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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第三章「卒業試験」
49/50

第49話

「どういうつもりだ?」


 校長は苛立ったように言った。最初は戸惑っていた私も、もう彼女に臆することはない。


「言った通りです。永久氷晶の管理権限をください」

「……ふん」


 校長は小さな身体の重心を椅子に預ける。私はその一挙一動をつぶさに観察していた。


「マヤ・ナイラに大きく貢献したら、報酬を用意する。校長と教師の契約の一つですよね」


 私は授業と指導をこなしながら、水面下である計画を進めていた。それは、結果としてマヤ・ナイラの立場をより強固にすると同時に、生徒全体の質を上げたのだった。


「校長先生は認めてくださいました。私の貢献を」

「……そうだな。契約は果たそうじゃないか」


 校長は呆れたようにため息をついた。


「それにしても、ナツ。お前の執着は度が過ぎるぞ」


 私は応えずに、口元だけで笑む。


「管理権限だけくだされば結構です」

「……はぁ。可愛くない教え子だ」


 校長は指で円を描く。すると、暗闇の中から鍵が出てきた。私はそれを手に取る。まさしく、私がずっと欲していたものだ。

 喜びで震えるのを抑えて、深々とお辞儀をする。


「ありがとうございます。では、失礼します」

「待て、ナツ」


 校長はいつになく硬い口調で言った。


「何する気かは知らんが、……早まるなよ」


 その忠告に、私はふっと笑った。



 時計塔から出ると、レンリ先生が待っていた。


「お疲れ様、ナツくん。結局、何をもらったんだい?」


 何も知らないレンリ先生が朗らかに話しかけてくる。あれから、ずいぶん元気になったものだ。レンリ先生には、計画にたくさん協力をしてもらった。感謝はしているし、尊敬もしている。でも、これから違う道をゆく人だ。


「内緒です」


 そう言ってみせると、レンリ先生は肩をすくめた。


「秘密が増えたよね。昔はあんなに可愛かったのにさ」

「余計なお世話です」


 あーあ、と言って、レンリ先生は昔を懐かしむように遠くを見た。


「……ずいぶん長い付き合いになったものだよね」

「歳ですか?」

「うるさいなあ、もう」


 むくれるレンリ先生に、私は相変わらずだなあと笑みを浮かべた。


「私も子供のままじゃないんです。秘密のひとつやふたつ、ありますよ」

「それもそっか」


 幾分か精悍な顔つきになったレンリ先生は、昔ほど軽薄ではない。でも、親しみやすさは残っている。


「じゃあ、俺はもう行くよ」

「はい。頑張ってください」


 レンリ先生はこれから、計画の報告のため各地を回ることになっている。マヤ・ナイラの名前は、より強く世界に響くだろう。

 背中を見送ると、私は森へと足を向けた。自然と駆け足になる。もうすぐだ。

 私はレンリ先生やホノ先生と協力し、魔物の卵である影を擬似的に作り出すことに成功した。

 影、アンという魔物、国の結界、そして校長。様々な闇の魔力をこの目でしっかりと見てきた私だからできたことだ。

 その魔物の卵は生徒たちの模擬戦闘に使われることとなる。安全性を加えたまま、生徒たちに危機感を持たせるための装置だ。


「……開けて」


 声が震える。毎日通ったこの泉も、おそらくこれが最後になる。

 鍵を握り締めると、泉が大きくたわんだ。間違いない。封印空間の権限が、私にもたらされている。毎日通った空間だが、今日はいつになく緊張してしまう。


「オリハ先輩」


 見上げたオリハ先輩は、何年も前から止まったままだ。でも、変わらず美しい。青灰色の髪と、閉じた瞼。私は、その奥にある双眸も、柔らかく低い声も、握った手の優しい温もりも知っている。

 強く鍵を握りしめて、封印された空間を掌握する。もう、自分の魔力の扱いも慣れたものだ。


「……オリハ先輩。今、出してあげます」


 私は、千年は溶けないと言われた永久氷晶に向かって、まっすぐ手を伸ばした。



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