私も国のトップという立場がある。最低限の護衛と連絡網は必要になる。

 だが、それでも“余計な邪魔者を絶対につけない”“甘い時間を邪魔させない”という点について、クライヴ様は一切の妥協をしなかった。


「シロは本当に駄目ですか?」

 私は一応、モフモフのために聞いてみた。

「絶対に駄目だ」

「でも大人しくしてますし、可愛いですよ?」

「だから駄目だ。お前の視線が俺以外に向く」

「理屈が独占欲全開すぎて雑!」

「そもそも夫婦のプレハネムーンに、なぜ神獣のクソ犬を連れて行かなければならないんだ」

「それは……ごもっともですね」


 クロエはクロエで、話を聞いた瞬間に腹を抱えて笑い転げた。


「ちょっと待って、あの堅物の辺境伯様がそんなド直球なこと言ったの!?」

「言った……真顔で言われた……」

「だめ、面白すぎる」

「面白がらないでよ恥ずかしい!」

「いやでもこれは笑うでしょ。“プレハネムーンだから神獣は置いていく”って、字面が強すぎない?」

「私だってちょっと冷静になって笑ったわよ」

「でしょうね!」


 ◇ ◇ ◇


 翌朝。

 私はいつもより少しだけ、いやかなり早く目が覚めた。

 理由はもちろん、遠足前の小学生のような緊張と期待である。


 温泉。大好きなクライヴ様と二人きりで。しかも結婚式前の“お忍び旅行”。

 落ち着けという方が無理だ。


 私はクローゼットの前で何度も衣装を見直した末、動きやすくて、それでいて少しだけ可愛さのある上品な旅装を選んだ。

 いつもの公務の服とは違い、今日は“完全な休養デート”が目的だ。だから少し柔らかい春のような色合いにする。

 髪も簡単にまとめて、彼からもらった小さめの髪飾りだけを挿す。


 ――よし。気合入りすぎず、でも手抜きじゃない完璧なバランス。


 そうして玄関ホールへ向かうと、すでにクライヴ様が待っていた。

 いつもより少しだけ軽装の黒衣。分厚い軍用外套ではなく、上質な生地のコート。旅慣れた大人の色気がある。

 そして当然のように、顔がいい。


「おはようございます……」

「おはよう」


 クライヴ様の黄金の視線が、私の姿を上から下まで、舐めるように静かに辿る。


「……とても、似合うな。可愛い」

「ッ……ありがとうございます」

「今日は完全に休みに来たんだ。一切の無理はするな」

「はい」


 その甘い視線とやりとりだけで、もう頬が火傷しそうに熱い。


 目立つ大型馬車は使わず、今日は比較的小さな移動用の馬車で向かうことになった。

 表向きは“極秘の温泉街視察”。

 実態は“完全な温泉お忍びデート”。


 護衛は気配を消して後方へ遠く離れて配置され、私たちの馬車の中には基本的に二人だけだ。

 揺れる車内。冬の澄んだ光。窓の外を流れていく、雪化粧をした辺境の美しい景色。


 私は膝の上へ手を置いたまま、少しだけソワソワと落ち着かずにいた。


「落ち着かないか」


 クライヴ様に見透かされ、私はピクリと肩を揺らす。


「わかります?」

「わかる。お前のことは何でもな」

「……その、だって」

「だって?」

「二人きりの、デートですし」


 言ってしまった。

 自分で言って、自分で顔がボンッと発火するほど熱くなる。


 でもクライヴ様は、私の手をそっと、大切に包み込むように取った。


「俺もだ」

「え?」

「お前と完全に二人だけで出るのは、本当に久しぶりだからな」


 その声音がひどく穏やかで、少しだけ嬉しそうで、私は思わず彼を見つめた。

 たしかにそうだ。


 最近はずっと、誰かしらがいた。

 クロエ、レオンハルト団長、職人たち、熱狂する領民たち、神獣シロまで含めて、いつだって賑やかで騒がしかった。

 それはそれで楽しい。

 でも、こうしてただ二人だけで、誰の目も気にせず静かな時間を持つのは、本当に久しぶりかもしれない。


「……すごく、うれしいです」


 私が小さく、心からそう言うと、クライヴ様の大きな指が、少しだけ力強く私の手を握り返した。


 ◇ ◇ ◇


 温泉宿は、以前に私が見つけて開拓した山間の小さな湯場を、結婚式準備の合間にクライヴ様が『超高級旅館』として密かに改装させたものだった。


 派手ではない。成金趣味の嫌らしさは一切ない。

 でも、最高級の木の香りがする静かで広々とした建物で、周囲には雪をかぶった木立が美しく並び、庭の岩風呂から湯気だけが白く天へのぼっている。


「うわぁ……」


 馬車を降りた瞬間、私は思わず感嘆の声を漏らした。


 静かだ。本当に静か。

 街の狂乱のお祭り騒ぎも、館の慌ただしさも、ここには一切届かない。

 聞こえるのは心地よい風の音と、遠くでこんこんと湯が流れる音だけ。


「気に入ったか?」

 クライヴ様が優しく尋ねる。

「はい」

 私は即答した。

「すごく……心が落ち着きます」

「ならよかった」


 宿の中もまた、床暖房の魔導具が効いていてポカポカとあたたかかった。


 広すぎず、狭すぎない完璧な作りの客間。

 座り心地のよい特注の椅子。窓からは一幅の絵画のような雪景色。

 そして奥には、湯気の立つ極上の『貸切露天風呂』へ続く廊下。


 私はもう、それだけで心身の強張りがトロトロとほどけていくのを感じていた。


「先に湯へ入るか」

 クライヴ様が静かに言う。

「は、はい」


 さすがに一緒に入浴、とはならない。そこはちゃんと分かれている。

 ……分かれているのだけれど、“温泉旅行で大好きな旦那様とお泊まり”という字面そのものに、私はひたすらソワソワして限界オタクの心臓をバクバクさせていた。


 湯殿へ入ると、あたたかな蒸気が冷えた頬を優しく包んだ。

 かけ湯をして、湯へ足を入れる。


「はああぁぁ……」


 だらしない至福の息が漏れる。


「……極楽浄土」


 過労でバキバキだった身体へ、じんわりと温泉の熱が染みていく。

 肩のひどいこわばり。足の重さ。指先の力み。全部が少しずつ溶けて、お湯の中に消えていくようだった。


 露天へ出れば、薄く雪の残る風情ある庭石と、立ちのぼる白い湯気。

 冬のピリッと冷たい空気と、熱い極上の湯の対比が、たまらなく気持ちいい。


「生き返る……マジで生き返る……」


 私はオタクの素に戻って、しみじみと呟いた。


 これまで無我夢中で走り続けてきた分、身体の奥へ知らないうちにものすごい疲労が溜まっていたのだろう。

 湯へ浸かって初めて、自分がどれだけ張りつめていたかがわかった。


 ◇ ◇ ◇


 しばらくして、ホカホカに温まって部屋へ戻ると、すでにクライヴ様が待っていた。


 湯上がりで、少しだけ漆黒の髪が色っぽく湿っている。

 しかも宿の用意したゆったりした着物のような衣装を着ているせいで、普段の隙のない軍服姿よりだいぶ隙と大人の色気がある。胸元が少し開いている。


 だめだ。

 破壊力フェロモンが高すぎる。直視できない。


「……遅かったな。のぼせていないか」

「す、すみません、あまりにも気持ちよくて長湯を……」

「そうか」

 クライヴ様は私の顔を見る。

「顔色がいい。血色が戻ったな」

「本当ですか?」

「ああ。とても綺麗だ」


 またそういうことをサラッと言う。

 そのまま、二人で窓際の椅子へ並んで座った。


 温泉宿の夕食は、胃に負担をかけない軽めの御膳に整えられていて、出汁の効いた優しい煮物や、炭火で焼いた川魚、小鉢が美しく並ぶ。

 私が指揮した暴力的なカロリーの『豪華絢爛な祝宴の試食会』とは真逆の、静かで身体に沁みる食卓。


 でも、それが疲れた胃には今はすごくよかった。


「……こういうの、最高にいいですね」

 私が箸を置いてホッと息をついて言う。

「どういうのだ」

「何も考えずに、二人だけでゆっくり静かに食べる感じです」

「そうだな」

「最近、食事の時はどうしても誰かと一緒でしたし」

「邪魔者が多くて嫌だったか」

「まさか」

 私は笑って首を振る。

「皆とワイワイ食べるのも大好きです。でも、今日は今日で、二人きりの『特別』です」


 クライヴ様はほんの少しだけ、嬉しそうに目を細めた。


「俺もだ」

「え?」

「今日はずっと、こうして二人きりでいる方がいい。誰にも邪魔されたくない」


 それをド真顔で言われると、胸が甘くやわらかくなる。


 食後、私たちは宿の裏手にある小さな露台バルコニーへ出た。


 湯上がりの火照った身体に、冬のピンと冷たい夜気が心地よい。

 空には満天の星が降るようによく見える。

 遠くで、温泉の湯が岩を打つ音が小さく続いていた。


「……静かですね」

 私が欄干へ手を置いて言う。

「ああ」

「なんだか、世界に私たち二人しかいないみたいです」

「実際、今はそうだろう」

「護衛のレオンハルト様たち、いますよ?」

「俺たちの会話が聞こえない、遠くの森に配置した」

「それはそうですけど、徹底してますね」


 そう言いながら、私は少しだけ笑った。

 すると、隣に立っていたクライヴ様が、そっと私の肩へ自分の温かい外套をかける。


「冷える」

「ありがとうございます」


 そのまま、スッ……と外套の中へ、彼の広い胸元へ引き寄せられる。

 近い。あたたかい。心臓の音がうるさいくらい聞こえる。


「……クライヴ様」

「なんだ」

「今日、こんな素敵な場所に連れてきてくださって、本当にありがとうございました」

「夫として当然だ。礼を言うことではない」

「でも、すごく嬉しいです」

「そうか」

「はい。すごく」


 私は彼の胸元へ、少しだけ甘えるようにコトンと寄りかかった。


「なんだか、久しぶりにちゃんと、心から休めた気がします」

「ならいい。連れてきた甲斐があった」

「それに」

「それに?」

「……『プレハネムーン』って言ってもらえたのも、すごく嬉しかったです」


 言った後で、また顔が熱くなる。

 でも今夜くらいは、ちゃんと素直に口にしたかった。


 クライヴ様は少しだけ黙って、それから愛おしそうに低く言った。


「本当は」

「はい」

「もっと前から、こういう二人だけの甘い時間を取るべきだった」

「……」

「お前に、ずっと無理をさせて、働かせすぎていた」

「そんなこと」

「ある」


 力強く言い切られる。

 私は少しだけ困ったように笑った。


「でも、クライヴ様もずっと激務で忙しかったじゃないですか」

「だから、今こうしてお前を抱きしめている」

「……はい」


 その返事が、ひどく優しく、甘く聞こえた。


 しばらく黙って、二人で星を見た。

 あたたかい外套の中で、肩と腕がぴったりと触れている。

 ただそれだけなのに、胸が幸福でいっぱいになる。


「結婚式が終わったら」

 不意に、クライヴ様が言う。

「また来るか」

「ここへ?」

「ああ。邪魔者をすべて排除して」

「……来たいです」

「二人だけで」

「はいっ」


 その約束が、妙にうれしかった。

 今は“プレ”だけれど、次はちゃんと“本番”のハネムーンみたいだと思うと、くすぐったくてたまらない。


 ◇ ◇ ◇


 そしてその夜。


 部屋へ戻ってからも、時間はゆっくりと甘く流れた。

 あわただしいお祭り騒ぎの館とは違う、静かで落ち着いた客間。

 火の入った暖炉。窓の外の美しい雪明かり。


 私は座椅子へ腰かけたまま、少しだけウトウトと、とろんとしていた。

 極上の温泉と静けさと、彼の隣という安心感で、完全に気が緩んでいる。


「眠いか」

 クライヴ様が優しく低く聞く。

「少しだけ……」

「無理に起きていなくていい。ベッドへ運ぼう」

「でも、もう少しだけ起きていたいです」

「なぜだ」

「……今日が、この幸せな時間が、終わるのがもったいないので」


 自分で言って、少し照れた。

 でも本音だった。


 クライヴ様はしばらく私を愛おしげに見つめ、それからそっと手を伸ばして私の髪をひと房すくった。


「なら、もう少しだけ」

「はい」


 その後は、言葉よりも甘い沈黙の方が多かった。


 でも、その沈黙が一ミリも気まずくない。

 むしろとろけるように心地いい。


 指先が触れて、肩が寄って、時々熱い目が合う。

 それだけで十分に、心が満たされる夜だった。


 ……たぶん、次の“本番”の夜は、もう少し、いや、もっと激しく甘くなるのだろう。


 そんな予感を胸のどこかで感じながら、私は静かに、大好きなクライヴ様の温かい肩へ頭を預けた。



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