豊珠の憧れ
豊珠は夕暮れの窓辺に腰掛け庭園を見下ろすのが好きだった。
城の裏山、その山腹の霊泉から腹を空かせた光虫の群が、源美石を求めて飛翔する。小さなひとつひとつの光が川の流れのようにまとまって、庭園を横切り、やがて街の方へと伸びる。
───その光のひとつになれたらいいのに。
豊珠はそれを誰にも悟らせない。完璧な王子、次期皇帝を支える立場として。
気付けば源美石を灯らせた燈器を右手に掲げて、何に急かされるわけでもなく歩みを急いでいた。廊下の角を曲がると李汀とぶつかった。
「ほうじゅお兄さま、お出かけですか?」
「うん、珠臣のところにね。李汀、何かある?」
「あっ……しゅしんお兄さまのところに課文を置いてきてしまいました」
「わかった。持ってきてあげる」
珠臣の工房及び私邸は、同じ宮廷の敷地内にありながら些か離れていた。李汀はまだ一人で行き来できない。
工房の明かりを見るとほっとする。まるで第二の自分の部屋のようだ。
「珠臣、入るよ」
「豊珠様、ちょうど私も宮廷に出向こうと思っていたところです。李汀様の課文をお届けに」
「それは僕が預かろう。それから、宵の市のアレを」
珠臣は丁寧に綴じられた案内紙の束を豊珠に手渡した。
「随分集まりましたね。また街へ出たときに持ち帰って参ります」
「ありがとう。街ではこれを、一度見たら捨ててしまう人がほとんどだという。信じられないな」
「収集する人の方が稀なんですよ」
晶刃の儀が近づく頃になると、街は宵の市で賑わう。街中が煌びやかに飾り付けられ賑やかな音楽が絶えない。
どこの店でどんな催しをするとか、どんな著名人が来るかとか、それぞれ文字や絵で彩った案内紙をめくるたび、それらは豊珠の胸の奥を熱くした。
「そろそろ宵の市が近付いているだろう、街の様子はどうだ」
「そうですね、お祭り好きな街の人々は宵の市の準備までも祭りにする勢いですよ。そういえば毎年大鍋の料理で有名な店があるのですが今年は───」
豊珠はこうして珠臣に街の様子を聞くのが好きだった。街に出たことはあるけれど、護衛が付いていて自由に見られないし、街の人が集まって来てゆっくりもしていられない。
いつか自由に街を歩いてみたい。その願いは小さな灯火のように胸の奥で揺れていた。




