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第23話 共同開発『全自動洗濯機』

「ねえ、ルシアナ」


 翌朝。

 クロエがバターたっぷりのパンを齧りながら、琥珀色の目をギラギラと輝かせて言った。


「『洗濯』って、もっと魔法と機構で楽にできないかしら?」


 私は、手にしていたスープスプーンをピタリと止めた。

 食堂の空気も、少しだけ止まった。


 向かいではクライヴ様が「また始まったか」と静かに目を細め、背後ではレオンハルト団長が「今日は何が爆誕するのか」という顔でこめかみを押さえている。


 うん。わかる。

 私も今、完全に同じ気持ちだから。


「……どうして急に?」


 私が慎重に聞き返すと、クロエは「当然でしょう」という顔で肩をすくめた。


「だって今朝、裏庭で見ちゃったのよ。侍女さんたちが、あの氷みたいに冷たい水で大量のシーツを洗ってるところをね」


 その言葉に、私はハッとした。

 辺境伯邸の洗濯事情。たしかに、ちゃんと見たことはなかった。


 館の中は私の【浄化】チートで劇的に快適になっている。食事も改善した。こたつもある。温泉も見つけた。

 でも、その日々の快適な生活を裏で支えてくれている人たちの『労働環境』まで、私はちゃんと目を向けられていただろうか。


 ……答えは、たぶん「まだ」だ。


 クロエはパンを置き、グイッと身を乗り出した。


「辺境の厳しい冬に水仕事って、ほんっとうに地獄なのよ。王都の屋敷でも見てたけど、皆、手を真っ赤にしてひび割れさせてさ。しかもあの量! 辺境伯邸、無駄に広いから洗うものめちゃくちゃ多いでしょ?」

「無駄に、とは何だ」


 クライヴ様が低く凄む。

 だが、限界魔導具オタクのクロエは一ミリも怯まなかった。


「事実でしょ。でもその“無駄に広い館”を維持するの、とんでもなく大変なのよ。シーツ、テーブルクロス、カーテン、騎士団の泥だらけの訓練着、厨房の布巾、冬物のぶ厚い服まで。あれを全部人力で洗って絞って回してるの、狂気の沙汰よ」


 たしかに。

 私の前世でも、冬場に洗濯機が壊れた時の絶望感と手洗いのしんどさはトラウマレベルだった。

 それが、館単位。しかも異世界の冬。しかも騎士団の汚れ物付き。控えめに言って地獄だ。


 私はジワリと眉を寄せた。


「……見に行こう」

「そうこなくっちゃ!」


 クロエがニヤリと悪い顔で笑う。

 一方でクライヴ様は、特大の嫌な予感を隠しもせずに聞いた。


「ルシアナ」

「はい」

「今の顔は、また何かとんでもないものを『作る顔』だな」

「まだ何も決めてません!」

「だが、確実に作る気ではあるんだな」

「大いにあります!」


 即答だった。


 レオンハルト団長が深く、深ーく目を閉じた。

 でも仕方ない。洗濯は生活の基盤だ。生活環境の改善は、辺境伯夫人としての最重要任務である。


「クライヴ様、少し裏庭を見てきてもいいですか?」

「俺も行く」

「はい、いつもの過保護ですね。把握しました」

「何か問題があるか」

「最近もう、確認するだけ無駄な気がしてきました」


 ◇ ◇ ◇


 というわけで、朝食後、私たちはそのまま裏庭の洗い場へ向かった。


 石畳の先に設けられた、屋根付きの広い洗濯場。

 そこへ足を踏み入れた瞬間、私は思わず身震いして眉をひそめた。


 冷たい。

 空気そのものが、水気を含んで刺すように冷たい。

 巨大な木桶がいくつも並び、侍女たちが腕まくりをして大量の洗濯物を洗っている。石鹸代わりの洗浄液を使い、こすって、すすいで、全体重をかけて絞って、またこすって。


 その手は、見ているだけで痛々しかった。

 真っ赤に腫れ上がった指先。乾燥してあかぎれだらけの手の甲。冬の過酷な水仕事でボロボロに荒れた肌。


 私は足を止める。


「……これは、ひどい」


 思わず漏れた声に、洗濯をしていた年配の侍女長が慌てて振り向いた。


「お、奥様!? それに閣下まで、どうしてこのような汚い場所へ……!」

「ごめんなさい、作業の邪魔をするつもりはなかったの。ただ、少し見せていただきたくて」


 私がそう言うと、侍女たちは恐縮したように頭を下げる。


「いえ、とんでもございません」

「いつものことでございますし……」

「冬場は特に、お水が氷のように冷たくて、少し骨が折れますが」


 そう言って、若い侍女が無理に笑ってみせた。笑うしかない、という諦めの顔だった。


 私はそっと近づき、彼女の手を両手で包み込んだ。

 やっぱり氷のように冷たい。しかも、指の節々がパックリと割れている。


「痛みませんか」

「だ、大丈夫です。慣れておりますので」

「大丈夫じゃありませんね?」


 私がド真顔で言うと、侍女はちょっとだけ泣きそうな顔で笑った。


 だめだ。これはだめ。

 前世の社畜OL時代、“便利家電の偉大さ”には何度も命を救われてきた。

 そして今、そのありがたみを全力で異世界へ輸入すべき時が来たらしい。


 隣を見ると、クロエが完全に私と同じ『オタク特有の決意の顔』をしていた。


「ルシアナ」

「うん」

「作るわよね?」

「絶対に作る」

「よし」


 意見が完全に一致した。


 一方でクライヴ様は静かに周囲を見回し、それからポツリと言った。


「人手を増やせば済む話ではないのか」


 その問いは、ある意味では領主として正しい。労働力を増やせば、一人当たりの負担は減る。

 けれど私は首を振った。


「一時的にはそうかもしれません。でも、根本的な解決にはなりません」

「根本」

「はい。洗濯という作業そのものが、過酷な重労働なんです。なら、労働そのものを減らす『自動化の仕組み』を作った方が絶対に早いですし、幸せです」


 クロエがパァッ! と目を輝かせた。


「そう、それよ! 人手を増やすんじゃなくて、魔導機構で完全に置き換えるの!」


 その目だ。

 その目はもう完全に“新しい魔導具の構造を思いついて脳汁がドバドバ出てる限界オタク”の目だ。


「ルシアナ、どういう形が理想?」

「まずは“洗う”と“すすぐ”と“脱水”を一つの樽の中で完結させるのが基本かな……」

「だっすい?」

「遠心力で水分を強制的に吹き飛ばす工程よ。これがあると、冬でも干して乾く速度が段違いなの」

「遠心力! 最高じゃない!!」


 クロエの目がさらにギラギラと輝く。

 私はもう、止まらなかった。


「人力で揉み洗いするんじゃなくて、回転する容器の中で水をグルグル激しく回せば、水流の力で布同士をぶつけながら汚れを落とせるはずなの」

「回転……!」

「うん。前世むかし読んだ本で言うなら、『モーター』……いや、魔石の動力核で中心の軸を回す感じ」

「軸を!!」

「そこへ水魔法で一定量の水を供給して、風魔法か回転魔法で中を激しく攪拌して……!」

「待って、待って待って、いける!!」


 クロエがガシッ! と私の両手を掴んできた。


「いけるわ、それ! 水流制御と回転機構を別々の魔力回路で組めば、魔力のロスも少ない!」

「でしょ!?」

「しかも脱水は、最後に一番高速で回転させればいいのね! 外側へ水を飛ばす二重構造にして、そのまま排水路へ流せば――ッ!」

「天才!!」

「それはこっちの台詞よ!!」


 完全にクリエイターのスイッチが入った。

 周囲でポカンとしている侍女たちと、完全に置いてけぼりを食らっているクライヴ様などお構いなしに、私とクロエはその場の木箱に指で猛烈な勢いで構造図を描き始めた。


「ここが布を入れる内桶!」

「こっちが水を溜める外枠!」

「回転軸は中央の底!」

「いや、高速回転時の偏り防止のために、底と上の二点支持にしましょう!」

「なるほど天才か!?」

「蓋も絶対必要! でないと脱水時に水が部屋中に飛び散るわ!」

「安全性大事!!」


 背後で、レオンハルト団長が胃を押さえながら低く言う。


「……始まりましたね」

「始まったな」


 クライヴ様が深く同意する。

 その会話だけで、なんとなく空気が察せられる。最近の辺境伯邸では、私とクロエがこういう顔をし始めると、確実に“歴史を変える何か”が生まれるのだ。


 ◇ ◇ ◇


 そして、その日の午後には。

 辺境伯邸の中庭に、大工、鍛冶職人、魔道具職人、侍女代表、さらに好奇心旺盛な非番の騎士たちまで集めた『緊急・第一回 全自動洗濯機開発会議』が開かれていた。


「ええと、まず今回我々が作るのは――」


 私は黒板代わりの大きな木板に簡易図を描く。


「『全自動洗濯機』です!」

「ぜんじどう……?」

「洗濯の過酷な一連の作業を、スイッチ一つでまとめて機械がやってくれる夢の魔導具です!」

「まとめて、ですか!?」


 年配の大工が目を丸くする。


「はい! 人が一番体力を使うのは、洗って、すすいで、全身全霊で絞る工程です。そこを魔道具化して自動で回します!」


 クロエがすかさずドヤ顔で補足する。


「要は、“勝手に回る魔法の洗濯樽”よ。樽の内側を魔力で高速回転させて、強力な水流で布を洗うの」

「回る樽……」

「最後は超高速で回して、水分を遠心力で吹き飛ばすの!」

「超高速で……!?」

「飛ぶわよ!」

「飛ばすんです!」


 職人たちの目が、だんだん本気ガチになっていく。

 わかる。最初は意味不明だ。でも、理屈が見え始めると猛烈に面白くなる。ものづくりってそういうものだ。


「問題は動力だな」

 鍛冶職人が腕を組む。

「手回しにするなら、結局人が疲れるから意味がない」

「そこは私の魔石回路の出番よ!」


 クロエが得意げに胸を張った。


「低出力でも長時間安定して回せる保温用魔石を応用するわ。回転用の変換陣を噛ませて、速度を『二段階切り替え』にする」

「二段階?」

「ゆっくり回す『洗い用』と、超高速で回す『脱水用』!」

「おおお……ッ!」


 周囲の空気が、一気に熱を帯びた。

 大工は樽の材質と水漏れ防止の補強を考え始め、鍛冶職人はブレない回転軸と金具の設計に入り、魔道具職人はクロエと共に魔法回路の描き起こしを始める。


 私はその真ん中で、前世の記憶を必死に掘り返した。

 斜めドラム式ほど複雑な構造は無理でも、縦型の簡易回転式ならいける。汚れを落とすには水流の攪拌。水替えを楽にするには底の排水路。最後に遠心脱水。

 最低限それが実現できれば、この世界の家事労働に革命が起きる。


 そして、異世界のものづくりオタクたちが本気を出した結果。

 日が暮れる頃には、なんと『試作一号機』ができあがっていた。


 丸くて巨大な木製の樽。

 それを支える頑丈な外枠。

 中に仕込まれた、穴の開いた回転する内桶。

 側面には魔石を組み込んだ制御盤。

 見た目はちょっとごつい。だが、無骨な機能美がある。


「できた……!」


 私は思わず息を呑んだ。

 クロエも徹夜明けとは思えないほど頬を紅潮させている。


「ヤバい、楽しすぎる……」

「わかる……脳汁出る……」


 クライヴ様が、やや呆れた、しかし感心したような顔で機械を見上げた。


「これで、本当に洗えるのか」

「試しましょう!」


 私は自信満々に答えた。

 洗濯物として、あらかじめ泥と油で汚しておいた布を大量に用意する。洗浄液を入れる。水を注ぐ。飛び散り防止の蓋をしっかりと閉める。


「では、起動します!」


 クロエが制御盤へ魔力を流し込んだ。


 ゴゴゴゴゴッ、と低いモーター音のような地鳴りが鳴る。

 樽が震える。中の内桶が、ゆっくりと回り始めた。


「おお……っ」

「回ってる……」

「本当に勝手に回ってるぞ……!」


 見守る侍女たちの顔に、驚きが広がる。

 最初はゆっくり。やがて一定速度に達すると、中で水が渦を巻き、布がぶつかり合ってバシャバシャと激しく洗われていく音が聞こえてきた。


「いい感じ!」

「水流、安定してるわ!」


 クロエが興奮気味に叫ぶ。私も力強く拳を握る。


「このまま数分! その後、一回排水して、新しい水ですすぎです!」


 排水口の栓を開けると、泥で真っ黒に濁った水がザバァッ! と勢いよく流れ出る。

 そこへ新しい水を注ぎ、再度回転。


 そして最後に。


「本命の脱水いきます!」


 クロエがギラギラと目を輝かせる。


「速度切り替え、二段階目フルパワー!!」

「木枠壊れません!?」

「たぶん大丈夫!」

「たぶん!?」


 でも、もうここまで来たら行くしかない。

 クロエが魔力を全開で流し込む。

 次の瞬間。


 ギュイィィィィンッ!! と樽が凄まじい音で唸った。


「ひゃっ」

「おおおっ!?」

「回る回る回る! すげえ速さだ!」


 内桶が超高速回転し、遠心力で布から水が吹き飛ばされ、側面の排水口から一気にドバババッ! と流れ出る。

 木枠がガタガタと激しく揺れたが、鍛冶職人たちの補強が効いているのか、崩壊はしない。


 そして、停止。

 静寂。


 私はごくりと唾を呑み、蓋を開けた。


「……どうでしょう」


 中から布を取り出す。

 泥と油の汚れは、見事に綺麗に落ちていた。

 しかも、ビシャビシャではない。手で触れた瞬間、明らかに水分量が少なく、少し干せばすぐ乾く状態になっているとわかる。


「すごい……!」

「軽い!」

「私たちが全身の力で絞った後みたい……いや、それ以上です!」


 侍女たちが一斉に歓声を上げた。

 年配の侍女長が、震える手でその布を受け取る。


「こ、これを……本当に、あの冷たい水に触れずに、機械が全部……?」

「はい!」

「しかも、手で絞らなくても……?」

「全部自動でできます!」

「……ッ」


 侍女長の目に、ジワッ……と大粒の涙が浮かんだ。

 私はギョッとする。


「えっ、あの、どこか不具合が!?」

「ち、違います……っ」


 侍女長は綺麗になった布を胸へ抱きしめ、ポロポロと涙をこぼした。


「長く、長くこの館で働いてまいりましたが……こんなに水仕事が楽になる日が来るとは……夢にも思いませんでした……っ」

「奥様……!」

「クロエ様も……本当に、ありがとうございます……!」


 周囲の侍女たちの目にも、うっすらと感謝の涙が滲んでいる。

 若い侍女の一人が、赤くひび割れた手の甲をこっそり拭った。


「冬の洗濯、本当に毎日泣きたいくらい辛かったんです……」

「指が割れて血が出ても、休めなくて……」

「でも、これがあれば……私たち、もう凍えなくて済むんですね……」


 その優しい空気に、私は胸の奥がジンと熱くなるのを感じた。

 前世で当たり前だった便利さ。それを持ち込んだだけかもしれない。

 でも、この世界では、その少しの便利さが、ちゃんと『人を救う奇跡』になるのだ。


 クロエが隣で誇らしげに鼻を鳴らす。


「でしょう? 言ったでしょ、過酷な労働は魔導機構で置き換えればいいって」

「うん」

「私たち、控えめに言って天才ね」

「かもしれないじゃなくて、たぶんそう」


 すると、後ろから低い声が落ちた。


「“かも”ではないな」


 振り返ると、クライヴ様がこちらを見ていた。

 黄金の瞳はいつになく穏やかで、でもハッキリとした熱と誇りを宿している。


「お前たちは、間違いなくこの領地の『宝』だ」

「ッ……」


 不意打ちでそういうド直球の殺し文句を言うの、本当にやめてほしい。心臓がもたない。


 しかもレオンハルト団長が、珍しく深く頷いた。


「同感です」

「レオンハルト様まで!?」

「この洗濯機があれば、騎士団の膨大な量の洗い物も大幅に軽減されます。訓練後の衣類管理や衛生面も劇的に改善できる」

「うわ、ゴリゴリの実務目線」

「重要です」


 それはそう。

 職人たちもすっかり上機嫌で盛り上がっていた。


「これならもっと大きい型も作れますな!」

「騎士団用に超大型の特化機があってもいい!」

「『二槽式』にしたら、洗いと脱水を並行して回せるかもしれんぞ!」

「面白いじゃない!!」


 クロエのオタク魂がすぐ食いつく。


「二槽式! いいわね! 効率厨の私好みよ! すぐ設計図引くからやりましょう!」

「えっ、待ってクロエ、今試作一号機ができたばかりで」

「だからこそすぐに改良型の二号機よ! 止まってる暇はないわ!」


 うん。この子、本当にブレなくて好きだ。


 ◇ ◇ ◇


 その後、試作一号機は侍女たちの意見を反映しながら微調整され、辺境伯邸の正式設備として採用された。

 さらに数日後には、街の共同洗濯場へもクロエ特製の改良型が導入されることになる。


 その結果――。


「ルシアナ様ァァァーッ!」

「クロエ様ァァァーッ!」

「本当に、本当にありがとうございます……ッ!」


 街の共同洗濯場の前で、領民の主婦たちが号泣しながら私たちの手を握りしめてきた。


「重い洗濯板を抱えて、凍るような川まで行かなくてよくなったんです!」

「冬の水仕事で手が裂けることも減って……!」

「浮いた時間で、子どもと過ごす時間が増えました!」


 あちこちから拝むような感謝の声が飛ぶ。

 私は少し照れながら笑った。


「いえ、そんな……」

「私たちはただ、自分たちが便利にしたかっただけで」

「それがありがたいんです!」

「奥様とクロエ様は、我々を救ってくださった『辺境の二大女神』です!!」


 その単語に、私はピシッと石化して固まった。


「待ってください」

「え?」

「今、なんて」

「我らが辺境の二大女神!!」

「やめてください!!」


 全力で否定した。だが遅い。


「二大女神様、ばんざーい!!」

「ばんざーい!!」

「洗濯の奇跡だ!!」


 周囲の主婦たちが狂喜乱舞で盛り上がり始める。

 やめて。またルシアナ像みたいに変な称号と宗教が増える。しかも今度は親友のクロエまで巻き込んでいるから、余計に勢いが止まらない。


 隣のクロエはというと、満更でもなさそうにドヤ顔をしていた。


「悪くないわね、二大女神。響きがカッコいいわ」

「悪いよ! すごく恥ずかしいよ!」

「でも歴史に名が残るかもしれないじゃない」

「残したくないの!」


 私が半泣きで抗議していると、少し離れた場所でクライヴ様が腕を組んだままこちらを見ていた。

 その隣にはレオンハルト。


「……閣下」

「なんだ」

「奥様の周囲だけ、また妙な熱狂と新興宗教が生まれておりますが」

「ああ」

「放置でよろしいので?」

「構わん」

「……それでいいんですか」

「本人が困っている時は助けるが」

「今も激しく困っておられるように見えますが」

「少し面白いから見てる」


 ひどい。

 いや、でも、ほんの少し意地悪に笑っているその横顔が綺麗すぎて、私は何も言い返せなかった。


 こうして、辺境では『洗濯革命』が起きた。

 水魔法と風魔法、魔石回路と前世知識。私とクロエの共同開発によって生まれた全自動洗濯機は、領地の暮らしをまた一つ、大きく豊かに変えてしまったのだ。


 ◇ ◇ ◇


 そしてその夜。

 居間のこたつで、クロエが満足げにお茶をすすりながら言った。


「やっぱり辺境、最高ね」

「でしょう?」

「次は何作る?」

「次……」

「お前たち、まだやるのか」


 クライヴ様が低く呆れたように呟く。


「当然でしょ」


 クロエが即答した。


「ルシアナの知識があって、私の技術があって、魔石も優秀な職人も揃ってるのよ? やらない理由がないわ」

「ものすごく正論」


 私は思わず深く頷いた。

 そして、その瞬間。


 私の限界オタク脳内に、次の発明の形がパッ! と浮かんだ。

 もっと大きくて、もっと便利で、もっと領地全体を劇的に変えられるもの。


「……ねえ、クロエ」

「なに?」

「乗り物って、もっと魔法で速く、楽にできないかな?」

「乗り物?」

「遠くまで、大量の荷物や人を、早く運べるような……たとえば『魔力で動く車』とか……」

「……最高に面白いじゃない!!」


 クロエの目が、再びギラリと夜叉のように光った。

 クライヴ様は深くこめかみを押さえた。

 レオンハルト団長は、先回りするように無言で特効の胃薬を飲んだ。


 どうやら辺境のチート発展は、まだまだ止まりそうにない。



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