第47話
壇上に立つ。今日は教師になって初めての授業だ。私の担当は得意分野である魔力の制御。緊張するのは分かりきっていたので、綿密に授業計画を立てた。それでも、生徒たちの視線を一身に浴びると身体が強張る。これも慣れていくのだろうか。
新しい卒業生で、クラウンの教師となった私を話題にする人は多く、教室は生徒で賑わっていた。興味津々の顔つきだ。本当に、嫌になる。私が嫌っていた呑気な生徒たちそのものだった。
「はじめまして。今日からこの授業を担当します、ナツと申します」
私はできるだけ固い声色で発言する。教師として、遅れを取ってはいけない。
「この授業でみなさんに学んで欲しいのは、自身の体内を流れる魔力を感じ、自在に操る技術です」
あらかじめ用意しておいた説明を淡々と述べる。生徒たちはしんとして、私に目線を向けている。
「……ですが」
指がぴくり、と震えた。喉元が熱くなる。声が震えそうになる。自分の台本通り説明すればいいだけだ。なのに、違う言葉が迸る。
「私は全員に覚えてもらおうとは思いません」
小さくざわめきが起きる。張り詰めた教室の空気が、わずかにたわむ。
「学びたい人だけ、残ってください。以上です」
声を張って言うと、再び静寂が訪れた。だが、先ほどまでの好奇心に満ちた視線ではない。困惑だ。でも、撤回する気はなかった。
お家柄でマヤ・ナイラに入れられて、呑気に学園生活を謳歌しているだけのような教え子なんてお断りだ。
私はひとつため息をついて、一人、また一人と席を立つ生徒たちを見送っていた。
◇
「あはははは!」
レンリ先生の笑い声を、慌てて遮る。
「声が大きいです、レンリ先生」
「あぁ、ごめんごめん。あまりにも愉快で」
「……私だって、そんなつもりじゃなかったんですよ」
口を尖らせる。職員室の隣の席で、レンリ先生はまだ笑い足りないといったようにくくっと溢した。
「ナツくんらしいね。そのくらいやらないと、今のマヤ・ナイラは変わらないよ」
レンリ先生はひとしきり笑った後、小声で言う。
「……許せないんですよ」
卒業試験から半年。私たちはまだ、あの事件に囚われている。レンリ先生と私は、秘匿された情報を共有する共犯関係のような存在になっていた。
「マウ先生は、憂いていたんじゃないかって思ってるんです」
私はうつむいて話す。
「退学って選択肢を出した時も、本当はそんな選択肢ないって分かっていたんだと思います」
「……うん。そうだね」
レンリ先生は天井を仰いだ。
「俺たちに選択肢なんてないんだよ。校長の配下でいる限り、ね」
漆黒のエルフの女性を思い出す。暗い瞳と、嫌な笑み。クラウンの称号を持ってしても、気軽に会いに行きたくはない、と思った。
それに、あの魔道具。マヤ・ナイラ全体、もしくは国全体に根を張っていて、校長はきっと全てを見渡している。
わざわざ会いに行く必要なんて、あるのだろうか。とさえ思った。
「……本当にそうなんですかね」
ぼそっと呟くと、レンリ先生は胡乱げに私を見た。
「本当に、選択肢がないんですかね」
「……というと?」
レンリ先生の疑問に、私は首を横に振った。
「いや、なんでもないです。忘れてください」
レンリ先生はじっと私を見た後、視線を外した。そして、ぼんやりと呟く。
「泉の魔物を退治すること。それが俺とマウの卒業試験だった」
レンリ先生が語る。卒業後に、聞かせてくれた話だ。
「俺とマウは彼女にアンという名前をつけた。強大な魔物だけど、校長に拘束され、身動きの取れないという意味では、俺たちと同じだ」
レンリ先生はアンの一部を使って魔法生物を作った。レンリ先生は珍しい光の魔法の使い手で、間接的に闇を操ることもできる。だからこそ、校長によってマヤ・ナイラに誘致されたのだという。元々孤児であったレンリ先生は、お世話になった教会に報いるため、今もマヤ・ナイラに所属しているという。
「……マウと一緒にアンを封印して、俺たちは卒業資格を得た。アンも合意してくれたよ」
レンリ先生はうなだれた。
「アンの腹の中があんなことになっているなんて、思わなかったけどね」
封印されたアンの内部は、魔法生物を通して見た映像によって架空のマヤ・ナイラを形作っていた。きっと、それも校長にはお見通しだったのだろう。だから卒業試験の会場として、アンの腹の中を選んだ。
「アンの魔力は、もう尽きてしまったんですかね」
「……おそらくね」
オリハ先輩の妖力によって作られた永久氷晶は、魔物の魔力を栄養にして、溶けない氷として未だ存在している。ただ、校長によって隔離され、誰も立ち入ることのできない場所になっている。
私は唾を飲み込んで、首元のクラウンを握りしめた。このチャームには、校長によって、とある権限が埋め込まれている。そのことは、レンリ先生すらも知らない。
「私は、探したいです。可能性を」
「……?」
レンリ先生が首を傾げるが、私は知らないふりをして席を立った。
「休憩、行ってきます」
「あ、それなら俺も……」
「レンリ先生はこの後授業でしょう」
言い放つとレンリ先生は、あははと乾いた笑みを浮かべた。相変わらず適当な先生だ。
浮かしかけた腰を下ろしたレンリ先生を置いて、私は職員室を後にする。
日課にしていることがあった。今日も、誰にも知られないように、それをこなさなければいけない。




