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第24話 隣国皇帝ユリウス、お忍びで来訪

 洗濯革命の余波は、想像以上に凄まじかった。


 共同洗濯場へクロエ特製の『改良型・全自動洗濯機』を導入してからというもの、辺境の主婦たちは目に見えて元気で笑顔になったし、侍女たちの過酷な手荒れも劇的に改善し始めていた。

 騎士団の泥だらけの訓練着も前より格段に清潔になり、レオンハルト団長に至っては「衛生状態の改善は兵の士気向上と直結します」と、珍しくわかりやすく機嫌が良かった。


 つまり、辺境の暮らしがまた一段階、チート級に快適になったのである。


 そうなると、次に必要なのは何か。


 私は厨房の作業台へ両手をつき、真剣な顔で考えた。


「手軽で」

「はい」

「歩きながらでも食べられて、腹持ちが良くて」

「はい」

「しかも最高に美味しくて、人類の誰もが抗えないジャンクなもの……」


 向かいでは、同じく限界オタクのクロエが腕を組み、ウンウンと力強く頷いている。


「屋台向きのやつね」

「そうなのよ」

「特濃ラーメンは最強だけど、あれは食べるのに器と席が必要だものね」

「そう! もっとこう、片手でガシッと持てて、大口を開けてパクッといけて、しかも『肉の暴力』で脳髄まで幸せになれるヤツ!」


 そこで、前世の社畜の記憶がピカァッ! と閃いた。


 ふかふかの丸いパン。

 肉汁たっぷりの分厚いパティ。

 シャキシャキとした野菜。

 甘酸っぱくて濃いめのソース。

 そして、両手で顔を汚しながらかぶりつく背徳感。


「……ハンバーガーだわ」

「なにそれ、名前の響きだけでもう美味しそう」


 クロエの琥珀色の目がギラリと輝く。


 そう。

 次なる辺境の食革命(飯テロ兵器)は、ハンバーガーである。


 パンはある。肉もある。香味野菜も、ソースの材料も完璧に揃う。

 しかも辺境では最近、ラーメン用に肉を扱う機会が増えたので、最高のパティ用の『粗挽き肉』も準備しやすい。


 いける。

 これは絶対に人類が勝てないやつだ。


「クロエ」

「なに?」

「今日の昼は、辺境の食の歴史を変えるわよ」

「いいわね。そういうの大好きよ」


 そうして始まったのは、異世界初『特製・魔猪ハンバーガー』の開発である。


 ほんのり甘くてふんわりした丸パン(バンズ)は、厨房で焼きたてを用意。

 魔猪の極上の赤身と脂を絶妙な黄金比率で叩いて混ぜ、塩胡椒と香草で味を整え、肉々しい分厚いパティにする。

 そこへ、熱でトロリと溶ける濃厚なチーズっぽい乳製品、シャキシャキの瑞々しい葉物、特製の甘酸っぱいソース、そしてアクセントに酸味のあるピクルス風の野菜。


「これよ……ッ!」


 鉄板で焼き上がる肉の暴力的な香りに、厨房中の料理人たちがソワソワと落ち着きをなくし始める。


 ジュワァッ……と肉汁を限界まで閉じ込めたパティをパンで挟み、軽く上から押さえた瞬間のビジュアルが、もう強すぎる。

 強いというか、理性をぶっ飛ばして直接胃袋を殴ってくる。


 クロエがゴクリ、と大きな音を立てて唾を呑んだ。


「ルシアナ」

「なに?」

「これ、屋台で売ったら絶対に死人が出るわ」

「えっ」

「美味しすぎて、暴動が起きる」

「そっちか」


 よかった。物理的な毒の話じゃなくて。


 そしてちょうどその頃。

 聞き慣れた重い足音とともに、クライヴ様が厨房へ姿を見せた。


 最近の彼は本当にわかりやすい。

 私が厨房で新しい料理(飯テロ)の匂いをさせると、高確率で吸い寄せられるように現れるのだ。完全に餌付けが完了している。


「……また何か、美味そうなものを作っているな」


 低い声とともに現れたその姿は、今日も当然のように圧倒的に顔が良かった。

 漆黒の軍服に外套。長身。黄金の瞳。顔がいい。いつ見ても本当に顔がいい。毎日見ても視力が上がる。


「はい! 今日は『ハンバーガー』です!」

「はんばーがー」

「悪魔的に美味しいです!」

「その説明、最近どんどん雑になっていないか」

「でも一ミリも間違ってません!」


 クライヴ様は「やれやれ」と小さく息を吐きつつ、焼き台の上を興味深そうに覗き込んだ。


「肉の塊を、パンで直接挟むのか」

「そうです!」

「豪快ねぇ」

 クロエが横からニヤニヤと頷く。

「しかもルシアナの料理だから、どうせ見た目以上にヤバい中毒性があるわよ。覚悟しなさいな」

「その言い方だと、私がやばい違法な薬でも混ぜてるみたいじゃない!」

「辺境の『食の魔女』って感じでしょ」

「女神からついに魔女へジョブチェンジしたか」

「称号を増やしすぎると本人が本気で泣くぞ」


 後半のツッコミはクライヴ様だった。

 うん、本当にその通りである。旦那様はよくわかっていらっしゃる。


 私は出来たての最高傑作を一つ、木皿へ載せて差し出した。


「まずは旦那様、どうぞ!」


 クライヴ様はそれを受け取り、しばしマジマジと眺めた後、両手で持って静かに大きく口を開けてかぶりついた。


 次の瞬間。


「…………」

「どうですか!?」


 私はワクワクしながら身を乗り出す。

 クライヴ様はゆっくりと咀嚼し、やがて目をトロンと細めた。


「……うまい」

「でしょう!!」

「肉の旨味が強烈だな。だが、野菜とソースの酸味があるから決して重すぎない。パンとの相性も完璧だ」

「そうですそうです!」

「器が不要で、持ち運びもしやすい。片手で食える」

「屋台向きでしょ?」

「……たしかに、これは確実に流行る(暴動が起きる)な」


 その評価に、私はガッツポーズで拳を握った。

 勝った。今日も勝った。


 クロエもすぐさま二つ目に手を伸ばし、大口でかぶりついた瞬間に目を見開いた。


「うっっっっわ」

「どう?」

「これ、危険」

「また?」

「手が止まらないヤツよこれ。しかも食べ歩きできるの、商売の観点から見ても強すぎるわ」


 異世界の限界オタク令嬢と、天才魔導具オタク侯爵令嬢、完全に意見一致である。


 ◇ ◇ ◇


 そして、試食会はそのまま『街の広場』へ場所を移すことになった。


 新しい食べ物は、やっぱり大衆の素直な反応を直接見たい。それが私の方針だ。

 というわけで、昼前の辺境の中心街。


 いつもの広場の一角へ簡易屋台を設置し、焼き台を据え、大量の焼きたてパンとパティを準備する。

 ラーメンの時とはまた違う、肉の脂が焦げる暴力的な香ばしい匂いが通りへ流れ始めた瞬間――。


「何だ何だ!?」

「また奥様が何かヤバいものを始めたぞ!」

「今日は汁物じゃないな!」

「肉の匂いがすげえ! 腹が鳴る!」


 案の定、人がワラワラと集まってきた。

 辺境領民、嗅覚と反応が早すぎる。そして食に対して素直だ。


 私はニコニコしながら、最初の客の青年へ熱々のハンバーガーを差し出した。


「どうぞ!」

「か、かぶりついていいんですか?」

「いいです! むしろ大口で思いっきりかぶりついてください!」

「変な食べ方だな!?」


 でも、半信半疑でパクリとかぶりついた青年が、次の瞬間に眼球がこぼれ落ちそうなほど目を見開いたのを見て、私は完全勝利を確信した。


「うっっっっま!?!?」

「でしょう!」

「肉汁ヤバッ! パンもふわふわ! なんだこれ!」

「ソースの酸味がズルい! 止まらん!」

「奥様、俺にももう一個ください!!」


 早い。反応が良すぎる。

 周囲でも次々と注文が入り始め、あっという間に暴動一歩手前の大行列ができた。


「奥様、こっち三つ!」

「うちにも二つ!」

「子ども用に一個、酸味少なめでできます!?」

「できますよー!」


 屋台は超絶順調に回る。

 クロエは横で、販売動線と容器の持ちやすさをブツブツ言いながら観察している。完全に事業化目線である。


「手や服が汚れないように、油を弾く紙みたいな包みが絶対に欲しいわね」

「わかる」

「片手で持てるのが最大の強みだもの」

「あと、具材の追加カスタム(チーズ増しとか)もできるかも」

「やめなさい、また仕事が広がるから」


 でも絶対に広がる。オタクのサガだ。


 そんなふうにお祭り騒ぎで賑わっていた、その時だった。


「――ほう」


 ふいに、聞き覚えのない声がした。


 低いが軽やかで、どこか面白がるような、余裕のある響き。

 振り向くと、そこには一人の男が立っていた。


 年の頃は二十代半ばから後半くらい。

 艶のある美しい金髪を無造作に後ろへ流し、旅装といっても明らかに質のいい外套をサラリと着こなしている。

 目元は涼やかで、笑うと少しだけ人を食ったように見える、宝石のような青灰色の瞳。


 派手だ。

 そして、妙に華がある。オーラが一般人のそれではない。


(……ただの一般旅人ではないわね)


 第一印象でそう思った。

 タダ者じゃない。でも、王都の腐った貴族みたいな嫌な感じはしない。むしろ、すごく場慣れしていて、どこか“すべてを上から見ている側”の目をしている。


 男は屋台のハンバーガーを見て、次に私を見た。


「君が、この素晴らしい食べ物の考案者かな?」

「はい。ルシアナと申します」


 私がそう答えると、男はニッコリと人好きのする笑みを浮かべた。


「僕はユリ。しがないただの旅人だ」

「しがない旅人にしては、顔面偏差値が高すぎません?」


 思わず限界オタクの素直な本音が出た。

 クロエが横で吹き出す。


 男――ユリと名乗った旅人は、楽しそうに片眉を上げた。


「面白いことを言うね」

「よく言われます」

「自覚ありか」


 すると、隣でクライヴ様がほんの少しだけ、いや、明確に空気を『絶対零度』に冷やした。


 あっ。

 今、ちょっとどころじゃなく警戒値(独占欲)が爆上がりした。


 クライヴ様は私のすぐ後ろへごく自然に立ち、見せつけるように私の腰に手を回して、旅人を静かに睨み下ろした。


「……食うなら金を払え」

「もちろん」


 旅人は肩をすくめる。


「美しい奥様の見物料まで取られたら困るが、食べる分は払うさ」


 そう言って銀貨を指で弾く仕草が、やけに洗練されていて絵になっていた。

 いや、本当に何者なの、このイケメン。


 私は出来たてを一つ差し出す。


「どうぞ」

「ありがとう」


 旅人は受け取ると、迷いなく大口でかぶりついた。

 そして。


「……へえ」


 声のトーンが変わった。

 さっきまでの飄々とした軽さが少し薄れ、代わりに本物の驚きと感嘆が滲む。


「これは、確かにすごい」


 彼はもう一口食べ、今度は完全に『上に立つ者』の分析する目になった。


「肉の強烈な旨味を軸にしつつ、パンでしっかりと受け止め、ソースで絶妙にまとめている。しかも持ち運びを前提に設計されている。……単なる思いつきの料理じゃないね、これ」

「ありがとうございます」


 私は少しだけドヤ顔で胸を張った。

 ちゃんと見てくれる人だ。しかも、ただ“美味しい”で終わらない。構造と商業的価値まで見抜いている。


 旅人は最後まで綺麗に食べきると、フッ……と妖しく笑った。


「君、価値が高すぎる」

「はい?」

「こんな辺境に置いておくの、もったいないくらいにね」


 その瞬間。

 背後の温度が、マイナス三十度までスッ……と下がった。


 私は即座に理解する。

 あっ、特大の地雷を踏み抜いた。


 クライヴ様の気配が、さっきより数段階冷たく、そして鋭い殺気を帯びていた。

 表情は変わらない。変わらないけど、長年推しを見てきた私にはわかる。これは明確に『今すぐコイツを氷漬けにして粉砕したい』というヤバい顔だ。


「ユリ、さんでしたっけ」


 私は慌てて口を挟む。


「辺境はとても良いところですよ? 温泉もあるし!」

「見ればわかる」


 旅人は楽しそうに言った。


「だから不思議なんだ。どうしてこんな面白いものが、急にここでいくつも生まれ始めたのか」


 青灰色の瞳が、真っ直ぐに私を射抜く。


「温泉、こたつ、全自動洗濯機、ラーメン、そして今のこれ。……全部、君が絡んでるんだろう?」

「えっ」

「噂くらいは集めるさ。旅人だからね」


 絶対“しがない旅人”ではない。

 断言できる。情報網が国家情報局レベルだ。


 だが、クライヴ様の方はさらに確信を深めたらしい。

 ひどく静かな、地を這うような声で凄む。


「……名乗れ」


 空気が変わった。

 屋台前の喧騒が、サッ……と潮が引くように遠のいたような気がした。

 クロエも目を細め、旅人の手元や立ち姿を真剣に観察している。


 旅人は数秒、沈黙した。

 それから、フッ……と口元を緩める。


「いやだな。辺境伯は鋭すぎる」


 その言葉に、私の背筋へゾワリと何かが走った。

 『辺境伯』と知っている。つまり、最初からただの旅人ではない。明確にクライヴ様を認識している。


 次の瞬間、男は外套の留め具へ手をかけた。

 カチリ、と一つ外し、サラリと布を払う。


 その下から現れたのは、旅装に見せかけた極上の仕立ての服。

 胸元の意匠。腰の剣。指に嵌められた高貴な印章。

 どれもが、“ただ者ではない”を通り越して『王族』のそれだった。


「改めて」


 男は優雅に、芝居がかった動作で一礼する。


「ユリウス・アスカニオ。隣国ヴァルディア帝国の『皇帝』だ」

「……………………」


 私は数秒、完全に思考が停止した。


「……はい?」

「やっぱりね」


 クロエが小さく呟く。


「皇帝ェェェェ!?」


 私は今さら盛大に叫んだ。


「しがない旅人じゃないじゃないですか!」

「嘘は言ってないよ。今日は旅人としてお忍びで来たからね」

「だいぶ特大の嘘です!!」


 周囲の領民たちもざわめき始めた。


「皇帝!?」

「隣国のトップが!?」

「えっ、なんでそんなお偉いさんがこんな屋台でハンバーガー食べてんの!?」


 そりゃそうだ。

 隣国の皇帝がお忍びで辺境の屋台に来て立ち食いしてるとか、意味がわからない。


 だがユリウスと名乗った男――いや、皇帝は、そんな騒ぎも面白そうに眺めているだけだった。


「少し見に来たんだよ。最近、辺境があまりにも面白そうだったから」

「面白そうで来る距離じゃなくないですか」

「それはそうだね」


 認めるんだ。フットワーク軽すぎるだろ。


 一方のクライヴ様は、まったく動じていなかった。


「……隣国皇帝自ら、何の用だ」

「旧友に挨拶も兼ねてね」


 ユリウスがニヤリと悪戯っぽく笑う。旧友? 知り合いなの?


「それと、君の噂の奥方を見てみたくてね」


 その瞬間、クライヴ様の殺気がさらに冷えた。

 はい、これは非常にマズい。


 私は慌ててユリウス様――いや、この人“様”ってつけると絶対調子に乗りそうだな、と一瞬思いつつも、二人の間に入ろうとした。


 だが、ユリウスの方が早かった。

 彼はパチンッと指を鳴らし、愉快そうに言う。


「いやぁ、実物は予想以上だ。料理も発想も完全に規格外。加えて見た目もいい。……辺境に置いておくには、本当に惜しいね」


 青灰色の瞳が、真っ直ぐ私を捉える。


「どうだい、ルシアナ」

「はい?」

「僕の国(帝国)へ来ないか?」


 場が、水を打ったように静まり返った。


「……えっ」


「帝国は優秀な人材を常に歓迎する。君みたいな面白い才能なら、望むだけの設備も職人も莫大な資金も用意しよう」


 ユリウスはひどく軽やかに、甘い声で続ける。


「堅物の辺境伯の隣も悪くないだろうけど……皇帝の隣という選択肢もあるよ?」


 思考が止まる。

 えっ。これ、もしかしなくても。


(スカウト……いや、口説かれてる……?)


 いや、待って。

 隣国の皇帝に? 屋台の前で? ハンバーガーの匂いが充満してる中で?

 情報量が多すぎる。


 クロエは横で「うわぁ、修羅場修羅場」と面白がっているし、レオンハルト団長はすでに剣の柄に手をかけて一歩前へ出ようとしているし、領民たちは息を呑んで見守っている。


 そして何より。

 私のすぐ背後にいるクライヴ様が、一ミリも笑っていなかった。


 笑っていないどころか、あまりにも静かすぎた。

 絶対零度の魔力が、空気をビリビリと震わせ始めている。


 私はゴクリと唾を呑む。

 だめだ。この空気、絶対にこのままでは済まない。街が氷河期になってしまう。


 けれど、ユリウスはそんなことお構いなしに、さらに挑発的で愉快そうに口を開く。


「どうだい? 少なくとも、僕の隣なら退屈はさせないよ?」


 ……ああ、これは。

 次回、絶対に辺境伯様がブチギレてとんでもないことになるやつだ。



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