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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第三章「卒業試験」
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第45話

 マヤ・ナイラの校長である女性は黒い瞳をこちらに向けた。何の色も通さない、深い漆黒だ。同じく長い黒髪は、伸びっぱなしでゆるく癖がついている。一番目を引いたのは、耳だ。長く尖った耳の形は、彼女が人間でないことを示していた。


「……エルフ……」

「見るのは初めてか?」


 こくり、と頷く。エルフの姿なんて滅多にお目にかかれるものではない。エルフという存在は、長命で高い知能と魔力を持つ。代わりに生殖をほとんどせず、人前に現れることもない。一般人の間では絶滅したとも言われているほどだ。

 魔法学校マヤ・ナイラの校長がエルフであると知っている者はどれだけいるのだろう。そもそも、クラウンの階級を持っていなければ会うことは叶わないのだ。国の有力者でさえ、クラウンの教師を間に挟まないとやりとりができない。そんな、希少で秘匿された存在が、目の前に存在していた。


「ナツ。お前のことはずっと見ていたよ」


 漆黒のエルフの女性は華奢な肩をすくめた。


「なかなか頑張るね、君は」

「……校長先生」


 私は一歩前へ出た。校長先生は黒い眼で私を見据えた。吸い込まれてしまいそうな深い闇色。全てを見透かされているようで、たじろんでしまう。胸にひやりとしたものを感じながらも、引くことはできなかった。


「オリハ先輩は、どうなったんですか」


 校長先生は、薄ら笑いを浮かべた。


「知りたいか?」

「……はい」


 私は握りこぶしを固くする。冷や汗が滲む背中が、やけに冷たい。それでもまっすぐ前を見据える。きっと、良い回答は得られない。それでも、知らなければ。

 校長先生は気だるげに手元に目線を落とした。よく見ると机には窪みがあり、球体の魔導具が埋まっているらしかった。その魔導具で色々なものを見渡しているのだろうか。もしかしたら、全てこのエルフの手の内なのかもしれない。そんな想像をしてしまう。


「オリハの力は暴走し、マウが命懸けで堰き止めた。今は巨大な氷の塊と化して、周囲の魔力を吸収し続けている」

「……っ、じゃあ、マウ先生は」

「……良い教師だったのだがな」


 校長先生はため息をつく。だが、それは悲しんでいるようには見えない。せいぜい、良い駒を失った。そんなところだろうか。

 私は肩を震わせて校長先生を見た。


「どうにもならないんですか」

「どうするつもりなんだい?」


 校長先生は無機質な声で諭した。


「結果として、オリハは凍結され、マウは暴走を阻止するため命を犠牲にした。わたしたちにできることは後始末だけだよ」


 ふん、と鼻を鳴らす。校長先生は暗い瞳で私をじろりと見た。


「それとも、君なら打開できるのかい? この状況を」

「……」


 何も、言えなかった。私にできることなんて何もない。その事実を、突きつけられたようだった。校長先生は再び手元の魔道具に目線を落とす。


「オリハの氷は特殊だ。魔力ではない。オリハ自身の妖力によって、常に維持されている」

「妖力……?」

「オリハには、人間でも魔物でもない血が流れているからね」


 化け物だ、とオリハ先輩は言った。マヤ・ナイラに保護される前の記憶がないとも。でも校長先生はオリハ先輩の事情を知っているのだろう。そのことがなんともやるせなくて、勝手だと感じた。


「あの氷は数千年かけても溶けないだろう。だから私はあれをこう呼称する。永久氷晶、と」

「永久氷晶……」

「永久氷晶は隔離するしかない。今はアンという魔物の残した魔力を吸っているが、それが尽きたら今度はマヤ・ナイラの魔力を吸う。そしてその後は……分かるね」


 唇を噛む。そんなの、オリハ先輩はきっと望んでいない。でも、意識がないまま吸収し続けてしまうのだろう。


「助ける方法は、ないんですか」

「そんなにオリハが大事か?」

「はい」


 ふん、と鼻を鳴り、口元に皮肉そうな笑みが浮かぶ。私はまっすぐ彼女を見た。


「どうしても?」

「どうしても」

「そうか」


 校長先生は私の返事に満足そうに笑みを浮かべた。ぞっとするほど怪しい笑顔だ。


「永久氷晶は危険だ。まともな人間には扱えない。空間ごと封印する必要がある」

「先生!」

「まあ、待て」


 校長先生は私を見やり、柔らかな声で言った。


「教師になれ、ナツ」

「……え?」

「お前は今回の件で十分な成果を上げた。卒業し、マヤ・ナイラの教師になれ。クラウンをやろう。マウの空席を埋めるのだ」


 甘い尾を引く口調に、私は警戒した。私は卒業も、教師になることも、望んでいない。口を開こうとすると、彼女は手で止めた。


「鍵を、お前にやろう」

「鍵……?」

「空間ごと永久氷晶を封じれば、人から認識されることはなくなる。だが、特殊な鍵を使えば中に入ることは可能だ」

「……どういうことです?」

「取引だよ、ナツ」


 校長先生は底知れない暗闇の瞳を私に向けた。


「わたしはお前が欲しい。お前はオリハが欲しい。だがオリハの永久氷晶は危険であり、少なくともお前の一生のうちに溶けることはないだろう」

「だから、会う権利と引き換えにマヤ・ナイラに貢献しろと?」


 校長先生は満足そうな笑みを浮かべた。正解のようだった。私は拳を握りしめる。本当は、オリハ先輩を救いたい。あんなものの中に入れておきたくはない。でも、今は従うしかないようだった。私も魔法使いの端くれだ。気付きたくないことに気付いてしまっている。校長先生の言うことは本当だ。永久氷晶は常に周囲のエネルギーを吸っている。放置すれば人も地も枯れ、全てを滅ぼすものになってしまうだろう。封印するのが正解で、空間ごと隔離すればおそらく見つかることも、世界に影響を及ぼすこともなくなる。

 校長先生は座ったまま、私に手を差し出してきた。掌の上には小さなクラウンのチャームがある。私は、虚ろな気持ちでそれを眺めた。

 こうするしか、ないのだろうか。

 私は、抗えないのだろうか。

 結局、私は……。

 震える唇を開く。指がぴくりと動き、強張った身体を校長先生に向けた。


「……良い子だ」


 校長先生は甘い声で言う。思惑通り、なのだろうか。全てを見渡すであろう魔道具と、長命なエルフの知能とを持つこの女性に、抗えない。レンリ先生も、マウ先生も、諦めを抱いたのだろうか。


「……っ」


 私は息を止めて手を伸ばす。全ては、オリハ先輩のために。


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