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六、時々七兄弟  作者: 香子茶小連
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羅輝の祈り

羅輝はいつもより早く起きて街に出た。空には、祈りを捧げる少年とそれを見守る青い鳳凰が描かれた(のぼり)が、穏やかな風にはためいて街の中心街へ向かって幾重(いくえ)にも連なっていた。

人々は露天の準備に忙しい。店を花で飾り、料理を仕込む匂いがあたりに漂っている。

その中を歩いているとだんだん足取りが軽くなってきた。つい心が(はや)ってしまう。


宵の市が始まるのだ。


人集りが見えた瞬間、羅輝は思わず駆け出した。


「晶刃の儀絵綴(えつづり)、事前販売の列はこちらでーす!」


呼び込みの声が期待をさらに引き立たせる。羅輝は列の最語尾に並んだ。羅輝は毎年、晶刃の儀絵綴を朝一番に買いに行く。

表紙にはその年のために新しく描かれた鳳凰画。中には演目紹介、神話の説明、王子の紹介、そして儀式の流れが絵と共に記されている。


───今年はどんな鳳凰だろう。


空を見上げ、朝の澄んだ青を瞳に映した、そのとき。トン、とぶつかる感覚で我に返った。視線を落とすとよろけた子供と目が合った。退屈そうに母親にへばりついている。

ほどなくして子供を(なだ)める優しい声が聞こえた。


「ほら、万泉守(ばんせんのもり)のお話をしてあげる。昔むかし、万象森(ばんしょうのもり)という大きな森の奥に、小さな泉がありました。まだ名もない普通の泉でしたが、いつも豊かな水で満ちておりました」


羅輝は親子のやりとりを聞きながら、やはり俺の母さんの語りは独特だったな、と幼い頃を思い出していた。いつも寝る前に語ってくれた建国神話。輝泉国に伝わる霊泉の物語───


「昔むかし、万象森という大きな森の奥に、こーっんなに小さな泉がありました。まだ名前もない、どこにでもあるような泉でしたが、毎日元気に、こん!こん!と水が湧いていました。

その泉の水はとてもきれいだったので、だんだん人が集まるようになりました。

泉はみんなが来てくれるのが嬉しくて、ますます元気にこん!こん!と水を湧かせました。

やがて人々は、泉に祈りを捧げるようになり、泉のまわりには村ができました。踊ったり歌ったり、毎日楽しく暮らしていました。ほら、羅輝も踊ってごらん」

「こんなふう?」

「そうそう、上手ね。ちょうどそのころ、万象森の近くでは宝石の原石がたくさん採れるようになりました。

村の人たちはその原石を掘って暮らすようになり、村はだんだん豊かになっていきました。

けれど原石の話は遠くまで広まり、他の村や国の人まで掘りに来るようになりました。

やがて人々は原石を取り合い、ついには国同士で争いを始めてしまいました。

泉は、みんなが仲良く集まってくれるのが好きでした。

だから、人々が争うようになって、とても悲しくなりました。えーん、えーん。

祈りを捧げる人もだんだん減り、人々は泉のことを忘れて、宝石のことばかり考えるようになりました。

とうとう泉は怒ってしまいます。

「どうして泉は怒ったの?」

「そうね。万泉守は拗ねちゃったのよ。羅輝がせっかく絵を描いたのに、みんながケンカに夢中で見てくれなかったらイヤでしょ」

「うん、悲しいし怒っちゃう」

「でしょう?だから雨は降らなくなり、あれほどこんこんと湧いていた泉の水も、ついには底をついてしまいました。土地は乾き、人々は苦しみました。

それでも、争いのせいで国の原石はすべて他の国に奪われ、もう価値のあるものは何も残っていませんでした。

そんなとき、一人の少年があらわれました。

少年は泉と同じように、人々のことを悲しく思っていました。

少年は枯れた泉の底に降り、そこらに落ちていた石を積み上げて、小さな(ほこら)を作りました。

そして、毎日泉に祈りました。

「楽しかった日々を忘れてごめんなさい。これからは、価値あるものは人のために使います。どうか雨を降らせて、泉を元に戻してください」

少年は、毎日毎日祈り続けました。

するとある日、ぽつりと雨が降りました。

次の日には、泉は再び水で満たされました。

少年はその泉を守りながら、荒れ果てた国を、もう一度よみがえらせようと決心したのでした」


羅輝は買ったばかりの絵綴の表紙をまじまじと眺めた。


「これが、今年の鳳凰」


駆け出したい気持ちを抑えて朝市へ向かった。


「ねえ母さん!鳳凰描いて!」

「母さんより羅輝の方が上手よ」

「描いて!」

「仕方ないわね……万泉守はね、鳳凰の姿で伝わってるの。霊泉の前で祈る少年と、それを見守る鳳凰の絵が宮廷にあるのよ。それが一番古い鳳凰画なの……できたわ」

「わ!すずめと串団子!」

「鳳凰と少年です!」


羅輝は朝市で母の好きだった白羽花(びゃくうか)を買った。春になると花屋に並ぶ、白い羽のような小さな花だ。


「ただいま」


誰もいない部屋の、鳳凰画の前に花を飾った。


「羅輝がいつも元気でありますように。父さんが怪我なくお仕事できますように」

「どうして母さんは自分のことを祈らないの?万泉守よ、母さんの病気が早く良くなりますように」


母は笑った。


「羅輝、たくさん笑ってね」



「万泉守、いないじゃん」


母の訃報(ふほう)を聞きつけ鉱山から帰ってきた父の胸に、羅輝は叫んだ。

羅輝は食が細くなり笑顔も消えた。好きだった絵も描かなくなった。父は仕事を辞めて家に戻った。貯金もすぐ底をつき、父は人に頭を下げてお金を借りながら生活した。

そんな時、偶然にも晶刃の儀の観覧券を当てることができた。人形のように動きのない顔をした羅輝の手を引いて宮廷へ向かい、座席の案内を受けた。舞台に手が届きそうな距離だ。


空は薄青く澄んでいた。その色と同じ、風になびく薄衣を纏った少年が鈴の音と共に舞台に躍り出た。わぁっと観客が沸き立ち拍手が起こる。枝の先に付いた鈴をシャラシャラと震わせて舞台を旋回する。


───鳳凰だ。鳳凰がいる


自分とそう変わらない歳の少年が鳳凰を舞っている。羅輝の目は釘付けになっていた。風を味方につけ(ひるがえ)る衣は鳳凰の翼そのものだった。


放心していた。舞が終わったことも気付かず、ただ手を引かれるがまま家に帰った。

知らせなきゃ。母さん、鳳凰いたよ、と。

母が居なくなってから初めて筆を取った。久しぶりで、描き方はもう忘れてしまったけれど、今日再び目の前に鳳凰が現れた。それを描いてみよう。


「へたくそ……」


母があの日描いていたすずめと串団子を思い出して、羅輝は泣きながら笑ってしまった。



そして羅輝は祈る。


「父さんが怪我なく仕事ができますように」


「今日も良いことありますように」


宵の市で出す大作もいよいよ仕上げに入る。追加で採ってきた藍泉晶の質も良い感じだ。

視界の隅で白羽花が揺れたような気がした。

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