第50話<最終話>
術式が光る。年単位で少しずつ魔力を蓄えていった術式は、どんどん画数を増やし、オリハ先輩を閉じ込めた巨大な永久氷晶の表面を覆うまでになっていた。
もはや、この永久氷晶が吸った魔力はほとんど私のものだ。ならば、私の意のままに操ることができる。
術式に力を込める。ぴしり、と軋む音がする。魔力を吸収する力に、術式で保持していた魔力をたっぷりと注ぎ込む。作為的な魔力の動きに、永久氷晶は耐えられず悲鳴を上げる。
これほどの魔力の動きを悟られれば、校長は見過ごさない。なにか手を打ってくる。ならば、この空間ごと、私のものにしてしまえばいいのだ。
「壊れてしまえ、永久氷晶」
自分でも驚くほど低く唸るような声が出た。数年分の憎しみを吐き捨てるように、力を込める。みし、と♾️氷晶の表面にヒビが入る。溶けもしない、傷もつかない、とされていた特殊な氷。オリハ先輩の妖力と、マウ先生の命で作られた檻。それを、解き放つ。
「う、ぐっ……」
ただでさえ吸収の力を持つ永久氷晶に魔力を込めると、体内が抵抗の意思を見せてくる。どんどん体温が下がって、頭が警鐘を鳴らしてくる。
「うるさいっ……!」
私は、全身の軋みを無視して、ひたすら魔力を込め続ける。自分がどうなってもいい、と思った。だって、オリハ先輩を永久氷晶から救うことは、長年の悲願なのだから。今、この時、自分の全力を出し切る。たとえ命が削られようとも。
ぱり、と、崩壊したのは一瞬のことだった。表面のヒビが一気に広がり、無数の氷の欠片となって散らばる。私は反動で吹き飛ばされ、背中を打ちつける。身体が異常に熱かった。
「っ、か、っは」
喉の奥がひりひりと張り付く。やっとの思いで目線を上げると、氷の欠片が散らばる中心に、ゆらりと立つ影があった。
「はぁ、は……っ!」
私は荒い息を繰り返しながら、笑みを浮かべる。
「オリハ、先輩……っ!」
かすれた声で呼ぶと、彼は不安定な動きでこちらを見た。青灰色の暗い瞳が、私を捉える。それだけで、どきりと鼓動がうるさくなった。
ゆっくりと、私の方へ向かってくる。不規則な足の運びは、まだ力が十全でないことを意味していた。
オリハ先輩は虚ろな瞳で私を押し倒すと、そのまま唇を奪った。柔らかい感触とひやりとした冷たさが不思議で、そのまま抵抗しないでいると、彼は食むように唇から私の魔力を汲み上げた。
「……っん、は」
ただでさえ残り少ない魔力を吸い取られ、私は頭の中が真っ白になっていく。だが、完全に奪い取る気はないようで、少しの魔力を遺して唇は離れた。
私が荒い息を繰り返していると、オリハ先輩は人が変わったように、優しく丁寧な手つきで私を抱きしめた。
「……ナツさん」
記憶と同じ、私を呼ぶ声が耳元で響く。
「……ありがとう」
困ったような、申し訳なさそうな、複雑な声色で、オリハ先輩は言った。危うい手つきで私の頭を撫でる彼に、私はしがみつく。
「……ずっと、話したかったです」
「うん」
「ずっと、この時を待ってました」
「……うん。聞いてたよ。ずっと」
目を見開く。氷漬けのまま、オリハ先輩は、私の声を聞いていたのだろうか。
オリハ先輩の青灰色の目が、まっすぐ私を捉える。その愛おしそうな視線に、自然と涙が溢れた。
「オリハ、先輩」
「うん」
ずっと、呼びかけてきた名前。それに応えてくれる存在に、私は全身が弛緩するのを感じた。
再び落とされた唇は、私の魔力を奪うためのものじゃない。優しくて甘く、繊細な、オリハ先輩という人そのものが、私を包み込んでいった。
fin.
この物語はここで完結となります。
ここまで読んでくださりありがとうございました!!
よろしければ、感想・評価などいただけると次への励みになります。




