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第1話 断罪劇と最推しの降臨

「ルシアナ・フォン・ローゼンクロイツ! 貴様のような嫉妬に狂った醜悪な女は、僕の婚約者にふさわしくない! よって今この場で婚約を破棄し、聖女を害した罪により極刑に処す!」


 王城でもっとも豪奢な大広間に、鼓膜に障る甲高い声が響き渡った。


 本来なら、今日は王立学園の卒業を祝う華やかな夜会だったはずだ。けれど音楽はとうに止まり、着飾った貴族たちは壁際へ避難し、広間の中央に立たされた私――ルシアナを、面白半分の冷ややかな目で取り囲んでいる。


「ひそひそ……聞きました? ルシアナ様、リリアン様を階段から突き落としたとか」

「ドレスを裂いて、教科書を池に捨てて、最後は呪いまでかけたんですって!」

「まあ恐ろしい。処刑されても当然の毒婦ですわね」


 外野が好き放題さえずっている。

 しかし、そのどれもこれも見事なまでに冤罪だ。


 私の目の前では、金髪碧眼の王太子アルフォンスが「僕がこの世界の主人公です!」と言わんばかりにふんぞり返り、その腕の中には、淡い桃色の髪をした可憐な少女がすがりついている。


 私の義妹、リリアン。

 最近、聖女の力に目覚めたともてはやされている美少女――という触れ込みだが、私から言わせれば『泣き真似特化型の腹黒タヌキ』である。


「お姉様……どうして私に、あんな酷いことを……ひっく、ううっ。私、お姉様と本当の姉妹になりたかっただけなのに……っ」


 王太子の胸に顔をうずめ、健気に肩を震わせる義妹。


(いや、肩の震わせ方は百点満点だけど、涙、一滴も出てませんよね?)


 目元が完璧に乾いている。サハラ砂漠か。目薬貸そうか?

 そもそも、階段から落ちたのもドレスが裂けたのも全部お前の自作自演である。私がそんな回りくどくて面倒な嫌がらせをするわけがない。


 なぜなら、私にはそんな暇など一秒たりともないからだ!


 私には前世の記憶がある。

 ブラック企業で終電まで働き、休日は乙女ゲームに命と給料を捧げる社畜限界オタクだった私は、過労で倒れ、この世界に転生した。


 しかも、生前やり込んでいた乙女ゲームの悪役令嬢・ルシアナとして。


 普通なら絶望して運命に抗うところだろう。

 だが、私は歓喜の舞を踊った。


 なぜならこの世界には、私の『最推し』が実在しているからだ!!


 王太子? 興味ない。

 騎士団長? 悪くないけど管轄外。

 魔術師団長? 顔はいいけど推しではない。


 私の最推しは、隠しルートにしか登場せず、大半の分岐でろくでもない死に方をする超絶不遇キャラ。

 呪われた辺境伯、クライヴ・ヴァルツェイン様である。


 前世の私は彼を幸せにするためだけに全ルートを周回し、深夜二時に「なんでクライヴ様だけこんなに報われないの!?」と号泣して近所迷惑になりかけたほどの強火オタクだった。


 転生後の私が何をしてきたかといえば、もちろん『推し活』一択である。


 お小遣いを切り詰めて裏ルートから推しの情報を買い漁り、自室のクローゼットの奥には、彼の遠征先の土を詰めた小瓶や非公式グッズを並べた特製『祭壇』まで構築済みだ。


 そんな私にとって、今目の前で繰り広げられている三文芝居の断罪劇など、マジでどうでもよかった。


(あーあ、早く終わらないかな)


 私は殊勝にうつむくフリをして、盛大な欠伸を噛み殺した。


(昨日入手したクライヴ様の新規隠し撮り……ゲフン、遠景スケッチ、早く祭壇に飾りたいのよね。しかも今日は『クライヴ様のお誕生日候補日・その三(非公式)』なのに。ケーキ冷蔵庫で冷やしてるんだけど。早く帰って推しの生誕祭したい)


「ルシアナ! 黙っているということは、罪を認めるのだな!」


 王太子が勝ち誇ったように叫ぶと、人垣の中から実の父と兄が進み出た。


「殿下の仰る通りです! このような毒婦、我がローゼンクロイツ家の恥晒し。今日この時をもって勘当いたします!」

「リリアンのような清らかな妹に嫉妬するなど見苦しい! もはや家族とは思わん!」


 見事すぎる光の速さの切り捨て。

 だが、私の胸には微塵もダメージは入らない。むしろ。


(よっしゃああああああああ!!)


 心の中で特大のガッツポーズを決めた。


 やった! これで公的に実家と縁が切れた!

 面倒な義妹と家族から解放され、晴れて自由の身である。このまま国外追放にでもなれば、堂々と辺境へ向かい、推しの領地の片隅で農作業でもしながら同じ空気を吸って生きていける。最高か?


「お父様、兄様。今までありがとうございました」


 私はニコリともせず、事務的に頭を下げる。

 すると王太子は完全に調子に乗り、天を仰いでドヤ顔で宣言した。


「ルシアナ! 貴様の罪は万死に値する! よって、今夜ただちに地下牢へぶち込み、明朝、王都広場にて公開処刑とする!」


「……えっ?」


 思わず素のトーンが出た。


(待って。そこはテンプレ通り『国外追放』じゃないの!? なんで処刑!? 難易度バグってない!?)


 困る。非常に困る。

 命の危機も困るが、今夜地下牢に入れられたら推しの生誕祭(非公式)が開催できないではないか! オタクとして致命的である!


「衛兵! この女を捕らえろ!」


 甲冑の衛兵たちが一斉にこちらへ迫ってくる。


(まずい……隠し持ってる規格外チート【浄化】スキルで全員まとめて吹き飛ばせなくもないけど、それやったら全国指名手配で辺境スローライフの夢が……!)


 私が人生設計と推し活設計の狭間で必死に思考を巡らせた、その瞬間だった。



 ドゴォォォォォォォンッ!!



 大広間を揺るがす轟音が炸裂した。


 何重もの魔法障壁で補強されていたはずの重厚なオーク材の扉が。

 内側からではなく外側から、見事なまでに物理で、木端微塵に吹き飛んだのだ。


「ひぃっ!?」

「て、敵襲か!?」


 さっきまで私を嘲笑っていた貴族たちが、悲鳴を上げて蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。王太子に至っては、あろうことか義妹を盾にして後ろに隠れた。控えめに言ってクズである。


 舞い上がる土煙の向こうから、コツ、コツ、と重い靴音が響いた。

 ただ歩いてくるだけなのに、一歩ごとに広間の空気が絶対零度に凍りついていく。


 やがて土煙を切り裂いて、一人の男が姿を現した。


 その瞬間――私の時間は完全に停止した。


 漆黒の外套。夜を溶かしたような黒髪。

 無駄をそぎ落とした長身に、軍服を思わせる漆黒の装い。

 そして、神が全知全能を注ぎ込んで創り上げたとしか思えない、圧倒的に整った美貌。


 冷たく光る、氷の刃のような黄金の瞳。


 だが、彼の美しさ以上に周囲を怯えさせていたのは、全身から立ち昇るドス黒い瘴気だった。触れれば焼け爛れ、見ただけで吐き気を催すほどの恐ろしい『呪い』の気配。

 その理不尽な呪いを一人で背負い、誰よりも強く、誰よりも孤高に戦い続ける、帝国最強の怪物。


(顔が良いーーーーーーッッ!!!!!)


 私の心の中で、両手持ちの特大ペンライトがへし折れる勢いで振られた。

 生の最推し! 動く最推し! 息をしてる最推し!


 足が長い! 肩幅が広い! 睫毛が長い! 鼻筋が国宝!

 呪いの瘴気すら最高のSSRエフェクトにしか見えない。ちょっと待って顔面偏差値がカンストしてる。直視したら寿命が縮む。いや全寿命を捧げたい。


「へ、辺境伯、クライヴ・ヴァルツェイン……!?」

 王太子が腰を抜かし、引きつった声をあげる。

「な、なぜ帝国最強の盾たるお前が、王城に……!」


 クライヴ様は答えない。

 へたり込む王太子にも、泡を吹かんばかりに青ざめる義妹にも一切目もくれず、ただまっすぐに、私だけを見て歩いてくる。


 モーゼの海割りの如く貴族たちが道をあけ、その中央を最推しがこちらへ向かってくる。


(待って無理近い近い近い近い!)


 ついに彼は私の目の前で立ち止まり、低く冷えた声を落とした。


「……お前が、ルシアナか」

「は、はいっ! 私がルシアナです!!」


 名前を呼ばれた衝撃で、オタク特有の食い気味な返事をしてしまった。

 クライヴ様は怪訝そうに眉を寄せる。それもそうだ、処刑宣告された悪役令嬢が目をバッキバキに輝かせているのだから。


 だが彼はすぐに表情を消し、広間全体へ向けて冷徹に言い放った。


「ならば、俺の妻になれ」


「…………はい?」


 広間から音が消えた。

 全員が呼吸の仕方を忘れた中、王太子が悲鳴じみた声を上げる。


「なっ……!? クライヴ、貴様正気か!? その女は聖女を呪った大罪人だぞ! 処刑される女を妻にするなど――」


 クライヴ様が、ほんのわずかに視線を動かした。

 ただそれだけで、目に見えない強烈な重力魔法が広間を押し潰す。


「ひっ」


 王太子は短い悲鳴を漏らし、白目を剥いて卒倒した。ついでに義妹も泡を吹いて倒れた。静かになって大変よろしい。


 クライヴ様は再び私を見下ろした。


「これは契約だ。王家からの煩わしい干渉を退けるため、俺には妻の座を埋める駒が必要だ。お前は処刑を免れる。利害は一致しているな」


 なるほど! 偽装結婚の提案!

 処刑対象の私を妻にすれば、面倒な縁談をすべて物理(権力)でシャットアウトできるというわけだ。合理的で大変クライヴ様らしい。


 彼はさらに絶対零度の声で、追い打ちをかけるように告げた。


「だが勘違いするな。衣食住は保証するが……お前を愛することはない」


 きたあああああああ!

 乙女ゲーム界の国歌とも言える超有名テンプレ台詞!!


 普通の令嬢なら「そんな……」と絶望の涙を流す場面だろう。

 しかし、私は限界オタクである。


(全っっっっっっっ然、問題ありません!!!!)


 むしろ推しに愛されようなどというおこがましい感情は持ち合わせていない。推しは遠くから健康と幸福を祈る対象である。

 しかも衣食住の保証つき? 推しと同じ屋敷に住んで、同じ空気を吸える?

 福利厚生が神すぎるんですが!?


「素晴らしいご提案です、クライヴ様!!」


 私は満面の笑みで、勢いよく彼の両手をガシィッと握りしめた。


「愛など不要です! 愛していただこうなどという不敬な考えは一切ございません! 飾りでも道具でも、庭の案山子でも何でもやります! さあ、こんな空気の悪い所は早く出ましょう!」


「……お前」


 クライヴ様が、わずかに目を細めた。


「処刑寸前とは思えないな」

「推し……ではなく、辺境伯様の前で取り乱すほど未熟なオタク……ゲフン、令嬢ではありませんので!」


 危ない。テンション上がりすぎて語彙力がバグっている。

 だがクライヴ様はそれ以上追及せず、私の手首を掴んだ。ひやりとした体温に、心臓が爆発しそうになる。


「行くぞ」

「はいっ!!」


 私は即答し、床に転がる王太子と義妹たちを心の中で盛大に見下した。

 さようなら、面倒くさいモブども。

 こんにちは、夢にまで見た最推しとの同居生活!


 こうして、偽聖女の義妹とポンコツ王太子が仕立て上げた断罪劇は、帝国最強の乱入者によって物理的に粉砕された。


 悪役令嬢と、呪われた最強辺境伯。

 これは愛のない契約結婚――の、はずだった。


 けれどこの時の私は、まだ知らない。

 この直後、馬車の中で彼の呪いが限界を迎え……私の隠し持つデコピン感覚の【浄化】スキルが、推しの運命を、ひいては私への愛情度バロメーターまでぶっ壊してしまうことを。



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