第34話 魔法のミシン開発とドレス作り
結婚式の準備は、順調に――いや、順調すぎるくらいに爆速で進んでいた。
街は連日お祭り騒ぎで浮かれ、領民は謎の使命感に燃えて張り切り、職人たちは勝手に限界突破した作品を量産し、私は毎日広場の真ん中で「ちょっと待ってください! 情報量と愛が重すぎます!」と叫んでいる。
ちなみに数日前の“旧王都から来たらしい怪しい泥馬車”騒ぎは、結局ただの没落した下級貴族夫婦の夜逃げだったらしい。
身なりは悲惨で、髪もボサボサに乱れ、馬車もボロボロだったので見張りも身構えたのだが、無能な王太子とカエル顔の義妹ではなかった。
ホッとしたような、まだあいつら来ないのかと思うと微妙に肩透かしなような。
でも少なくとも、昨夜のうちに門前で泥まみれの修羅場が始まることはなかったので、私は今朝も平和に、予定通りに『戦場』へ立っている。
戦場。
そう、今日の舞台は厨房でも軍の演習場でもない。
大量の布と針が飛び交う『裁縫部屋』である。
「ねえ、ルシアナ」
大きな作業机の上へ大量の布見本を広げながら、クロエが言った。
「そろそろ現実を見なさい」
「現実?」
「主役の『ウェディングドレス』よ」
私はピタリと固まった。
そうだった。
結婚式をする。なら当然、主役のドレスが要る。
今まで最高の料理(飯テロ)のメニュー考案だの、街全体の装飾だのにばかり気を取られていたが、一番大事な“自分が当日に何を着るか”を、私は限界オタクゆえの裏方気質で完全に後回しにしていたのだ。
「……ヤバい」
「でしょう?」
クロエがニヤリと悪党のように笑う。
「花嫁が当日着るもの決まってません、はさすがにシャレにならないでしょ」
「駄目ですね……全裸で出るわけにもいかないし……」
「しかも相手、あの宇宙一顔が良い帝国最強の辺境伯様よ?」
「そうなのよ……ッ!」
ここで適当なあり合わせのドレスなど着られるわけがない。
いや、そもそも辺境伯夫人の衣装に適当なものなんて存在しないのだけれど、それでも“世界一の結婚式にふさわしい最高で最強の花嫁姿”というものは絶対にある。
そして私には、前世の社畜OL時代の記憶(オタク知識)がある。
雑誌やネットで穴が開くほど見た、数々の憧れのウェディングドレス。
繊細なレース。極上のシルク。職人技の刺繍。
背中の美しい編み上げ。フワリと広がるプリンセスラインのスカート。
透き通るようなロングヴェール。
そして、歩くたびに光を受けてキラキラと揺れる、最高級の生地。
(……やるしかない)
私は力強く拳を握った。
「作ろう」
「そう来なくっちゃ!」
クロエがパチンッと指を鳴らす。
「で、問題は?」
「手縫いじゃ絶対に本番までに間に合わない」
「大正解」
「だから――」
「作るのよね?」
「作る」
私たちは、全く同じ悪い顔をして同時に言った。
「『魔法のミシン』を」
やっぱり、とクロエが笑う。
当然である。前世の文明知識があり、こちらには便利な魔法と魔石があり、しかもドレス製作という超大量の布処理が待っている。ならば導き出される答えは一つだ。
ミシン。
それもただのミシンではない。異世界仕様・『魔導全自動ミシン』である。
「足で踏み込んだ力を魔力へ変換して」
私は黒板へザカザカと構造図を描き殴る。
「針の上下運動と『送り歯』を連動させるの」
「送り歯?」
クロエが興味深そうに目を細める。
「布を一定の速度で少しずつ前へ送る、ギザギザのパーツよ」
「なるほど。布送りを機械で一定にすれば、誰でも真っ直ぐ綺麗な縫い目ができるわけね」
「そう! 大正解!」
「最高に面白いじゃない!」
クロエの目が、完全に『魔導具オタク』のバキバキのそれに変わった。
「針はうちの優秀な鍛冶職人に極細の鋼を作らせるとして、問題は上下運動ね」
「そこは『偏心カム』みたいな……」
「へんしんかむ?」
「ええと、回転運動を縦の往復運動へ変える物理的な仕組み!」
「わかった、動力魔石の回転をギアで噛ませればいけるわ」
「さすが親友、理解がマッハで早い」
「天才だからね」
「知ってる」
そこへ、裁縫担当の年配の侍女長が、恐る恐る口を挟んだ。
「奥様、クロエ様……」
「はい?」
「その“みしん”というのは、もしや……神聖な針仕事を、機械が全自動でやるという魔法の道具でございますか?」
「やります!」
「やるわ」
「まあ……ッ!」
侍女長の目が限界まで丸くなる。
その後ろで、何人ものお針子や侍女たちがザワザワとどよめいた。
「そんな夢のようなものがあれば……」
「ドレスだけでなく、普段の服の仕立ても一瞬で……!」
「分厚いカーテンやシーツの補修まで、ずっと楽に……!」
うん。知ってる。ミシンって人類の歴史を変えるくらいすごいのだ。
「ただし」
私はビシッと人差し指を立てた。
「今回はまず、私と旦那様の結婚式を成功させるための『花嫁衣装専用の超高級機』を作ります!」
「用途が限定的すぎません!?」
クロエが吹き出す。
「でも今の辺境で、優先順位は一番高いでしょ?」
「そりゃあ宇宙一高いけど!」
そして、その日のうちに魔導工房を巻き込んだ『緊急ミシン開発プロジェクト』が爆速で始まった。
木工職人が頑丈な台座を作る。
鍛冶職人が折れない極細の針と精密な金属パーツを打つ。
魔道具職人が動力用の魔石回路を削り出す。
クロエが全体の制御系を組み、私は前世の記憶を元に構造の“こうあってほしい”をひたすら言語化して指示を飛ばす。
「ここ、絶対に『押さえがね』が必要です!」
「おさえがね?」
「縫ってる最中に布が浮くと、縫い目がガタガタに曲がるんです!」
「なるほど、上からバネで軽く固定するのね」
「あと、『返し縫い』の機能も!」
「返し縫い?」
「縫い始めと終わりを逆走させて、糸を強くほつれないようにするの!」
「地味だけど耐久性には絶対大事そうね」
「超大事です!」
工房中が、完全に文化祭前夜のお祭り状態になっていた。
そして、異世界のものづくりオタクと超一流の職人たちが本気を出した結果。
夕方には、早くも『試作一号機』が完成していた。
「できた……!」
私は思わず感動で息を呑んだ。
美しい木彫りの台。踏み板。
金属の細い針。布送り用の細かなギザギザの歯。
そして側面へカチリとはめ込まれた、動力用の蒼い魔石。
見た目は前世のアンティークミシンのようで、無骨だが、圧倒的な機能美がある。
「名前はどうする?」
クロエがニヤリと聞く。
「『魔法のミシン』」
「ネーミングが雑!」
「大衆へのわかりやすさ大事!」
私はすぐさま、試し縫い用の布切れをセットした。
「では、起動します」
踏み板へ足を置き、魔力を通してそっと踏み込む。
――カタカタカタカタッ!
と、小気味いい、前世で聞き慣れたリズミカルな音。
針が超高速で上下し、布がスッ……と魔法のように前へ送られていく。
「……ッ!」
私は目を見開いた。
縫えてる。
ちゃんと、一直線に縫えてる!
「うわあああああっ!」
侍女たちから割れんばかりの歓声が上がる。
「すごい!」
「なんて綺麗で均等な縫い目……!」
「手縫いより何十倍も速い……!」
クロエが満足そうにドヤ顔で腕を組んだ。
「やっぱり一発でいけたわね」
「いけた!」
「細かい張りの調整や改良は必要だけど、初号機としては100点満点の上々ね」
「クロエ、あなたやっぱり天才!」
「それはお互い様でしょ」
私は感動のあまり、しばらくその場で無心になって布をカタカタと縫い続けた。
真っ直ぐ。滑らか。しかも手縫いより圧倒的に速くて丈夫。
前世では当たり前だった技術が、今こうして異世界で自分の目の前に形になるのは、何度経験しても胸が熱くなる。
「これで、いける」
私は完成したミシンを愛おしげに撫でながら呟いた。
「最高のウェディングドレス、作れます!」
◇ ◇ ◇
そこから先は、もう誰にも止められなかった。
まずはデザインだ。
私は大きな紙を広げ、前世で雑誌や映像で見た『理想のドレス』の記憶を総動員する。
「スカートのボリュームは広がりすぎない『Aライン』の方が上品で歩きやすいかな……」
「でも王城の……いや、教会の長い階段を下りる時の圧倒的な『映え』も欲しいわね」
クロエが的確な指摘をする。
「そうなのよ! 後ろのトレーンは長く引きたい!」
「背中のデザインは?」
「絶対編み上げ!」
「即答」
「編み上げはロマンだから!!」
胸元は上品なハートカットに。ウエストはキュッと細く見せたい。
袖はどうする? 長袖レース? オフショルダー? いや、この世界の気候と格式を考えると、取り外し可能な2WAYのロングレース袖もありでは?
私の限界オタク脳内で、最強のドレス案がどんどん具現化していく。
「素材はどうする?」
「純白の最高級シルクは当然として……」
私は大量の布見本をパラパラとめくる。
「あと、光を柔らかく反射して拾う、妖精の羽みたいな薄布が大量に欲しい」
「それなら」
侍女長が、少しだけ声を潜めて慎重に言った。
「魔の森の深部に生息する『魔蜘蛛の糸』を極限まで細く織り込んだ、幻の薄布がございます」
「魔蜘蛛?」
「非常に軽く、鋼よりも強く、しかも光を受けると真珠のように柔らかく艶めく、国宝級の超高級素材です」
「それ、絶対使いましょう!!」
強い。ファンタジー世界のチート素材、強すぎる。
こうして、最高級シルクと幻の魔蜘蛛の糸を使った、この世に一つしかない『唯一無二のウェディングドレス製作』が幕を開けた。
純白を基調に、ほんの少しだけ輝く銀糸。
光の角度で上品に浮かび上がる百合の刺繍。
スカートの裾へ施す、気が遠くなるほど繊細なレース。
背中は魅惑の編み上げ。胸元は清楚に、でも身体のラインは最高に綺麗に見えるように。
私は夢中で線を引き、プロの侍女たちと相談し、クロエと魔法的な構造を詰めていく。
「ここ、もう少し布にボリュームが必要かな」
「いや、それだと歩く時に重くなるわ」
「じゃあ、内側へ風魔法を微弱に込めた軽い『パニエ(芯)』を入れる?」
「それならいけるわ!」
「この銀糸の刺繍のデザインは?」
「花模様にしましょう!」
「辺境の誇り高い花をモチーフに入れたいです!」
「最高ですね!」
気づけば、魔導工房も裁縫部屋も、完全に“ルシアナ様を世界一美しくする花嫁衣装チーム”として一つにまとまっていた。
そして、その凄まじい熱気に、当然のように引き寄せられた男が一人。
「……何をしている」
低い、絶対的な声に振り向けば、クライヴ様だった。
私は顔をパァッ! と輝かせる。
「旦那様、見てください! 私のウェディングドレスの案です!」
紙をバッ! と広げると、クライヴ様は少しだけ、本当に少しだけ目を見開いた。
「これを、お前が着るのか」
「そうです!」
「……」
「どうでしょう?」
「……とてつもなく綺麗だな」
「えっ、まだただのラフ画の絵ですよ!?」
「お前が着るなら、それが世界で一番綺麗だ」
無理。
無理です。そういうド直球の殺し文句の返し、心臓が無理です。
「クライヴ様、褒め方がズルすぎます」
「ただの事実だ」
「最近、全部その一言で強引に押し切りますよね」
「事実だからな」
そこへクロエが、ニヤニヤと愉快そうに割り込んだ。
「ねえ閣下」
「なんだ」
「ルシアナが当日にこのドレスを着て歩いてくるところ、脳内で想像して完全にデレてニヤけてるでしょ」
「……」
「無言やめてください、肯定にしか見えません」
「うるさい」
でも、クライヴ様の耳の先がほんの少しだけ赤かった。
あっ、やっぱり想像してたんだ。
それがわかると、私まで急に致死量の羞恥心に襲われて恥ずかしくなってくる。
「ま、まあ、完成してからのお楽しみということで!」
「……そうか」
クライヴ様は少し残念そうに短く答えた。
「なら、完成の当日までは、実物はなるべく見ないようにする」
「えっ」
「だが、途中経過の報告は毎日詳細に知りたい」
「どっちなんですか」
「旦那様って、案外拗らせてて面倒くさいわね」
クロエがサラッと言う。
「クロエ、不敬罪で斬られるよ!」
「はいはい」
◇ ◇ ◇
その後も、ドレス作りは爆速で順調に進んだ。
魔法のミシンは微調整を重ねるごとに精度を上げ、侍女たちもみるみるうちに扱いに慣れていく。
手縫いでしか表現できない繊細な刺繍やレース部分は丁寧に残しつつ、長い直線や大きな面積の縫い合わせはミシンで一気に仕上げる。
結果、作業速度は手作業の数十倍に劇的に上がった。
「すごい……」
若いお針子が感動したように呟く。
「これなら、奥様のドレスだけでなく、長いベールやお付の侍女たちの衣装も……」
「全部本番までにいけます!」
「夢みたいです……!」
夢みたいなのは私も同じだ。
前世の社畜時代の知識と、この世界の便利な魔法と、皆の温かい手が重なって、一着のウェディングドレスが少しずつ現実の形になっていく。
その過程そのものが、もう何にも代えがたい宝物みたいだった。
夜。
今日の作業がひと段落した頃。
私は静かな裁縫机の前で、できあがってきた純白の『上身頃』をそっと持ち上げた。
まだ途中だ。でも、そこには確かに“世界一幸せな花嫁の衣装”の輪郭があった。
「……綺麗」
思わず、ポツリと呟く。
その時、背後から大きな腕がスッ……と伸びてきた。
「ッ、クライヴ様!?」
振り返る前に、背中ごとすっぽりと、温かく力強い腕に抱きしめられる。
「驚いたか」
「足音が一ミリもしませんでしたよ!?」
「したが、お前がドレスに夢中だった」
たしかに。今の私は、完全にドレスの仕上がりに意識を全振りしていた。
クライヴ様は私の肩越しに、手元の純白のドレスを見た。
「だいぶ形になったな」
「はい」
「……本当に、お前がこれを着て、俺の隣に立つのか」
「着ますよ?」
「そうか」
その声音が、妙に低くて、甘くて、独占欲に満ちていた。
私は少しだけ振り返り、彼を見上げる。
「……当日が、楽しみですか?」
「ああ」
「どれくらい?」
「言葉にすると、お前が照れて爆発する」
「じゃあ言わなくていいです!」
「だが、俺の口から直接伝えたい」
「どっちなんですか!」
するとクライヴ様は、私の耳元へそっと顔を寄せた。
「想像するだけで――嫉妬と独占欲で気が狂いそうなくらいだ」
「ッ……!」
もう本当にだめだった。
昼間のド直球の褒め方もズルいけれど、夜の二人きりの時のこういう甘い囁きは、もっとズルくて心臓に悪い。
私は顔を真っ赤にして、縫いかけの純白の布をギュッと抱きしめる。
「……そういうこと、急に耳元で言わないでください」
「無理だ」
「なんでですか」
「今のお前の無防備な顔を見ていたら、どうしても言いたくなった」
だめだ。
好きすぎる。
私はもう何も言い返せず、ただその温かい腕の中で、大人しくされるしかなかった。
窓の外では、街の魔導ランプの灯りが少しずつ増えていく。
きっと今日も、広場では領民の誰かが結婚式の飾りの相談をしていて、職人たちは遅くまでお祝いの何かを熱狂的に作っているのだろう。
結婚式へ向けて、国じゅうが一つになって動いている。
その中心で、私は大好きな人のためにドレスを作っている。
なんだかそれがひどく不思議で、でも涙が出るほど幸せだった。
そして私はまだ知らない。
泥と飢えにまみれ、文字通り地を這うように辺境へ近づいている“無能な元王太子”と“カエル顔の元義妹”が、今ごろ道端の苦い雑草を噛み締めながら、
「ルシアナに謝れば、絶対に助けてもらえるはずだ!」
と、本気で都合のいい夢(寝言)を見ていることを。
……うん。
一ミクロンも助ける気はないけれど。
せいぜい、私たちの世界一幸せな姿を見て、絶望の底で地獄を味わえばいい。




