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マヤ・ナイラの残響  作者: よるん、
第三章「卒業試験」
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第43話

 しばらく歩くと、鬱蒼と茂っていた森すら枯木が残るのみで、奥に真っ黒な闇が湛えられている沼のようなモノだけがあった。もはやアンの力も削がれているようで、さっき見た時のような勢いはない。


「アン」


 話しかけると、黒い沼の中から少女が浮き出てきた。ぼんやりと焦点の合わない目でこちらを見る。


「決着をつけよう」

「けっ、ちゃく……?」


 アンがうわごとのように呟く。私を見て、オリハ先輩を見て、うつむいた。


「アンは、ひとりぼっち」


 アンは無機質に呟く。


「レンリは外の世界を見せてくれたけど、アンはやっぱりひとりぼっち」


 少女の傍に、光る獣が現れる。課題で見かけた、レンリ先生の魔法生物だ。


「アンは魔物なんだ」


 深い諦めを湛えた声で言って、目を閉じる。次の瞬間、強い殺気を沼全体から感じた。レンリ先生の魔法生物が、光から闇へと染まり、沼と一体化していく。


「殺す」

「殺させない。私たちがあなたを倒す」


 そう言い切ると、アンは一瞬だけ寂しそうに微笑む。だが、それはすぐに殺意に変わっていった。

 沼から生えた無数の腕が蠢く。私たちを殺そうと迫ってくる。


「っ……!」


 魔力を無駄遣いできない。風で浮かぶこともせず、地上でなんとか逃げ切るしかない。無数の鞭を必死に避けながら、オリハ先輩に声をかける。


「オリハ先輩!」

「うん」


 オリハ先輩は何も聞かず、私の側に寄った。何をしたいのか、すぐに分かってくれたようだった。

 私たちにはどちらも魔力がない。それなら……。


「っ、……!」


 術式を描く。空っぽになるまで、魔力を使い果たすほどに強く。そして、指で描くようにした私の手に、オリハ先輩の手が重なった。


「倒すよ」

「……はい!」


 オリハ先輩に残ったありったけの魔力。それが私の術式に注がれていく。大地のエネルギーがひとつにまとまって、水と、風と、土埃と、全てが集結する。

 指先が震える。全身が脈打つ。オリハ先輩から感じるやけに熱い魔力が、私の意識を辛うじて保っている。頭がきりきりとしめつけられる。私は体内に残された魔力と術式だけに集中して叫んだ。


「いっけえええええええ!」


 術式を回転させる。オリハ先輩が注いだ魔力で集まってきたエネルギーが、槍のようにまっすぐアンへと向かっていく。


「っ……!」


 隣のオリハ先輩が苦悶の息を吐き出す。彼ももはや限界のようだった。熱く煮えたぎるような魔力が、少しずつ溶けていくようだった。だが、術式に込められた魔力はまだ増幅されている。槍は勢力を増して、アンを突き刺す。そして、そのまま沼という心臓を突いた。


「────!」


 アンは声にならない雄叫びを上げる。どす黒い闇の力が、徐々に蒸発していく。ぱりぱり、とアンの皮膚から黒い破片が崩れ落ちていく。


「はぁ、は……」


 次第に静寂が辺りを覆う。アンは意識もなく動かない。言葉を発することもない。魔物として生きたアンは、終焉を迎えたのだろう。

 荒い息を繰り返しながら、私は胸を抑えた。限界だった。立つのもやっとだ。でも、きっとこれで終わり。

 隣のオリハ先輩を見やる。そして、私は目を見開いた。


「……オリハ先輩?」


 返事はない。オリハ先輩はすう、と落ち着いた呼吸をしている。だが、なにか異様な雰囲気を感じて、私はなんだか不安に襲われた。


「オリハせんぱ……」


 再び呼びかけようとした声は、途中で止まった。オリハ先輩の指がぴくりと動く。だが、その先端から、ぴしぴしと凍り出していた。


「……なに、これ」


 魔力じゃない。魔物の力でもない。なんだ、これは。得体の知れない力で、オリハ先輩は少しずつ冷気を発し始めている。ぶるり、と寒気を催して、私は一歩後退した。オリハ先輩が、オリハ先輩じゃないようだ。


────僕も、化け物なんだよ。


 オリハ先輩の悲しげな声が耳に響く。目の前の光景を、私はうまく受け止めることができなかった。ぴしり、ぴしり、と徐々に凍り出しているオリハ先輩。内側から冷気を発し、彼を中心として周囲の地面まで凍りだしていく。


「なに、が……なにが、起きて……」


 オリハ先輩を助けたかった。でもそれ以上に、この異様な光景を恐れていた。気持ちを上回るほどの身体の感覚に、私は歯噛みした。


「はぁ、は……」


 少しずつ冷気が広がっていく。温度がどんどん下がっていく。私は身体を震わせながらも、オリハ先輩から目が離せない。そのまま立ち尽くして、動けなかった。


「ナツくん!」


 その時、背後から異様な剣幕の声がした。


「逃げるよ!」


 レンリ先生だった。その後ろにマウ先生もいる。きっと、監督としてずっと見守ってくれていたんだろう。でも、そう言われても私はまだ動けずにいた。


「レンリ先生、先輩が、オリハ先輩が……!」

「分かってる」


 レンリ先生は、立ち尽くす私の腕を取った。そのまま逃げるように引いて、つんのめりそうになる私を誘導する。


「レンリ先生!」


 私は必死に呼び止めた。レンリ先生は振り向かない。ただ、逃げる。オリハ先輩から。あの場所から。


「うぁ、あ……」


 喉から呻き声が漏れる。たまらなかった。私はまた、オリハ先輩を助けられないのか。


「ナツくん! しっかりして!」


 レンリ先生の声が遠くのように聞こえる。背後でピシピシピシ、と暴走したオリハ先輩の力が急激に冷気を増していくのが分かった。


「っ……!」


 逃げることしか、できないのか。

 オリハ先輩を置いて、このまま。


「いやっ……」

「ナツくん!」


 振り解こうとする私を、レンリ先生の力強い手が抑える。自然と涙が溢れ出ていた。



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