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第32話 結婚式に向けた祝宴の試食会と、甘い夜

 結婚式をやる。


 その宣言(激重プロポーズ)と同時に、私の限界オタク脳内では壮大なウェディングプロジェクトがすでに爆速で始動していた。


 ドレス。

 会場装飾。

 招待客のリストアップ。

 ド派手な魔法演出。

 花。

 音楽。

 そして何より――『料理(飯テロ)』である。


 そう、結婚式において食事は命だ。

 ものすごく重要だ。


 前世の社畜時代、貴重な休日に友人の結婚式に出席した時も、私はかなり真面目に料理のクオリティをチェックして記憶しているタイプだった。いや、新郎新婦の幸せを祝う気持ちはもちろん100%あった。あったけれど、それはそれとして「この前菜のソース、バルサミコが絶妙」とか「デザートの構成が原価高そう」とか、そういうところもキッチリと査定してしまう性分だったのだ。


 だからこそ。


「私の披露宴のメニュー、人類の胃袋を破壊する最高のものにしたい……!」


 私は翌朝から、厨房の巨大な作業テーブルへ羊皮紙を広げてウンウンと唸っていた。


 王城を追われた無能な元王太子とカエル化した義妹が、這いつくばって辺境へ向かっているらしい、という最高にどうでもいい報告も昨夜あった。

 だがそれはそれ。ゴミの警戒と処理はクライヴ様とレオンハルト団長たちに任せるとして、私は私の最重要任務(戦場)を守る。


 大好きな人との結婚式だ。

 世界一幸せな式にするのだ。

 ならば、出す料理にも一切の妥協は許されない。


「肉料理は絶対に外せない……」

 私はブツブツと呪文のように呟く。

「でもただのステーキの焼きっぱなしじゃ面白くないし、祝宴のメインとしての圧倒的な『格』が必要。しかも見た目に華やかで、切り分けた時の断面が美しくて……」


 そこへ、ちょうどよくクロエがやってきた。


「朝からすごい形相してるわね、辺境の女神様」

「戦いよ」

「何と?」

「ウェディングメニュー(己の食欲)と」

「大変そうね」

「大変なの!」


 クロエは私の向かいへ腰を下ろし、羊皮紙の上の狂気的なメモを覗き込んだ。


「へえ。前菜、スープ、魚、肉、デザート……ちゃんとフルコースにするのね」

「絶対にする」

「王都式の堅苦しい宴席料理より、かなり凝ってない? というか品数多くない?」

「だって最推しとの結婚式だよ!?」

「それはそうだけど」

「しかも相手は、あの宇宙一顔が良いクライヴ様だよ!?」

「それを大声で言われると妙に納得するわ」


 わかってくれた。

 さすが親友。オタクのカロリー計算を理解している。


 私は羊皮紙へ次々と案を書き込んでいく。


「前菜は軽めで、彩り重視。冷菜の盛り合わせとか」

「うん」

「スープは季節の野菜で、胃を温める優しい味のポタージュにして」

「うん」

「魚料理は……辺境だと川魚か、それとも魔法で保冷した海産の取り寄せか」

「そこは皇帝ユリウスの帝国ルートで輸送パシリさせればいけるかもね」

「それだ! 皇帝使おう!」


 そして最大の問題は、メインの肉料理。

 ここで私は、ピタリとペンを止めた。


「……ローストビーフ」

「ろーすとびーふ?」

「巨大な塊肉をじっくり火入れして、旨味を極限まで閉じ込めてしっとり仕上げる最強の肉料理!」

「それ、名前からして強そうね」

「強いよ! めちゃくちゃ強い! 暴力よ!」


 宴のメインにふさわしい華やかさと、客の目の前で切り分けた時の圧倒的な特別感。しかも前世知識とこの世界の魔法調理チートを合わせれば、火入れの精度はミクロン単位で完璧にできるはずだ。


「あと、グラタン」

「ぐらたん?」

「クリーム系のあったかい料理! 表面はチーズでこんがり、中は熱々でトロトロ!」

「それ絶対に美味しいやつじゃない」

「美味しいのよ!!」


 そこへ、絶対零度の低い声が落ちた。


「……何が美味いんだ」


 振り返ると、当然のようにクライヴ様が腕を組んで立っていた。


 最近の私はもう驚かない。

 驚かないけれど、その圧倒的な顔面偏差値を至近距離で浴びると、心臓が跳ねるのは相変わらずだ。


 今日も顔がいい。

 しかも昨夜、あの小型の国宝みたいな特大の婚約指輪をはめてもらったばかりのせいで、いつも以上に“私だけの旦那様”という実感が強すぎて困る。


「クライヴ様!」

「朝から随分と騒がしいな。厨房の外までお前の声が聞こえたぞ」

「結婚式の最強メニューを必死に考えてるんです!」

「そうか」


 クライヴ様は私のすぐ隣へ立ち、自然な動作で私の腰へ手を回しながら羊皮紙を見下ろした。


「……読めん未知の単語が多いな」

「前世由来の料理名ですから!」

「だろうな」

「でも絶対にお口に合う、美味しいものばっかりです!」


 するとクライヴ様は、羊皮紙を眺めたままポツリと言った。


「なら、今すぐ試食するか」


 私は瞬きをした。


「え?」

「本番前に、夫として味を確かめる必要があるだろう」

「……天才では?」

「お前ほどじゃない」

「ッ」


 サラッとそういう甘いことを言う。

 だめだ。この人、本当に最近“妻を褒める”ことに関しての火力調整が完全に壊れている。


 クロエが向かいでニヤニヤしていた。


「はいはい、夫婦水入らずのイチャイチャ試食会ね」

「な、何よその言い方!」

「でもそうでしょ?」

「そうだけど!!」

「楽しそうで何よりだわ。私も食うけど」


 ◇ ◇ ◇


 かくして、その日の午後。

 辺境伯邸の厨房は、急遽“祝宴メニュー・第一回試食会”の会場へ変貌した。


 料理長と料理人たちが血走った目で本気で動く。

 私はメニューと味の方向性を決め、火入れの温度と盛りつけを1ミリ単位で細かく指示する。

 クロエはなぜか厨房のコンロの魔力導線改善を始め、クライヴ様は当然のように試食係として、厨房のど真ん中に特等席の椅子を置いて陣取っていた。


「なぜ閣下が厨房のド真ん中で一番前なんです?」

 料理長が真顔で聞く。

「俺がルシアナの花婿だからだ」

「そうですね(納得)」

 反論の余地がなかった。


 まずは前菜。

 香草を効かせた鶏肉のテリーヌ風、彩り野菜のマリネ、軽く炙った特製チーズ、甘酸っぱい果実ソースを添えた、宝石のような小さな冷菜の盛り合わせ。

 純白の皿に美しく整えられたそれは、見た目からして最高に華やかだった。


「どうぞ!」

 私はドヤ顔で胸を張って、最初の皿をクライヴ様へ差し出す。


 彼は静かにフォークを取り、一口。


「……うまい」

「本当ですか!?」

「ああ。見た目は軽いが、味の重なり方が複雑で面白い」

「それそれ!」

「最初に出す品としては、完璧だ」

「でしょう!!」


 幸先が良すぎる。


 次はスープ。

 冬野菜をじっくり限界まで煮込み、なめらかに裏ごしした胃に優しいポタージュ風。表面にはほんの少しだけ香草オイルを垂らしてある。


「これは、ひどく温まるな」

「披露宴の最初の方って、意外と参列者の皆さん緊張してると思うんです」

「そうだろうな」

「だから、まずは胃と心をホッと落ち着かせるものを、と思いまして」

「……なるほど」


 クライヴ様が心底感心したように目を細める。


「君は本当に、食で人の心を完全に掌握するな」

「掌握って言わないでください」

「事実だろう」

「でも否定はしづらいです」


 クロエが横で吹き出した。


 続いて魚料理。

 皇帝ユリウスの帝国ルートで試しに取り寄せた白身魚を、フンワリ蒸し焼きにして、香草とバターの焦がしソースを添える。

 これも大好評だった。


 でも、やっぱり問題はこの先だ。

 今日の主役。絶対的メインの『肉料理』。


「いよいよね……」

 クロエがゴクリと息を呑んで低く呟く。

「うん……勝負の時……」

 私も真剣ガチな顔で頷く。


 料理長が、震える手で巨大な大皿を運んでくる。

 中央に堂々と鎮座するのは、じっくり低温で焼き上げられた『巨大な肉の塊』。


 表面は香ばしくカリッと焼かれ、ナイフを入れた瞬間に現れる切り口は美しいルビーのような薔薇色。肉汁は一滴も逃さずしっとりと閉じ込められ、ソースは赤ワイン風の煮詰めダレを応用した超濃厚仕立て。


「究極の『ローストビーフ』です!」


 ドォォォンッ! と効果音をつけたい気分だった。

 クライヴ様でさえ、その暴力的な見た目にほんの少しだけ目を見開く。


「……見事だな」

「ありがとうございます!」

「食う前からわかる。これは圧倒的に強い」

「はいっ!」


 ナイフを入れると、スッ……と抵抗なく滑らかに切れる。

 切り分けた分厚い一枚を皿へ盛り、濃厚なソースをたっぷり添えて差し出す。


 クライヴ様がひと口食べた、その瞬間。

 厨房に、重い沈黙が落ちた。


「ク、クライヴ様……?」


 私はゴクリと唾を飲む。

 すると彼はゆっくり咀嚼し、喉を動かして飲み込んでから、ハッキリと、静かな声で言った。


「……君は、神か天才か」


 頭の中が、一瞬で真っ白になった。

 えっ。今、何て。


「え、て、天才……?」

「ああ」

 クライヴ様は大真面目なド真顔だった。

「肉の完璧な火入れも、香りも、ソースの重さも、すべてが芸術の域だ。こんな美味いものを俺に食わせておいて、自分が天才じゃないと言うなら嘘だろう」

「ッ……」


 無理。

 そんな国宝級の顔で、そんないと低く甘い声で、そんな真っ直ぐに褒めちぎられたら、限界オタクの心臓が耐えられるわけがない。


 頬が一気に沸騰したように熱くなる。胸がドクドクとうるさくなる。

 その次の瞬間。


 クライヴ様が、試食用の厨房だというのに、料理人たちが見ている前だというのに、当然のように私の手首をグイッと引いた。


「えっ」

「こっちへ来い」

「ク、クライヴ様!? 皆さんガン見してます!」

「問題ない」


 全然大問題ある。

 だが抗議する間もなく、彼は私の腰を抱き寄せ、そのまま私の額へ、チュッ、と短く熱い口づけを落とした。


「ッ!!?」


 私は完全に石化した。

 後ろでクロエがパンパンッ! と手を叩く。


「はい出ましたー! ごちそうさまー!」

「クロエ!?」

「妻の料理を褒めたら、すかさずキスで報いる旦那様! 素晴らしい手際の良さね、ルシアナ!」

「素晴らしくない! 心臓に悪い!」


 料理人たちは一斉に「見てはいけないものを見た」とばかりに視線を逸らして天井を見つめていた。でも耳は完全にこっちを向いている。絶対に聞いてる。


 クライヴ様はそんな周囲の反応など一ミリも気にした様子もなく、静かに言った。


「褒美だ」

「何の!?」

「最高にうまいものを作った妻への、夫からの当然の褒美だ」

「毎回それやるつもりですか!?」

「悪いか」

「悪いというか、私の羞恥心が爆発して死にます!」


 でも、死なない。

 だって心底嬉しいから。すごく幸せだから。


 その後も試食会(という名の公開イチャイチャ)は続いた。


 グラタンは、予想通り大当たりだった。

 焼き色のついたチーズの表面をスプーンで割ると、トロリとした濃厚なクリームと具材が溢れ、冬の宴にピッタリの圧倒的な温かさがある。

 クライヴ様はひと口食べるなり、また静かに蕩けるように目を細めた。


「……これも、ひどくいい」

「本当ですか!?」

「ああ。客の腹も心も完全に満たす」

「わぁ……」

「君は本当に……」

 そこで彼は、ほんの少しだけ口元を緩め、甘く微笑む。

「何を食わせても、俺をこれ以上なく幸せにするな」


 だめだ。

 そういう殺し文句をド直球で言われると、本当にだめだ。

 私はまた茹でダコのように真っ赤になり、次の瞬間には当然のように、今度は『頬』へ熱いキスを落とされていた。


「ちょっと待ってください! キスの頻度と場所がエスカレートしてません!?」

「気のせいだ」

「絶対気のせいじゃないです!」

「でも最高に嬉しいんでしょ?」

 クロエが横からニヤニヤと愉快そうに言う。

「……否定できないのが悔しい!!」

「素直でよろしい」


 甘い。

 試食会なのに空気が砂糖漬けみたいに甘い。

 ローストビーフよりグラタンより、夫婦の空気の方が圧倒的に甘い。


 最後のデザートには、小さなベリーのタルトと温かい焼き菓子を出した。

 さすがにここではもうキスは来ないだろう、と油断した私が甘かった。


「これもいい。完璧だ」

「ありがとうございます……」

「君はやはり、俺の妻にしておくには惜しいほどの天才だ」

「また!?」

「事実だ」


 そして今度は、私の『唇のすぐ端』へ触れるような、ひどく近くて色気のあるキス。


「ッ……!」


 もう駄目だった。

 顔が熱いどころではない。たぶん耳の先まで真っ赤に発火している。


 料理長が完全に職人の顔を保ったまま「ほ、本日の試食は以上でございます!」と無理やり締めた時、私は内心で本気で神(料理長)に感謝していた。

 助かった。これ以上続いていたら、試食会ではなく私の心臓が機能停止して終わるところだった。


 ◇ ◇ ◇


 だが。

 終わったのは、あくまで厨房での“試食会”だけだった。


 夜。

 自室へ戻った私は、ドッと大きなベッドへ沈み込んでいた。


「……つ、疲れた……色んな意味で……」


 料理の段取り、試食の評価、調整すべき点の整理。

 それだけでも十分忙しかったのに、途中から旦那様の『公開甘やかし』がフルスロットルで加速したせいで、精神的疲労(照れ)が凄まじい。

 でも不思議と嫌な疲れではなかった。むしろ、幸福でフワフワした、マシュマロみたいな心地よい疲れ。


 薬指の巨大な指輪を見下ろす。

 今日も一日、何度も視界へ入って、そのたびに胸がキュンとくすぐったくなった。


(結婚式、楽しみだな……)


 そう思いながら、トロトロと目を閉じかけた、その時だった。


 コンコン、と控えめに扉が叩かれる。


「ルシアナ」


 低い、落ち着いた声。

 私はパチッと目を開けた。


「……クライヴ様?」


 こんな夜更けに?

 いや、大好きな旦那様なのだから夜這いに来てもおかしくはないのかもしれないけれど、それでも心臓には悪い。


 私は慌てて寝間着の姿勢を正し、扉を開けた。

 そこにいたクライヴ様は、昼間の試食会の時よりずっと静かで、大人の色気を纏った空気を漂わせていた。


 軍服ではなく、黒い上着を軽く羽織っただけの、少しだけラフで無防備な姿。

 でも、その黄金の瞳がこちらを真っ直ぐに見た瞬間、胸が大きくドクンッと跳ねる。


「起きていたか」

「はい、まだ起きてます……」

「少しだけ、いいか」

「……はい」


 私は一歩退き、彼を部屋へ通した。

 扉が閉まる。静かな夜。完全に二人きり。

 それだけで、昼間とは違う種類の、少し危険で甘い緊張がフワリと部屋に広がる。


 クライヴ様はしばらく私を見つめ、それから低く言った。


「今日は、よく頑張ったな」

「料理のことですか?」

「ああ」

「……楽しかったです」

「そうだろうな」

「でも、ちょっと厨房で褒めすぎ(キスしすぎ)でした」

「足りない」

「あれで足りないんだ……」


 私は赤面しながら苦笑する。

 するとクライヴ様は、ゆっくりと大きな手を伸ばし、私の火照った頬へ優しく触れた。


「本当に、すべてがうまかった」

「ありがとうございます」

「結婚式が、待ち遠しくなった」

「私もです」


 その会話だけで、胸がジンと温かくなる。

 昼間の公開キスの数々を思い出して、また少し頬が熱くなる。

 でも、今はさっきみたいな賑やかな恥ずかしさではない。もっと静かで、もっと深く、もっと甘い。


「ルシアナ」

「はい」

「少しだけ、俺のわがままを聞け」


 その言い方が、ひどくズルかった。

 だってクライヴ様は普段、絶対に“わがまま”なんて言わない。

 欲しいものがあれば堂々と力で求めるし、守りたいものがあれば当然のように命を懸けて守る。そういう絶対的な人だ。


 だからこそ、“わがまま”という言葉が、やけに不器用で、柔らかく、甘く聞こえた。


「……何ですか?」


 私が小さく問い返すと、クライヴ様はほんの少しだけ瞳を細めた。


「今夜は、朝までずっと、俺のそばにいろ」


 その一言に、胸の奥がキュン、と熱く締め付けられる。

 断る理由なんて、最初からどこにも一ミリもなかった。


「はい」


 私が微笑んで答えると、クライヴ様は静かに、ホッとしたように息を吐き、それから私をそっと、壊れ物を扱うように抱き寄せた。


 昼間みたいに堂々とした所有欲むき出しの抱き寄せ方ではない。

 もっと静かで、もっと丁寧で、まるで世界で一番大切な宝物を確かめるみたいな、優しい腕の力。


 私はその広い胸へコトンと額を預ける。

 力強い鼓動が聞こえる。あたたかい。すごく落ち着く。


「……好きです」

 思わず、ポツリと口からこぼれた。

「知っている」

「でも、ちゃんと言いたかったんです」

「なら、もっと何度でも言え」


 そんな我儘を言われたら、言うしかない。


「好きです」

「ああ」

「大好きです」

「俺もだ」


 低い声が私の髪へ落ちて、次の瞬間には、ひどく優しい口づけが額へ降ってきた。

 頬へ。目尻へ。耳元へ。


 昼間みたいな勢いのあるキスではなくて、一つひとつに愛情を確かめるみたいな、甘くて静かで、熱い口づけ。

 私は目を閉じ、彼の服をそっとギュッと握る。


 外では冬の冷たい夜風が窓を撫でていた。

 でも、部屋の中は溶けそうなほどあたたかい。


「結婚式が終わったら」

 クライヴ様が低く、熱を孕んだ声で囁く。

「もっとゆっくり、朝も夜も、お前を甘やかしたい」

「今でも十分すぎるくらい、致死量で甘やかされてますけど……」

「俺には全然足りない」

「やっぱり足りないんだ」

「ああ」


 その真っ直ぐな答えが妙に可笑しくて、でもたまらなく嬉しくて、私は小さく声を上げて笑ってしまった。


 そしてその笑い声ごと、また深く唇を塞がれる。

 今度は少しだけ強引で、深くて、甘くて、でもやっぱりどこまでも優しいキス。


 私はもう、何も考えられなくなる。


 結婚式の準備のこと。

 王都から惨めに逃げてくる元婚約者たちのこと。

 独立国になった辺境の未来のこと。

 全部大事で、全部向き合わなきゃいけない現実だ。


 でも、今だけは。

 今この瞬間だけは、ただ大好きな人の腕の中で、好きだと伝え合う甘い時間に、限界まで沈んでいたかった。


 そうして夜は、二人の体温を混ぜ合わせるように、ゆっくりと甘く更けていった。


 明日の朝になれば、また国造りの忙しい日々が始まるだろう。

 でもそれでいい。

 だってその忙しさの先には、世界一幸せな私たちだけの結婚式が待っているのだから。



ここまで読んでいただきありがとうございます。

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