第35話 指輪作りのための魔石採掘デート
ウェディングドレス製作が本格始動してからというもの、私の日常は純白の布と糸と旦那様の限界突破した甘やかしでできていた。
朝は侍女たちと生地のドレープを選び、昼はクロエと『魔法のミシン』を鬼の速度で改良し、夜はクライヴ様に「今日も一日働きすぎだ。疲れただろう」と強引に抱き寄せられて熱く溶かされる。
忙しい。
でも最高に幸せだ。
ドレスの上身頃はだいぶ理想の形になってきたし、ベール用の薄布も最高級の『魔蜘蛛の糸』で手配できた。銀糸の刺繍の図案も完璧にまとまりつつある。順調だ。かつてないほど順調だ。
だが。
「……何かが決定的に足りない」
私は裁縫机の前で、腕を組んで真剣な顔で唸っていた。
「何よ、急に」
向かいでクロエが優雅に紅茶をすすりながら顔を上げる。
「ドレスの進行はかなり完璧に近いじゃない」
「そうなんだけど、花嫁としての全体像を思い浮かべた時に、なんというか……こう……絶対的な“核”が足りないの」
「核」
「そう、核」
私は顎に手を当てる。
ドレスは綺麗だ。たぶん、歴史に残るくらい綺麗になる。
でも、花嫁姿全体として見た時、参列者全員の視線を一瞬で釘付けにする“決定打”がまだ足りない気がしたのだ。
その時、不意に視界の端で自分の左手がギラリと光った。
薬指にはまっているのは、クライヴ様から贈られたあの巨大なダイヤモンドの婚約指輪。
見るたびに「本当に物理的にデカいし重いな……殴られたら痛いな……」と感心する、もはや装飾品というより『小型の国宝(鈍器)』みたいな逸品である。
そして私は、そこでピコーン! ときた。
「……結婚指輪」
「は?」
クロエが瞬きをする。
「今のその巨大な指輪とは別に?」
「うん。あれは婚約指輪みたいなものというか……クライヴ様の激重な愛と独占欲が物理化した『概念』というか……」
「表現が的確すぎて怖いんだけど」
「でもそうでしょ?」
「一ミリも否定はできないわね」
私はガタッ! と立ち上がった。
「必要だわ」
「何が?」
「結婚指輪にふさわしい、最高で特別な石が!」
クロエの琥珀色の目がギラリと光る。
「へえ」
「ドレスが最高なら、指輪だって世界一の最高じゃないと駄目なのよ!」
「でもその顔、普通の市場に出回ってる宝石じゃつまらない、って顔してるわね」
「よくわかったわね」
「限界オタクの付き合いが長いからね」
さすが親友である。理解が早すぎる。
私は部屋の隅に置いてあった辺境周辺の詳細な地質図を引っ張り出した。
この世界の宝石事情は前世とは少し違う。強烈な魔力を帯びた鉱石や、特定の危険な土地でしか採れない超高純度の結晶が存在する。
つまり、命懸けで探せば“特別な結婚指輪にふさわしい特別な石”は絶対にあるはずなのだ。
「この辺りで採れる高純度結晶って……」
「待って、それなら一つだけ最高の候補があるわ」
クロエがニヤリと笑って、指で地図の北東部の険しい山脈を叩いた。
「『竜の巣』よ」
「……はい?」
私はその単語に、数秒ほど完全に思考を停止した。
竜の巣。
字面がすでに致死率100%の危険地帯である。
「ちょっと待って」
私は冷や汗を流しながら慎重に確認する。
「竜って、あの空飛ぶデカいトカゲの竜?」
「他にどの竜があるのよ」
「口から火を吐くドラゴンの?」
「そう、ファンタジーの王道ドラゴンの」
サラッと言われた。
いや待って。ドラゴンの巣って、結婚指輪の石を採りに行くロマンチックな場所としてどうなの? 命いくつあっても足りなくない?
だがクロエは当然のようにオタク特有の早口で続ける。
「昔から、超高純度の魔石や宝石は『竜の巣』の周辺でしか採れないって言われてるの」
「なんで?」
「竜が何百年も溜め込んだ強烈な魔力が結晶化して集まる場所だからよ」
「なるほど……(ゲームの設定資料集で見たことあるやつだ)」
「しかも、運がよければ超純度の『幻のダイヤ級結晶』が見つかるかもしれないわ」
「ダイヤ級」
「ええ。普通の市場にはまず絶対に出ない、国家予算クラスのヤツ」
私はゴクリと大きく唾を呑んだ。
国家予算クラスの、幻の結晶。
それは、だいぶ激しく惹かれる。いや、オタクとしてかなり惹かれる。ロマンの塊だ。
その時だった。
「……何の話だ」
背後から絶対零度の低い声に振り向くと、当然のようにクライヴ様が立っていた。
今日も今日とて圧倒的に顔がいい。しかも執務の合間だったのか、軍服姿のままである。眼福の極みだ。
「クライヴ様! 聞いてください!」
「その顔、特大の嫌な予感しかしないな」
「二人の結婚指輪用の石を、採りに行きたいです!」
「……どこへだ」
「竜の巣です!!」
「即時却下だ」
早い。
さすがに光の速さの却下だった。
「まだプレゼンを最後まで言ってません!」
「場所だけで十分すぎる」
「でも国宝級の超純度ダイヤが採れるかもしれないんですよ!?」
「ドラゴンの巣だろうが」
「そうです!」
「なおさら却下だ。お前をそんな死地に近づけられるか」
ド正論である。ぐうの音も出ない過保護だ。
しかし、そこでクロエが悪党のように面白がって割り込んだ。
「でも帝国最強の辺境伯閣下なら、完全に余裕の散歩でしょ?」
「クロエ」
「だってそうじゃない。普通の竜なんて今の閣下相手なら、ちょっと火を吐くデカいトカゲみたいなものでしょ?」
「言い方が雑すぎるぞ」
「しかもこれ、ルシアナとの『初のお出かけデート』にもなるわよ?」
「デート」
私が思わずビクッと反応する。
クロエはニヤッと笑った。
「そう。危険な吊り橋効果も狙える『命懸けの採掘デート』よ」
「字面が強すぎる」
「強いけど、悪くないでしょ?」
その言葉に、私はそろりとクライヴ様を見上げた。
竜の巣は怖い。怖いけれど。
大好きなクライヴ様と二人で出かける、しかも一生ものの『結婚指輪』のため、というのは、かなり心惹かれる甘い響きだった。
「……クライヴ様」
「なんだ」
「採掘デート、ちょっと楽しそうでは……?」
「お前はそこへ食いつくのか」
「だって!」
私が期待を込めたキラキラした目で見つめると、クライヴ様は深くため息をつき、しばらく黙った。
黙ったが、その黄金の瞳の奥に“妻の頼みなら仕方ない”という極甘な感情が滲み始めるのを、私は絶対に見逃さなかった。
「……俺の腕の届く範囲から絶対に離れないなら」
「はい!」
「勝手に前へ走らない」
「はいっ!」
「少しでも危険だと思ったら即帰る」
「はい!」
「あと」
クライヴ様が少しだけ熱を帯びた瞳で目を細めた。
「ちゃんと“俺とのデート”として来い」
「……へ?」
「石の採掘だけが目的の顔をするな」
「ッ……」
不意打ちすぎる。
私は一瞬で顔が沸騰したように熱くなった。
「そ、それは、もちろん……!」
「ならいい。準備しろ」
うわぁ。
この人、本当にたまにそういう火力高めの殺し文句をド真顔でサラッと入れてくるから心臓に悪い。
◇ ◇ ◇
こうして翌朝。
私は“命懸けの採掘デート”にふさわしい服装を、クローゼットの前で真剣に選んでいた。
「山へ行くんだから、フリフリのドレスじゃなくて動きやすさ優先でしょ」
クロエが呆れたように言う。
「わかってる。でも旦那様に“デートとして来い”ってハッキリ言われたのよ?」
「言われたの!?」
「言われた……」
「うわぁ、辺境伯様、独占欲強くていいわね」
「良くない、私の心臓がもたない」
「でも選ぶの楽しいんでしょ」
「それはそう」
結局、私は動きやすい乗馬服に少しだけ可愛らしさを足した格好に落ち着いた。
深い緑の上着に、清楚な白いブラウス。髪は邪魔にならないよう高めに結いつつ、彼に贈られたリボンを一本だけ添える。
気合いを入れすぎていない。でも、デート感は欲しい。
……うん、乙女心は難しい。
そして玄関ホールへ降りると、そこにはすでにクライヴ様が待っていた。
漆黒の外套。長身。軍靴。今日も圧倒的に顔がいい。
いや、本当に毎回思うけど顔が良すぎるな? ルーヴル美術館から抜け出してきたの?
そのクライヴ様が、私の姿を見た瞬間、ほんの少しだけハッとして目を止めた。
「……」
「え、ええと」
「……とても、似合うな。綺麗だ」
終わった。
朝からそのド直球は駄目である。
私は即座に茹でダコになって視線を逸らした。
「ありがとうございます……」
「顔が赤いぞ」
「気のせいです!」
「そうか」
「でもクライヴ様も、すごく格好いいです」
「そうか」
「……あれ、そっちは平気なんですね。ズルい」
「妻に褒められ慣れていないわけじゃない」
「なるほど、悔しい」
悔しいが、顔が良いのは事実なのだ。
今回の同行者は、最低限に絞られた。
私とクライヴ様、護衛兼ツッコミ役としてレオンハルト団長、少数の精鋭騎士、それと神獣シロ(サモエドサイズ)。
ちなみにシロは「わふっ♡」と尻尾を振って元気よくついてきたが、クライヴ様は最初から親の仇のように不機嫌そうだった。
「そのクソ犬は本当に必要なのか」
「竜の強烈な気配に敏感らしいですよ?」
レオンハルトが淡々と胃薬を飲みながら答える。
「それに、奥様の護衛としても有用です」
「俺がいる」
「ですが、神獣の鼻は道案内に役立ちます」
「……チッ」
「あと、モフモフで可愛いですし」
私がついオタクの本音を足すと、クライヴ様がジロリとこちらを見た。
「今のは完全に余計な一言だ」
「ですよね」
◇ ◇ ◇
そうして出発した一行は、半日ほどで北東の険しい山域へ入った。
空気が変わる。
豊かな辺境の森とはまた違う。
風が刃のように鋭く、岩肌が荒々しく、空まで少し遠く感じる。あちこちに巨大な爪痕みたいな生々しい傷が残り、ところどころ完全に焼け焦げた跡まであった。
「うわぁ……」
私は思わず呟いた。
「本当に“ファンタジーの竜の巣”って感じですね」
「ああ」
クライヴ様が短く答える。
「気を抜くな。俺の背中から離れるな」
その鋭い声音に、私も自然と背筋を伸ばした。
やがて、山の中腹に開けた広い岩場へ出る。
そこから先は、確かに普通の鉱山とは全く違っていた。
岩の裂け目に、微かな光が乱反射して見える。
透明な結晶。青白い石。赤みを帯びた鋭い欠片。魔力の濃い空気に何百年も晒された鉱石たちが、あちこちに顔を覗かせていた。
「すごい……!」
私は目を輝かせる。
綺麗。しかも普通の宝石とは違う、ちょっと危うい神秘的な透明感がある。
「これ全部、膨大な魔力を含んでるんですね」
「ああ」
「どれが私たちの結婚指輪向きですかね……」
「選んで浮かれる前に、まず生きて帰ることを考えろ」
「はい」
ド正論である。
そして、その直後だった。
シロが、ピタリと足を止めた。
「グルルルルル……」
低い、神獣本来の威圧感のある唸り声。
耳がピンと立ち、白い毛並みがバチバチと逆立つ。
クライヴ様の目が、スッ……と細くなる。
「来るぞ」
次の瞬間。
ゴォォォォォッ!! と上空の空気が悲鳴を上げて唸った。
巨大な影が、太陽を完全に遮る。
「きゃっ!」
私は反射的に空を見上げた。
いた。
本物の、ドラゴンだ。
黒に近い深緑の硬質な鱗。
突風を巻き起こす巨大な翼。
長い首と、人を丸呑みにできそうな顎。そして、ギラリと殺意に光る金の瞳。
しかも一体ではない。
背後の岩陰から、もう一体。さらに上空を旋回する影がもう一つ。
「三体……!」
「竜の巣にしては少ない方だな」
クライヴ様が、明日の天気を語るようなひどく平坦な声で言った。
少ない方なんだ。感覚がバグっている。
だが私はそんなことに感心している余裕はなかった。
だって普通にデカいし、普通に怖いし、普通に今にも口から業火を吐きそうなんですけど!?
レオンハルトたちも瞬時に剣を抜き、戦闘態勢へ入る。
しかしその前へ、クライヴ様がスッ……と一歩出た。
「下がっていろ」
低く、絶対的な声。
「ですが、閣下――」
「俺一人でいい」
レオンハルトが言いかけたのを、クライヴ様はそれだけで制した。
そして、ほんの少しだけこちらを振り返る。
「ルシアナ」
「は、はい」
「瞬きせずに見ていろ」
「え?」
「お前の指輪に相応しい石を取る前に、あの邪魔なトカゲどもをどかす」
その声音が、妙に静かで。
でも、その静けさの中に、ほんの少しだけ“愛する妻にいいところを見せたい”みたいな不器用な響きが混じっていたのを、私は絶対に聞き逃さなかった。
えっ。
もしかして今。
(旦那様、格好つけてる……?)
その認識へ至った瞬間、恐怖の中に別の熱い感情が混じる。
最推しが。いや、大好きな旦那様が。
私の前で、ちょっといいところを見せようと張り切っている。
駄目だ。それは普通に限界オタクとしてときめく。
その間にもドラゴンは容赦なく襲ってきた。
先頭の一体が耳をつんざく咆哮を上げ、巨大な爪を振り上げて猛スピードで急降下する。
「クライヴ様!!」
思わず叫んだ私の前で、彼はほんの少しだけ、余裕の笑みで顎を上げた。
次の瞬間。
――速すぎて、見えなかった。
「……え?」
気づいた時には、先頭のドラゴンが地面へ無惨に叩き落とされていた。
ズドォォォォンッ!! と岩場が地震のように揺れる。
巨大な竜の硬い首元へ、クライヴ様の抜いた剣が『一閃』で完全に通っている。
いや、待って。
今どうやったの? 物理法則どうなってるの?
「……ッ」
上空の二体目が怒り狂って口を開く。圧倒的な炎の気配。
「クライヴ様、上! 火が来ます!」
「わかっている」
彼は剣を抜いたまま、片手を軽く上げた。
瞬間、空気が絶対零度に凍りつく。
バキバキバキバキッ!! と巨大な『氷の槍』が何十本も上空へ突き上がり、炎を吐く寸前だったドラゴンの喉と翼を一気に串刺しに貫いた。
「ギャアアアアアッ!?」
断末魔の叫び声とともに、二体目がドスーン! と地面へ落ちる。
速い。
いや、早いとかいう次元じゃない。
『秒殺』ってこういうことを言うんだな、と妙に冷静な感想が頭をよぎった。
三体目が、さすがに格の違いを悟って警戒し、高度を取って逃げようとする。
だがクライヴ様は絶対に逃がさなかった。
「遅い」
その冷酷な一言とともに、彼の姿がフッ……とブレて消える。
次の瞬間には、もうはるか上空のドラゴンの背に立っていた。
「は?」
私の口から完全に間抜けな声が漏れた。
黒い外套が空中でバサァッ! と翻る。
見えないほどの剣閃が走る。
巨大な翼が片方、豆腐のようにバッサリと切り落とされた。
バランスを崩したドラゴンが錐揉み回転して墜落し、岩場へ激突するよりも早く、クライヴ様はすでに地上へ音もなく着地している。
そして。
ゴウゥゥン……と土煙が晴れた後に残っていたのは、完全に沈黙して倒れ伏した三体の竜と、その前で涼しい顔で剣の血を払う一人の最強の男だけだった。
「……………………」
沈黙。
私は呆然と口を開けていた。
いや、わかってた。
クライヴ様が帝国最強なのは知ってる。ゲームの設定でも嫌というほど知ってる。
でも、実際にドラゴン三体を一人で相手取って、それを文字通り“三分クッキングの秒で片づける”ところを目の前で見せられると、話が違う。
(か、格好いい……!! 顔が良い上に強すぎない!?)
心の中で、無数の私がペンライトを乱舞させて「推し最高!」と叫んだ。
無理。かっこよすぎる。情報量と供給が多すぎて心臓が痛い。
レオンハルト団長が淡々と呟く。
「さすが閣下ですね。今日のタイムは自己ベスト更新でしょうか」
「いや団長、もっと驚いていいと思いません!?」
「閣下のこの程度の暴れっぷりなど、今さらです」
今さらだった。辺境騎士団の基準もバグっている。
その時、クライヴ様が振り返った。
風に黒髪が揺れ、黄金の瞳が真っ直ぐこちらを見る。
「邪魔者は終わったぞ」
そのドヤ顔を一ミリも出さない言い方がまた、妙にさりげなくてズルい。
私は数秒ほど何も言えず、それからようやく言葉を絞り出した。
「……す、すごかったです」
「そうか」
「本当に、信じられないくらいすごかったです!」
「二回言うな」
「だって本当に! めちゃくちゃ格好よかったです!! 惚れ直しました!」
「……ッ」
クライヴ様が、ほんの少しだけ口元を緩め、スッ……と目を逸らした。
あっ。
今、ちょっとどころじゃなく嬉しそうにした。
やっぱり。
やっぱり妻にいいところ見せたかったんだこの人。可愛いかよ。
「褒めてるだけなのに、なんで私まで照れるんでしょうね……」
私は両手で真っ赤な頬を押さえた。
「知らん」
クライヴ様はあくまで平静を装っていたが、耳の先が完全に赤かった。うん、知ってる。
◇ ◇ ◇
そうしてようやく、本来の目的である『採掘デート』へ移った。
竜の気配が完全に消えた岩場のさらに奥。
シロが「わふっ」と先導するように歩き、やがて一つの大きな岩壁の前で足を止めた。
そこには、他の結晶とは明らかに違う、神々しい光があった。
「……これ」
私は息を呑む。
岩の裂け目に、ひときわ大きく透明な結晶が埋まっている。
いや、透明というだけでは足りない。中心にごく淡い銀の光を抱え込み、角度によって青白くも、虹色にも見える。
静かなのに、圧倒的な存在感。
クライヴ様も足を止めた。
「……純度が恐ろしく高いな」
「こんな綺麗な石、前世でも今世でも見たことない……」
「そりゃそうでしょうね」
クロエがいない代わりに、レオンハルトが冷静に言う。
「これほどの超純度の魔力結晶が市場に出れば、国家間で戦争になる騒ぎになります」
「出さない」
クライヴ様が即座にド真顔で言った。
「これは俺の愛するルシアナのものだ。誰にも渡さん」
「うっ」
その独占欲全開の言い方、ズルい。とてもズルい。
クライヴ様は岩壁へ手を当て、剣の柄で周囲の脆い部分を精密な力加減で正確に砕いていく。
結晶に余計な傷を一切つけない。でも無駄なく削る。職人技か。
そうして数分後、彼の大きな掌の上へ、超高純度の巨大な結晶がコロンと静かに乗った。
「……取れたぞ」
それは、本当に綺麗だった。
夕陽を受けてキラキラと光るその石は、ただ高価なだけじゃない。
ここへ来るまでの時間も、ドラゴンを秒殺した無双っぷりも、怖さも、限界オタクとしてのときめきも、全部を閉じ込めたみたいな最高に尊い輝きをしていた。
クライヴ様がそれを私へ差し出す。
「これで作れ」
「え?」
「俺とお前の、結婚指輪だろう」
「……はいっ」
「お前の好きな、一番似合う形にしろ」
私はそっと両手で、その石を受け取った。
重みは、見た目より少しだけ軽い。でも、そこに込められた意味はひどく重い。
「……ありがとうございます」
胸がいっぱいで、うまくそれしか言えなかった。
クライヴ様は私の手の中の石を見下ろし、それから静かに言う。
「気に入ったか」
「はい」
「そうか」
「でも」
私は少しだけ笑って、彼を見上げた。
「石も最高にすごいですけど、今日はクライヴ様の方が一万倍すごくて格好良かったです」
「……」
「巨大なドラゴン、三体とも一瞬でしたし」
「あんなトカゲども、大したことではない」
「それ、世間一般では国家の危機レベルの大事件だと思います」
するとクライヴ様はほんの少しだけ目を逸らし、耳を赤くしてボソリと呟いた。
「……愛するお前に見せるなら、あれくらいは夫として当然だ」
終わった。
私はその場で尊さのあまりしゃがみ込みたくなった。
無理です。そういう激甘なことをド真顔でサラッと言うの、本当に私の心臓に悪いです。
「クライヴ様……」
「なんだ」
「そういうの、本当にズルいです」
「今さらだろう」
「はい、今さらでした」
もう一ミリも否定しようがない。
◇ ◇ ◇
帰り道は、行きより少しだけ穏やかだった。
シロは先頭でご機嫌に歩き、護衛の騎士たちも「閣下の無双見れてよかったな」とどこかホッとした顔をしている。
私は大事な石を布で包んで胸に抱えながら、隣を歩くクライヴ様をチラチラと見てしまった。
「何だ」
「いえ、その」
「言え」
「……今日は、本当に『最高のデート』でしたね」
言った瞬間、顔がボンッと熱くなる。
だがクライヴ様は、少しだけ甘く目を細めて答えた。
「ああ」
「ほとんど命懸けの採掘でしたけど」
「お前が楽しんで俺に惚れ直したなら、十分すぎる成果だろう」
「楽しかったです。大好きです」
「……ならいい」
その不器用なやりとりが、ひどく心地よかった。
結婚式のためのものが、また一つ増えた。
魔法のミシンで作るドレス。特別な結晶の指輪。そして、そこへ辿り着くまでの彼との大切な思い出。
たぶん、こういうもの全部が積み重なって、“世界一幸せな式”になるのだろう。
私は石を抱えたまま、小さく笑った。
「早くこの石で指輪、作りたいですね」
「ああ」
「でもその前に、ウェディングドレスも完成させないと」
「忙しいな」
「世界一幸せな忙しさです」
クライヴ様はその言葉を聞いて、ほんの少しだけ、この上なく優しく口元を緩めた。
「なら、俺が最後まで付き合う」
その一言が、夕暮れの山の冷たい空気より、ずっとずっと温かかった。




