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第19話 伝説の神獣フェンリル『シロ』襲来

 辺境が、完全に『ラーメン』に染まりつつあった。

 これは比喩ではない。


 街へ出れば、あちこちの屋台から魔猪の骨と香味野菜を煮込む強烈な匂いが漂い、騎士団の宿舎では「昨日の店の方が麺のコシが良かった」「いや、あそこの白濁具合こそ至高だ」と、軍議よりも真剣な顔で本気の議論が交わされている。

 食堂でも居間でも、誰かしらが「次は塩か」「味噌風も絶対に美味い」とブツブツ言っていた。


 恐ろしい。

 前世の社畜のソウルフードであるラーメンの感染力、異世界でも恐ろしい。


 そして、その中心で私は今――厨房の特大鍋を前に、鬼気迫る真剣な顔をしていた。


「今日のスープは、前回よりさらに『特濃』でいきます」


 私が宣言すると、周囲の料理人たちがピシッと背筋を伸ばす。


「骨は昨日から魔道具(時間短縮魔法)で下茹で済みです!」

「香味野菜も完璧に仕込んであります!」

「にんにくは通常の『三倍量』を確保しました!!」


 素晴らしい。

 辺境伯邸の厨房、完全に『ラーメン工房・ルシアナ本店』になってきている。


 なぜ私が朝からこんなにもガチなのかというと、今日は騎士団の過酷な訓練後に振る舞う“大鍋ラーメンの日”だからである。

 寒い日の地獄の訓練後、汗をかいて極限まで腹を空かせた騎士たちに、熱々の特濃にんにくスープを胃袋へダイレクトに叩き込む。

 これはもう福利厚生であり士気向上であり、実質的な『辺境軍事力の底上げ』と言っても過言ではない。

 そう、ラーメンは人類の正義にして力だ。


「ルシアナ様」


 料理長がやや困った顔で尋ねてくる。


「本当に、にんにくをこれほど大量に入れるのですか?」

「入れます(即答)」

「午後の執務や鍛錬に支障(口臭的な意味で)が出ませんか?」

「出るかもしれません」

「出るんですね……」

「でも最高に美味しいので無問題です!」


 料理長は静かに目を閉じた。

 最近、この人も“美味ければ多少の問題は力技で押し切れる”という私の思想に染まりつつある。大変良い傾向だ。


 私はグツグツ煮える地獄の釜のような大鍋を覗き込み、うん、と満足げに頷いた。

 白濁スープは今日も上出来だ。魔猪の骨から引き出した暴力的な旨味に、香味野菜の甘み、にんにくの絶対的な魅力。これに自家製の細麺と、甘辛く炙った特製チャーシューを合わせれば、勝ちは揺るがない。


 だが、その時だった。


「……ん?」


 私はふと顔を上げた。

 厨房の外。いや、館のずっと外から、何か妙な音が聞こえた気がしたのだ。


 最初は強い風の音かと思った。けれど違う。何かがざわついている。人の声。悲鳴に近いざわめき。

 そしてどこか遠くで、地鳴りのような『獣の咆哮』が響いた。


「外が騒がしくないですか?」


 私が首を傾げると、料理人たちも耳を澄ませた。


「たしかに……」

「正門の方でしょうか」

「騎士団の訓練中に何かあったのか?」


 その時、バタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。

 バンッ! と厨房の扉が勢いよく開き、若い伝令の騎士が顔面蒼白で飛び込んでくる。


「ルシアナ様! 大変です!!」

「えっ?」


 私は目を丸くした。

 クライヴ様は今日は午前中、鍛錬場で騎士団の視察をしているはずだ。つまり、この騎士はそこから直接来たのだろう。


「何があったんですか?」

「魔の森の外縁に、超巨大な魔獣が! いえ、魔獣というか……伝承に聞く『神獣』というか……ッ!」


 騎士は極度の興奮と混乱で語彙力が完全に死滅していた。よほどとんでもないものが来ているらしい。


「落ち着いてください。順番に」


 私がそう声をかけた時だった。

 背後から、ひどく落ち着いた、けれど絶対零度の覇気を纏った低音が響く。


「……何が来た」


 振り返ると、そこにはクライヴ様がいた。

 鍛錬場からそのまま駆けつけたのだろう。漆黒の軍服の裾にうっすら土埃がついているが、それすら色気に変換されているから本当に私の心臓に悪い。


 騎士はピシッ! と姿勢を正した。


「はっ! 巨大な『狼型』の存在が、魔の森を抜けて街の外縁に現れました! 大きさは成獣のドラゴンに匹敵します! 通常の魔獣とは比較にならぬ圧倒的な魔力圧です!」


 狼型。しかも竜並みのサイズ。

 その単語に、私の限界オタク脳内で、前世のゲーム知識がピコーン! と繋がった。


(まさか)

 もしかして。もしかしなくても、それって。


「フェンリル……?」


 私が小さく呟くと、クライヴ様の目がわずかに細められた。


「ルシアナ、心当たりがあるのか」

「たぶん……伝説級の神獣です。魔の森の最奥に住んでいるって、公式設定資料集で……いえ、古い伝承で聞いたことが!」


 危ない危ない。うっかり“設定で”とオタク用語が漏れかけた。

 クライヴ様は短く息を吐く。


「なるほど。伝説の神獣か。だからあそこまで騒ぎになっているのか」

「閣下、いかがいたしますか!」


 騎士が悲壮な顔で問う。

 クライヴ様は一瞬も迷わなかった。


「俺が出る」


 低く落ちた声に、場の空気が極限まで引き締まる。


「ルシアナは館で大人しく――」

「私も行きます(即答)」


 クライヴ様がピタッと動きを止め、こちらを見る。

 黄金の瞳が、“また妻の突飛な行動が始まった”と言いたげにわずかに揺れた。


「駄目だ。危険すぎる」

「でも、相手がただの魔物じゃなくて狼型の神獣なら……たぶん、私の【浄化】チートが効く可能性があります!」

「可能性だけで連れて行ける相手ではない」

「でも、もし本当にフェンリルなら、下手に攻撃して刺激すると街が大変なことになります!」


 私は一歩前へ出た。


「クライヴ様お一人でも倒せると思います。でも、それで終わりとは限りません。神獣ならなおさら、話ができるなら対話から入りたいです!」

「……言葉の通じない巨大な狼に、話しかける気か」

「私が行けば、ワンチャンお腹見せて降伏してくれるかもしれません!」

「お前、最近の魔の森の連中を基準にするな」


 呆れ果てた声だった。

 でも、完全拒否ではない。私はその隙を見逃さなかった。


「一歩も離れません! ちゃんと旦那様の後ろに隠れてます! 何かあったらすぐ逃げます! だから連れて行ってください!」


 クライヴ様はしばらく私を見つめていたが、やがて「はぁ……」と小さく息を吐いた。


「……俺の腕の届く範囲から、絶対に出るな」

「はい!」

「俺の背中から離れるな」

「はいっ!」


 許可が出た瞬間、私は即座に厨房の火加減を料理長へ託し、防寒用の外套を羽織った。


「奥様! ラーメンは!?」


 料理長が半泣きで叫ぶ。


「スープは弱火維持で! 麺は伸びるので、帰ってから神速で仕上げます!」


 大事である。フェンリルも大事だが、ラーメンも大事だ。


 ◇ ◇ ◇


 そうして私たちは、騎士たちとともに街の外縁部へ急行した。

 魔の森の境界近くには、すでにかなりの人数が集まっていた。


 警戒する騎士団、街の見張り役、そして遠巻きに青ざめて震える領民たち。

 皆が、ある一点を絶望的な目で見つめている。


 その先。

 森の巨大な木々が、不自然に大きくバキバキと揺れていた。

 いや、揺れているのは木々ではない。木々の隙間を、何か『巨大な白い山』が動いているのだ。


 ヒュゥゥゥ、と冷たい突風が吹く。

 次の瞬間、巨木をへし折るようにかき分けて、その圧倒的な存在は姿を現した。


「…………」

「…………」


 場にいた全員が、呼吸を忘れて言葉を失った。


 大きい。

 とにかく、デカい。


 白銀の輝く毛並みを持つ巨大な狼――いや、狼というにはあまりにも神々しく、獣というには気配が深すぎる。

 肩の高さだけで、辺境伯邸の城門くらいある。尾はフサリと長く、氷みたいに冷たく透き通った蒼い瞳が、静かに我々を見下ろしていた。


 その一歩ごとに、ズシン、と地面が小さく地震のように震える。

 周囲の空気が極限まで張り詰め、熟練の騎士たちでさえ恐怖でゴクリと唾を呑んでいた。


「……フェンリル」


 レオンハルト団長が、額に冷や汗を浮かべて低く呟く。

 やはり、そうだ。ゲームの隠しルートの設定資料集にだけ出てきた、最強の伝説の神獣・フェンリル。


 しかも、めちゃくちゃデカい。大きいぬいぐるみを通り越して、完全に動く山である。


(うわぁ……本物の神獣だ……)


 怖い。怖いけど、同時にちょっとオタクとして感動してしまう。だって神獣だ。CGじゃない生フェンリルだ。


 一方で、クライヴ様は私を背後に隠し、一歩前へ出た。


「総員、俺の後ろへ下がれ」


 短い一言。

 騎士たちが安堵と共に即座に道を開ける。クライヴ様の周囲へ、絶対零度の恐ろしい冷気が集まり始めた。完全な戦闘(殺戮)態勢だ。


 だが、その時だった。


 ピクリ、と。

 フェンリルが、黒い鼻先を動かした。


 鋭い蒼の瞳が、殺気を放つクライヴ様ではなく――その背後にちょこんと隠れている『私』へ向く。


 えっ。

 次の瞬間。


 フンスッ、フンスンスッ。

 巨大な鼻先が、ものすごい勢いで空気を吸い込んだ。まるで、美味しい匂いを探し当てる犬みたいに。


「……ルシアナ」


 クライヴ様の声が、一段と低く、危険なものになる。


「さらに後ろへ下がれ」

「は、はいっ」


 私は慌てて数歩下がろうとした。

 けれど、フェンリルの蒼い視線はずっと私から一ミリも逸れない。


 どうしよう。やっぱり【浄化】の気配に惹かれた?

 それとも、まさか私の服に染み付いた『特濃にんにく豚骨ラーメン(チャーシューの匂い付き)』の匂い?

 待って、いくら神獣でも嗅覚バグりすぎじゃない?


 そんなことを考えている間にも、フェンリルはゆっくりと、こちらへ近づいてきた。

 一歩。また一歩。


 近づくたびに、その巨大さが絶望的な現実味を増す。

 牙もデカい。爪も丸太みたいに太い。もし襲われたら、私なんて一口サイズのスナック菓子で終わる。


 騎士たちの間に極度の緊張が走る。クライヴ様の魔力もさらに鋭く、冷たく研ぎ澄まされた。


 そして、距離がわずか十歩ほどになった、その瞬間。


 フェンリルは――。


「…………キャゥンッ♡」


 と、鳴いた。


「……………………はい?」


 私は目をパチクリとさせた。

 今、キャンって言った? あの山みたいにデカくて恐ろしい神獣が?


 しかも次の瞬間、その巨体がポンッ! と白い光に包まれる。


「なっ――!?」

「閣下!」

「攻撃が来ます! 警戒を!」


 騎士たちが悲鳴を上げる。

 だが、光が収まった後、そこにいたのは。


 さっきまでの『動く山』みたいな神獣ではなく。


 モフッ、とした、一匹の『白い大型犬』だった。


「…………」

「…………」


 再び、場が信じられないほどの静寂に包まれる。


 サイズは、せいぜい大型犬。いや、それでも私のお腹くらいまではあるのだが、さっきまでの竜級サイズに比べたら、ただの可愛いワンちゃんだ。

 毛並みは真っ白で、フワッフワのモッコモコ。耳はピンと立ち、口元はちょっとニパッと笑っているように見える。


 なんだろう。狼というか、すごく、こう……『サモエド犬』っぽい。


 その白いサモエド……元・巨大フェンリルは、テテテッ! と小走りにこちらへ近づき、クライヴ様を華麗にスルーして、私の足元でピタリと止まった。


 そして。


 コロンッ。

 と、ごく自然に仰向けになり、無防備なモフモフのお腹を見せた。


「……………………えぇ……」


 私は、完全に理解が追いつかなかった。

 えっ。フェンリルですよね? 伝説の神獣ですよね? なんで出会って五秒で“撫でてください”みたいなヘソ天ポーズしてるんですか?


「くぅ〜ん……♡」


 白い大型犬は、キラキラしたつぶらな瞳で私を見上げていた。

 どう見ても、撫でてほしくてたまらない顔である。


 後ろで騎士の誰かが、震える声で言った。


「伝説の神獣が……腹を……」

「フェンリルが……犬になった……」

「かわ……いや、騙されるな、アレは神獣だぞ……でもモフモフだ……」


 感情が処理しきれていないのは皆同じらしい。

 クライヴ様ですら一瞬、氷の槍を構えたまま言葉を失っていた。


「……ルシアナ」

「はい」

「今の状況を、俺に説明できるか」

「一ミリもできません」


 即答だった。


「でも、たぶん……私のチート【浄化】のマイナスイオンか、服に染み付いたラーメンの匂いか、その両方に釣られたんだと思います」

「……神獣が、か?」

「神獣もお腹は空くかなって……」


 白いサモエド(フェンリル)は、また「きゅぅん♡」と甘ったるく鳴いた。

 しかも、ペシペシと自分のフサフサの尻尾で地面を叩いている。完全に“早く撫でて”の合図だ。


 私はオタクのサガに抗えず、恐る恐る手を伸ばした。


「……撫でても、大丈夫でしょうか」

「普通なら止める」


 クライヴ様が剣呑な声で低く言う。


「だが、こいつの態度を見る限り……お前に害意は微塵もないようだ」

「ですよね」

「ただし、少しでも様子が変わったら、俺が秒で三枚におろす」

「物理的に怖いのでやめてください」


 私はこくりと頷き、そっと白い毛並みに触れた。

 フワッ。


「…………うわぁ……」


 思わず蕩けた声が漏れる。

 柔らかい。あたたかい。何これ。天国? 触る極楽浄土?


 毛並みは信じられないほどフカフカで、指が完全に埋まる。触れた瞬間、フェンリルは気持ちよさそうに目を細めて「くぅぅぅん」と喉を鳴らした。


「えっ、ちょっと待って、最高に可愛いです……モフモフです……」

「奥様、それ一応、国を滅ぼす神獣です」

「わかってますレオンハルト団長! でも超絶可愛いです!」


 私はもう片手でもワシャワシャともふもふする。

 するとフェンリルはさらに嬉しそうにゴロンと寝転がり、四肢をだらしなく投げ出した。完全にダメになった大型犬である。


 クライヴ様が、一人だけ険しい顔のまま問う。


「……なぜ、こうなる」

「私にもわかりません」

「くぅ〜ん!」

「でも、完全に懐かれましたね」

「……そうみたいだな」


 そしてその時、ふと私は気づいた。

 フェンリルの蒼い瞳が、ずっと私のエプロンのポケットに入っている『小さな包み』に向いていることに。


 あっ。

 私は今朝、ラーメンの具材候補として作った『特製・魔猪チャーシュー』の端切れを、味見用に持っていたのだ。


 もしかして。


「……お肉、食べます?」


 私が包みを開くと、フェンリルの尻尾がブォンブォンッ! とちぎれんばかりに振られた。

 すごい勢いだ。神獣の尻尾なのに、挙動が完全に犬だ。


「やっぱりラーメン(チャーシュー)の匂いじゃないですか!!」

「お前のそのふざけた発想が当たっているの、ひどく腹立たしいな」


 クライヴ様の声に、微妙な不機嫌さが混じる。

 えっ、そこ不機嫌になるところですか?


 私は苦笑しながら、チャーシューの端を小さくちぎって差し出した。


「はい、どうぞ」


 フェンリルはものすごく行儀よく、それをパクリと食べた。

 そして次の瞬間。


 ブワァァァァンッ!! と尻尾をプロペラのように振りながら、私へ顔をぐりぐりと押しつけてきた。


「わっ」

「ルシアナ!」


 クライヴ様の腕が、すぐさま私の腰を強く引き寄せる。

 だがフェンリルに敵意はまるでなく、ただ「美味い! もっと撫でろ!」と嬉しさを全身で表現しているだけだった。


「くぅん! きゅうぅぅん♡」

「えっ、そんなに美味しかったですか!?」

「わふっ!」


 完全に気に入られてしまったらしい。

 後ろで騎士たちが、わけのわからない顔をして白目を剥いている。


「伝説の神獣が……」

「チャーシューの端切れ一枚で懐柔された……?」

「奥様、マジで何者なんだ……」

「今さらでは? あの人は食で国を獲れるぞ」


 最後の一言、誰か知らないけど的確なツッコミである。


 私はもふもふへ顔を埋めながら、そっと問いかけた。


「あなた、もしかしてずっとお腹が空いてたんですか?」

「わふっ!」


 即答だった。いや、鳴き声だけど。

 どうやらこの神獣、本当に特濃ラーメンの匂いと私の【浄化】のマイナスイオンに釣られて、森の最奥からノコノコ出てきたらしい。


 なんていうか。

 伝説の格が、すごい勢いでストップ安になってません?


 そうしているうちに、フェンリルは私の膝へ頭をグイグイと押しつけてきた。

 もっと撫でろの圧が強い。可愛すぎる。


「……おい」


 頭上から、クライヴ様が地を這うような低音で呟いた。


「どうしました、クライヴ様?」

「面白くない」

「えっ」


 私はきょとんとする。

 クライヴ様の視線は、私の膝へ頭をこすりつけて至福の表情を浮かべるフェンリルに、親の仇のように向いていた。

 その黄金の瞳が、ほんのり、いや完全に冷え切っている。


「そこは、俺の指定席だ」

「…………はい?」


 いや待って。今、何と?

 フェンリルはそんなこと知るかとばかりに、さらに私へ体を寄せてきた。フッワフワの白い毛玉が、完全に甘えモードである。


「くぅ〜ん♡」

「いや、すごく可愛いですけど……」

「可愛い、だと?」


 クライヴ様の声が、さらに一段階低くなった。絶対零度の殺気が漏れている。


 あっ、これまずい。

 フェンリル、完全に甘えモード。

 クライヴ様、明らかに独占欲をこじらせてブチギレる五秒前。

 そして私は、その間に挟まれている。


 なんだろう、この状況。

 伝説の神獣と帝国最強の辺境伯が、今にも『私の膝の上』を巡って争いそうなんですけど!?


 そんな嫌な予感を抱いた、その時だった。

 フェンリルが、私の膝へポフッ、と片前脚を乗せた。


 クライヴ様の眉間に、ピキリ、と青筋が寄る。


「……そのクソ犬」

「い、犬ではなくフェンリルです! 神獣です!」

「同じだ」

「絶対違います!」

「そこからどけ」

「くぅぅん!(嫌だ!)」


 次の瞬間、フェンリルが私を庇うように、ジリッ……とクライヴ様へ顔を向け、微かに牙を剥いて威嚇した。

 クライヴ様も、氷の魔力を展開して応戦の構えをとる。


 いや待って。やめて。

 空気が一気に世紀末になった。


 どうやら次に始まるのは、伝説の神獣と大好きな旦那様による、とんでもなく低レベルで傍迷惑な『膝上争奪戦』らしい。



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