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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第三章「卒業試験」
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第46話

「レンリ先生」


 塔から出ると、陰鬱な表情をしたレンリ先生が待っていた。


「……あぁ。ナツくん」


 魂の抜けたようなレンリ先生は、ひどく幼い瞳をしていた。なんとなく調子が狂ってしまって、私は無理矢理笑みを作った。


「……卒業、しました。レンリ先生」

「……うん」


 レンリ先生は私の首元に視線を向ける。白いチョーカーにクラウンのチャーム。レンリ先生と同じ。そして、マウ先生と同じ。


「……そうか」


 レンリ先生は一瞬、自嘲するように微笑んだ。そして、肩を震わせてうつむいた。


「……守れなかった、んだなあ……」

「……レンリ先生」


 レンリがマウ先生を大事に想っていることは分かっていた。きっと、だからこそこの人は教師として彼女の隣にいることを選んだのだろう。

 レンリ先生は、私に背を向けた。


「……ごめんね。今は、ひとりにさせて」

「……レンリ先生!」


 絞り切るように声をかける。一言だけ。どうしても言いたかった。


「……マウ先生の意思は、引き継ぎます」


 レンリ先生は、何も言わなかった。そのままゆっくりと去っていくレンリ先生に、私はそれ以上言葉を重ねない。

 きっと、レンリ先生も理解している。

 マウ先生の選択は、マウ先生なりの、マヤ・ナイラへの抵抗だったのだと。

 そして、私も……このままで、終わらせるつもりはなかった。



「オリハ先輩」


 声をかける。返事はない。それどころか、反響すらしない。永久氷晶は私の声も魔力も取り込んで、冷たい表面を確かなものにしている。

 それでも、私は呼び続けていた。私の声も魔力も、全部渡してやる。永久氷晶の一部となって、内側で響けばいい。それはただの願いにすぎないけれど。


「……帰ってきてください」


 氷を指でなぞる。裂かれるほどに冷たい表面は、痛みを想起させる。それでも触れ続ける。名前を呼ぶ。自らの魔力を差し出す。

 永久氷晶がいつ溶けるのかは分からない。校長先生の言う通り、一生のうちに再び声を交わすことはできないのかもしれない。それでもいい、と思った。オリハ先輩のためなら、自分の一生などくれてやる。

 だって、いつか目覚めた時には、オリハ先輩の周りに誰もいないかもしれない。そんなの、あんまりだ。繊細で、優しくて、どこか臆病なあの人を、一人になんてさせたくない。


「オリハ先輩」


 だから、声をかけ続ける。氷の内側で、オリハ先輩に少しでもこの声が届いているといい。少しでも、寂しくないように。

 氷の内部に私の魔力が少量、溶けていく。彼の手をそっと握るように、冷えた表面をなぞる。白い息を吐きかけると、永久氷晶は微かにたわむ。私にしか分からないほどの、細かな変化。それでも、これはゆっくりと変化している。私の魔力を取り込んで、微量ずつ、私のモノになっている。


「はぁ、あ」


 ため息が震える。極度の寒さと、きんとした緊張と、オリハ先輩への切実な想いだった。


「……待っててください。オリハ先輩」


 氷に指を滑らせる。鋭利な冷気で、指の腹がぴりと裂かれる。一滴の血が、永久氷晶を流れる。それもやがて魔力として溶けていき、中で凍っているオリハ先輩は、何事もなかったかのように眠っていた。


「必ず、助けます」


 その約束が果たされるかどうかは分からない。それでも、絶対的な意思を持って、抗う。

 私にはまだ、オリハ先輩が必要だった。それがマヤ・ナイラの思惑だったとしても。

 私の声が氷の中で反響する。微細な魔力の振動が伝わってくる。きん、と私にしか聞こえない音を感じる。オリハ先輩が、まだ生きている証を。


「私のバディなんですから」


 どん、と拳を打ちつける。こんなに寒いのに、身体の奥は煮えたぎっている。手がしもやけを作り痛む。じんじんと熱く滲む冷気に、私は怒りさえ覚えた。


「……こんなところで眠るだけなんて、許しません」


 声を絞り出す。それすらも、氷に溶けて消えてゆく。それでいい、と思った。何度でも、毎日でも、呼びかけてやる。氷に溶けて、オリハ先輩に届けばいい。


「……オリハ先輩」


 再び呼びかける。魅了だとか、化け物だとか、妖力だとか、そんなものは関係ない。私は、ただ、オリハ先輩とまだ肩を並べて戦っていたい。それだけだった。


「……っ」


 それ以上の言葉を発せず、私は踵を返す。永久氷晶は、ただ、静寂を保っていた。


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